第250話 閑話(落日の街2)
家ほどの大きさの蜘蛛の魔物が通りを走り、僧兵達を次々と排除していく。
魔物の背に生えた杖のようなものが閃光と轟音を発し、同時にそれを受けた僧兵が弾け飛んだ。
文字通り、胴体が爆発したのだ。当然、即死である。
ある者は肉片と化し、ある者は巨大な脚に踏み潰され、ある者は前脚に殴り飛ばされる。
その様は、まさに蹂躙であった。
蜘蛛の魔物は、僧兵を標的にしているようだった。逃げる住人達、家に籠もった彼らには見向きもしない。農具を手に殴りかかった者も居たが、一切相手にされず、ただ移動の足踏みで吹き飛ばされて気を失ったようだった。
巨大な蜘蛛の魔物による侵攻が始まり、およそ四半刻。今度は、馬より一回り小さい程度の大きさの、4足の魔物が多数、街に侵入を始める。その後ろから、角張った胴体に2本の脚の生えた、人の身長とおなじほどの大きさの魔物が歩いてきていた。
大型の魔物で戦力を崩壊させ、その後に小型の魔物が制圧していく。非常に戦術的な動きであり、背後に指揮を行っている何かの存在を想起せざるをえない。
最後の砦、教会の礼拝堂に逃げてきた住人達と立て籠もりつつ、司祭は歯噛みする。
街に駐屯していた僧兵はほとんどが殺されたようだ。住人を護衛して教会に逃げてきた僧兵が3人。
あとは、教会に詰めており出撃機会を逸してしまった聖兵が2人。
残った戦力は、僅かに6名。
とても、あの魔物たち相手に戦える人数ではない。
だが、神に仕える身として、守るべき住人達を残して逃げ出すことは許されない。
最期まで抗う必要があるのだ。
「聖職者、そして息子たちよ。辛い道を進むことになる。付いてきてくれるか」
「然り、司祭様」
「「「然り!」」」
例えどれだけの絶望を相手にしようと、彼らは諦めない。
なぜなら、彼らは神の子なのだ。
彼らの背後には、守るべき住人達がいる。
彼らの街を、魔物が蹂躙している。
彼らが最後の砦なのだ。
そう決意し、礼拝堂の扉の前に、6人が布陣する。
蜘蛛の魔物たちは、教会を完全に包囲していた。
教会の正門は閉じられている。だが、敷地の塀の上から、外を歩き回る蜘蛛の魔物の姿が確認できる。
「入ってくる様子はありませんが……」
「……あれらは何かに率いられています。我々の出方を見ているのでしょう」
確信を持って、司祭は答える。
そして、その言葉の通り。
彼ら6名が揃うのを待っていたのだろう。
一際巨大な蜘蛛の魔物が、ぬう、と正門を越えてこちらを見下ろす。
「……!」
大きい。
攻め込んできた蜘蛛の魔物も巨大だが、今目の前にいる個体は、その倍の大きさがあるだろう。
その巨大な魔物が、脚を伸ばして門を乗り越える。
教会を囲う塀は、万が一を想定ししっかりと建てられている。高さも、成人男性が全力で跳んでも手が届かないほど。
だが、その程度。何の障害にもなっていなかった。
その魔物のあまりの大きさに、全員が見落としていた。
教会の敷地に侵入してきた魔物、その頭部に佇む複数の人影を。
「……誰か居るぞ!?」
「!?」
身構える6人とは15歩程度の距離を開け。
魔物の頭部から、3人の人影が飛び降りた。
魔物の頭の高さは、やや前かがみとはいえ、教会の2階よりも遥かに高い。
そこからたやすく飛び降りたのだ。ただの人間ではありえない。そこらの僧兵では、こんな真似は無理だろう。
「言葉は通じるか」
先頭の人物が、そう言葉を発した。発音に瑕疵はない。美しい神国語。
だが、その声質が問題だった。
まるで、少女のように澄んだ声。
「何が――何が目的だ!」
代表し、司祭が叫ぶ。
「降伏せよ。投降するのであれば悪いようにはしない。だが、抵抗するのであれば排除する」
しかし、司祭の問い掛けは完全に無視された。告げられた降伏勧告に、彼は頭を振る。
「我らは神の子。降伏など有り得ない」
交渉の余地なし、司祭はそう判断した。当然である。彼らは完全に包囲され、多勢に無勢。交渉を持ち掛けるほどの力は示せていない。相手は圧倒的な戦力で、こちらを押し潰そうとしている。
