第251話 5日目の朝
プラーヴァ神国へ侵攻を開始してから、5日目。
現在、上陸地点を中心に18の村と街を制圧済みである。
「お姉様、制圧済みの村、街は最低限の戦力のみを残して引き上げました。支援物資は現在輸送中です。敵対ユニットは全てタグ付け済ですが、排除は不要でしょうか?」
「んー。脅威度が低ければ放置でいいけど。測定はしてるんでしょ?」
「はい。監視柱によって、リアルタイムに計測を行っています」
無力化した村、街には、多脚地上母機と護衛の多脚戦車以外は残していない。治安維持用に二足歩行の警備機械を巡回させているのみだ。
事前に測定した脅威度に従い戦力を全て撃破しているため、<ザ・ツリー>勢力による支配に罅が入るようなことはない。
「住人達には、これまでの仕事を続けるように通達してるのよね。僧兵達と住人達で温度差があるから助かるわねぇ」
「はい。ある程度損得勘定もできるようですね。僧兵は彼我の戦力差も理解できないみたいなので」
辛辣なイチゴの意見に、イブは苦笑した。
まあ、狂信者の思考パターンは、イブも理解できるわけではない。知識として知っているだけだ。幸い、僧兵以外の住人は狂信者と言うほど信心深いわけではないようだ。新たな支配者となった<ザ・ツリー>のユニットからの指示に、少なくとも表向きには従っている。
とはいえ、敵愾心が全くないわけではないのだが。
「人間っていうのは、命よりも大事なものを持ってる個人も居るのよ。あなたたちのように、常に冷静に判断できるわけじゃない」
「脳内麻薬のバランスが崩れるのが原因でしょうか? 確かに、私達の頭脳装置は、外部刺激である程度制御できますので、狂信、という状態にはならないと思いますが」
「うーん、そうねぇ……」
理解できない、という風に首を傾げるイチゴに、イブもどう説明すべきかと首を傾げた。
「我々はお姉さまに仕えることを至上命題としているが、我々以外のユニットからするとそうではない。もし、我々以外のユニットが我々の判断を外部から観察した場合、あるいはそれを狂信的行動と捉えるかもしれない。そういうこと」
「……? そういう、ものでしょうか?」
「そういうもの」
「うん、そういう話は私の前でしないようにね」
アカネの説明があんまりだったため、イブはその頬を指で突付く。
「分かった」
あっさり頷くアカネをムニムニしながら、イブはイチゴに向き直った。
「ま、理解はできなくても、知っていればいいわ。そういうものだ、と分類しておきなさい。知識は必要に応じてアップデートすればいいんだから」
「分かりました」
アカネも頷き、では、と報告を再開する。
「4日間の作戦行動で、26台の多脚戦車が損傷。全て、敵対ユニットによる攻撃が原因です。うち、11台が修復不能な破損状態です」
「ふーむ。まあ、割合からすると許容範囲内の損害かしらねぇ」
今回の作戦行動に参加している多脚戦車は、現時点で1,000台を越えている。そのうち、損害が15台、損失が11台であれば、何の問題もないといえるだろう。
「作戦範囲が拡大しており、同時攻略可能な街の数も最大です。そろそろ、情報封鎖は限界です」
「そうね。事前の予定通りだわ。じゃ、次の攻略対象は」
作戦は全て予定通りに進行中だ。攻略対象の村、街は全て制圧済み。情報漏洩も確認されていない。上陸予定の戦力は予備を含めて全て輸送済みで、追加戦力も運搬中である。
「プラーヴァ神国南東部の中心都市、ゲーニー。この都市攻略をもって、プラーヴァ神国制圧作戦の第一段階、すべての作戦目標が達成されます」
「いいわね。とはいえ、作戦表から分かってはいたけど、やっぱり地上作戦は時間がかかるわねぇ」
ゲーニーは、最初の上陸地点であるヤーカリ港から、直線距離にしておおよそ500kmの位置にある。500kmの侵攻に5日。1日で100kmしか進んでいないことになる。
確かに、航空戦力による侵攻と比べるとあまりにも時間がかかっていた。
