第252話 湖の戦場
工作船から伸びる掘削アームが、海底を高圧水で破砕する。別のアームが発生する土砂を吸い込み、粒度選別して資源回収機に流し込む。
<ザ・ツリー>が制圧したヤーカリ港では、現在、大量の工作機械が早回しのような速度で建設を行っていた。
湾内を掘削して水深を確保しつつ、護岸工事も実施。接岸用の岸壁も建造中だ。
住人には特にやらせることもないため、工事現場と簡易基地への立ち入りを禁止しているだけで、自由にしていいと通達している。
とはいえ、これまでの仕事はほぼ無くなっているため、なにか手当が必要だが。
物流が止まっているため、配給のみを行っている状態だ。
短期的には港町内の管理、中期的には農場での労働。その後は状況を見つつ割り振るのが良いだろうか。
(進捗表との乖離は発生していない。±3%以内の誤差。許容範囲内)
陸上戦艦<ヨトゥン>4番艦に仮設置されたO級戦略AI<ロータス>は、<ザ・ツリー>からの支援を受けつつ現場指揮を行っていた。
地上設備が完成した後はそちらに設置されるが、今は陸上戦艦内で守られている。
(現地住人の感情値も許容範囲内。嗜好品の供給により、敵性値は下降傾向にあり)
事前偵察情報から予想はされていたが、プラーヴァ神国の国民は基本的に抑圧されており、娯楽耐性がない。娯楽を提供することで、容易に懐柔できると想定されていた。
(労働義務を課しつつ、適度に娯楽を提供する。当面はこちらから提供を継続すれば良いと指示されているが、細かい采配は現地で適切に判断すること、と。難しい)
ロータスは悩みつつ、自身の配下の人形機械に指示を飛ばすのだった。
◇◇◇◇
周辺からの商隊が途絶えて数日。さすがに上層部も異常に気が付いたのか、中継都市<ゲーニー>は調査隊の派遣を開始した。
だが、当然ながら、その時には既に<ザ・ツリー>勢力による包囲は完了している。
調査隊が発見したのは、東、南、西に続く街道を占拠している要塞のような巨大な何かだ。
更に、周辺にはまるで蜘蛛のような巨大な魔物が動き回っている。
それぞれが持ち帰った情報から、ゲーニーは巨大な何か、恐らく魔物に包囲されている、と判断された。だが、それを知ったところでもうどうにもならない。
逃げ場はなかった。北側は国内有数の巨大な湖があり、街道は塞がれている。
大きな都市ゆえに常駐する僧兵は多いものの、調査隊が報告してきた蜘蛛の魔物の数だけでもゆうに数倍。さらに、3つの巨大な要塞が控えている。
防衛しつつ背後の湖に住人を逃すという判断が下され、輸送船が集められた。
そして、その動きを監視していた<ザ・ツリー>は、作戦を開始する。
ヤーカリ港から飛び立った重装飛行艇SG-1<ガネット>が、次々と湖に着水する。脱出しようと船に乗り込んでいた住人達が騒ぎ出した。
ガネットは側面に対地攻撃砲を複数装備している。自由に換装可能だが、今回は18mm多銃身砲と28mm機関砲が選択されていた。
帆を張ろうと船員が動き出した船に対し、28mm機関砲が火を吹く。
吐き出された榴弾が水面に着弾し、盛大に水柱を上げる。悲鳴が上がり、脚をもつらせた船員が数人、船べりから落下した。
こうして<ザ・ツリー>はゲーニーの港を封鎖。ゲーニーを完全に包囲する。
逃げ道を塞がれ、ゲーニーの派遣大司祭は決断した。
包囲網の一角に全戦力をぶつけ、食い破り、そこから住人を逃がす、と。
計画変更が通達され、住人達は僧兵に導かれて移動する。
全員が乗れるほどの馬車は用意できない。そもそも馬が足りない。
足りない分は、一部の僧兵が引いて走ることで埋め合わせる。
乗り切れない大人達は徒歩だ。女子供と、積めるだけの荷物を押し込んだ馬車や荷車と共に、彼らは東門の広場に集まった。
そこまでの流れを確認し、<ザ・ツリー>内から、エリカが最終判断を通達。
陸上戦艦と多数の多脚戦車による侵攻が、開始された。
「戦力比は1:93。だけど、今の戦力分布が偏ってるから、局所的には1:5になるかも~」