6人は合図もなく、一斉に動き出した。
先頭は、2人の聖兵。後ろに司祭。僧兵の3人は、弧を描くようにやや散開して走り出す。
「……」
対するは3人の敵勢力。声とその体格から、おそらく女性、それもかなり小柄だ。
制圧は一瞬で済む、司祭はそう思っていた。
6人が動き出した直後、対する3人も即座に反応した。構えていた何かの道具、それを腰だめに。
聖兵も司祭も、その動きをはっきりと捉えている。構えられた道具の先端に、穴が開いている。それをこちらに向けようとしているということは、何らかの飛び道具。訓練施設で学んだ、銃という武器によく似ている。
であれば、その射線から逃れれば良い。
足に力を込め、僅かに進路をずらす。射線から逃げる。敵の持つ武器が、爆発のような炎を発し、同時に小さな礫が先端から飛び出すのが見えた。
当たらない。既に移動している。
相手との距離を瞬く間に詰めた聖兵が、手にしたマチェーテを振り抜いた。その一振りは敵を切り裂いたかに見えたが、浅い。咄嗟に手放したと思しき相手の飛び道具が真っ二つになるが、その一瞬で後ろに下がったようだ。その動作と同時、敵も湾刀を引き抜くのが見えた。
司祭は、手にしたマチェーテを振るのではなく、突き出した。それは、正に神速。
だが、相対する敵もそれにしっかり反応する。僅かにのけぞりつつ身体を捻り、紙一重で突きは躱された。右手だけで保持している飛び道具の射口が、司祭の胴体を向く。
だが、それも予想の内。マチェーテを持つ右手はそのままに、左手で下からすくい上げて射口をずらす。
敵が、指に力を込めるのが見て取れる。次の瞬間、飛び道具の先端の射口から、炎とともに礫が飛び出した。
速い。
だが、射線をずらされたその礫は、明後日の方向に飛んでいく。
速度からすると、直撃してもなんとかなるだろう。だが、確実に姿勢は崩される。こちらの動きに的確に対応できる力を持った敵だ。僅かな隙でも、命取りになる。
わずか十数秒の交錯。どちらの攻撃も互いに防ぎきり、次の一手に入ろうと一瞬の空隙が生まれた。
目の前に好敵手が現れたのだ。彼らは一瞬、それらの存在を、意識から外してしまっていた。
否、それは願望だったのだろう。
目の前の敵を屠れば、事態が好転すると。
視界外から視認不能な速度で撃ち込まれた砲弾が、まず3人の僧兵を血煙に変えた。
彼らの街を蹂躙した蜘蛛の魔物。
それらこそが、一番の問題だったというのに。
現れた3人の敵。あるいは、捕虜、人質にでもできれば、交渉の余地があったのかもしれない。だが、彼らは失敗した。それぞれに打ち掛かり、防がれ、そして距離を空けてしまったのだ。
◇◇◇◇
人形機械と多脚地上母機のセンサーの情報を使用し、塀越しに照準。多脚戦車の主砲、レールガンが初速4,000m/sの砲弾を吐き出した。
相手の僧兵は、視界外から撃ち込まれた砲弾を回避するほどの能力は持っていないようだった。人形機械はカトラスを巧みに操り相手の剣を跳ね上げ、その胴体を蹴り飛ばし、距離を取る。その瞬間、僧兵に100mm徹甲弾が直撃した。
何らかの防御手段、ないし肉体強化を行っていたのか。僅かに抵抗があったようだが、最終的にはそれを打ち抜き、砲弾がその肉体を破壊する。
体幹をまるごと吹き飛ばされて、活動を続けられる生物は居ない。
そして、彼らよりも一段強いと思われる司祭の男も、多脚戦車には敵わない。一対一で、かつ飛び道具封印という条件であれば、圧倒することもできただろう。
だが、戦車の本領は、その主砲だ。
大電流を流し込まれた砲身は、実に7,000m/sまで鋼鉄の砲弾を加速する。
人形機械の持つアサルトライフルの射線から逃れようと距離を空けた瞬間、極超音速の砲弾が、司祭を消し飛ばした。
突出した個もいいですが、やはり数。数は力です。
ていうかこれ、傍から見ると完全に魔物のスタンピード……。