「道中の敵対勢力を全て平定している。航空作戦ではこうはいかない」
アカネの指摘通り、航空戦力では敵戦力をピンポイントで撃破することはできるが、広範囲にわたって殲滅するには向いていない。どうしても投入可能な戦力が少なくなるため、分散する敵に対する効果が低いのだ。
「既に、ゲーニーより東側の地域は全て<ザ・ツリー>が掌握している。輸送路も構築中。戦力の移動速度こそ遅いが、全体の作戦進行度は順調そのもの」
第2要塞周辺で採掘する資源で製造した戦力を、次々に投入しているのである。アフラーシア連合王国に常駐する戦力を遥かに超えて、続々とプラーヴァ神国に上陸させていた。
「ふふ。やっぱり大戦力を動かすっていうのは気分がいいわね」
ご機嫌の司令官に満足しつつ、裏で<リンゴ>は資源収支を睨んでいる。資源の生産量を遥かに超えた大量増産により、溜め込んだ物資が凄まじい勢いで減っているのだ。
腹ペコ要塞にはたくさん食べさせているはずなのに、全く足りないのである。
そういう意味でも、プラーヴァ神国は完全制圧して、資源生産基地を増やしたいのだ。
「ゲーニーは周辺で生産する食糧や金属資源を集積するハブ都市です。攻略自体は問題なく終わるでしょうが、<ザ・ツリー>による侵略の情報が拡散するのは防げないでしょう」
完全封鎖を行っても、そもそもゲーニーを介したやりとりが全てストップすることになる。何か尋常ではない事態が発生しているということは、すぐに露見するだろう。それに、あの家族という部隊のような個人戦力が偵察に徹すれば、捉えることは困難だ。
「プラーヴァ神国ほどの大国でも、2正面作戦は難しい。どんなに早くとも、攻略部隊を整えるのに半年は必要」
ゲーニーを攻略し、要塞化する。半年も時間があれば、盤石の態勢を整えることができる。いや、試算ではおよそ1ヶ月あれば十分なのだが。
「要塞化が完了次第、作戦は第2段階へ進行。全土を完全制圧する」
ゲーニーは巨大な湖に隣接する大都市だ。周辺もほぼ平地で、理想的な立地である。
湖を使えば飛行艇で物資の輸送も可能。また、ヤーカリ港からの線路の敷設が完了すれば、大量の資源を運び込むことができるようになる。
「ゲーニー攻略完了時点で情報封鎖を解放、航空戦力の投入を開始します。ゲーニー周辺にいくつか規模の大きい都市がありますので、攻略を進めます」
「いよいよ陸空連携作戦が始まるわけね。航空基地から遠いのが難点だけど……」
アフラーシア連合王国王都に建造した航空基地から、およそ2,800kmも離れている現場だ。現在戦力化している通常航空兵器では、航続距離が不足する。
ゆえに、投入できるのは実質航続距離制限の無いギガンティア部隊、および空母部隊となる。
元々、プラーヴァ神国を警戒して航空戦力を隠していたという背景のため、その攻略を開始したとなれば隠す必要はない。
結果的に、麦の国やレプイタリ王国、その周辺国家に対しても、超戦力が披露されることになるだろう。
「ギガンティアも2番艦、3番艦の建造が完了する。展開速度は劇的に向上する」
「ゲーニーに建造予定の滑走路が完成すれば、プラーヴァ神国の制圧はほぼ完了したと言っても過言ではありません。発見済みの鉱脈だけでも第2要塞周辺の埋蔵量の数倍です。私達の資源収支は劇的に改善します」
「そうね。余裕ができれば、ようやく次を考えることができるようになるわ。楽しみねぇ」
プラーヴァ神国攻略は、主にアマジオ・サーモンのために行われる作戦だ。
彼が居なければ、<ザ・ツリー>はアフラーシア連合王国を起点に勢力拡大を行っていただろう。なにせ、プラーヴァ神国は魔法国家という未知の領域だったのだ。
それを、多少のリスクを飲み込んで実行したのは、イブの意識が変わったというのが大きい。消極的な方針から、積極的な拡大推進へ。
<ザ・ツリー>は、大きな転換点を迎えることになる。
お姉さま、外に出ましょう!!(拡大路線)
ほんとに物騒な引きこもりですね。