「マージンは充分あるけど、危ういかしら?」
エリカからそう聞かされ、イブは眉を寄せた。
5倍の戦力差があるのなら問題はないのだろうが、全体の93倍という数値と比べると些か頼りない。
「こっちも戦力移動するから、接触3分後には1:58になるよ~。でも、最初の1分が勝負かな~」
「意図的なのかどうなのかわからないけど、住人と一緒に移動してるから、砲撃で潰すのも難しいのかぁ……」
ここで構わず砲撃してもいいのだが、さすがに非戦闘員を多数含めて殲滅するのは寝覚めが悪すぎる。AI達はイブの意を汲んでいるため、問答無用で排除することはないだろう。
「強行突破して住人を逃がすという判断」
「湖側を封鎖した場合、その判断を選択する可能性が60%以上、と想定されていました」
戦力をまとめて一撃で粉砕することで継戦能力を喪失させ、また反抗の気概も消し飛ばそうという慈悲のある(あるいは無慈悲な)作戦選択だった。
最終的にイブがOKを出したのだからとやかく言うことはできないが、かわいそうと思ったのは事実である。
思っただけで、実行はするのだが。
「釣り出し開始~」
多脚戦車が動き出す。主砲発砲は後方への被害が大きいため行わない。近接用のアームを使用し、先頭の僧兵集団に殴りかかった。
「おわーっ! ぶっ飛ばされた!!」
映像の中、コマ送りのような速度で動いた僧兵が、多脚戦車の胴体を蹴り上げたらしい。人間と比べると途轍も無い重量差があるはずの戦車を、蹴り足一本で吹き飛ばしたのだ。
とんでもない加速度が発生した多脚戦車は、各部のアクチュエーターが破損。中枢処理装置こそ無事だが、ほとんどの可動部が何らかの状態異常を訴え擱座した。
「うげえ、さすがにとんでもない戦力が常駐してるわねぇ……」
とはいえ、想定はされていた。大きな都市には、かなりの力を持った僧兵が常駐している。侵略戦争のために一部が配置換えされているようだが、それでもゲーニーには多数が配置されていた。
接近戦では無類の強さを発揮する。
単に多脚戦車をぶつけるだけでは、各個撃破されて終わりだろう。
「ほいほい、ほいっとな」
ウツギが各ユニットに指示を飛ばしている。事前の行動表は送信済みだが、状況に合わせて修正しているのだ。
多脚戦車は互いに連携しつつ、ゲーニーの戦力を少しづつ引き剥がす。既に行動不能になった多脚戦車は13台。脚部破損など行動支障が発生しているのは倍の27台。ここにきて、損耗率が跳ね上がっている。
「もう少し~」
僧兵達、恐らく聖兵と呼ばれる、司祭に次ぐ高位の僧兵。
彼らが先頭集団となり、群がる多脚戦車を切り裂いていく。大司祭と2人の司祭が避難する住人達の先頭に立ち護衛。周辺を下位僧兵が固め、彼らは走る。
だが、戦う聖兵達よりも、一般人である住人達の方が足が遅い。
連携する多脚戦車群は少しずつ彼らを分断するように戦場をコントロールする。
「今~」
現地戦略AIが、状況判定。
砲撃による非戦闘民への被害、確率ゼロ。
六脚を地面に打ち込み精密砲撃態勢を取っていた多脚戦車が、一斉に主砲を発砲した。
視界外からマッハ20で飛来した徹甲弾が、聖兵の集団を文字通り粉砕。
一撃で、ゲーニー保有戦力の8割が消滅する。
各アングルの映像の中、大司祭が何かを叫びながら飛び出した。
自主的に非戦闘民の集団から距離を取ってくれるのであれば、好都合だ。
疾走する大司祭に照準を合わせた多脚戦車の主砲が、再度徹甲弾を発射する。
一閃。
発砲した多脚戦車のカメラと、大司祭の視線が一致していた。
直進するはずの砲弾は、大司祭がいつの間にか抜刀していたマチェーテに切り払われ、軌道を逸らされる。
望遠映像の中、カメラのフレームレートで追い切れないほどの速度で動いた大司祭が、脚を固定し移動できない多脚戦車の足元に出現。
そして次の瞬間、多脚戦車は真っ二つに切り裂かれていた。
プラーヴァ神国の本領発揮回です。
物理法則とかちょっとよくわからないですね。




