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第249話 閑話(落日の街1)

 その日は、何かがいつもと違った。


 礼拝堂の中、普段は微かに聞こえるささやき声も、今日に限っては静まり返っていた。司祭も明らかに上の空で、早口に礼句を唱え終えると早々に解散してしまった。


 具体的に、これといった出来事があったわけではない。

 だが、住人達はなにかに追われるように、足早に家に帰っていく。


 ここ最近、と言う話をすれば、カラスがやたら増えたとか、朝方や夕暮れに輝く星が出現したとか、これまでと違う雰囲気は誰もが気が付いていたのだが。


 北の街道から、男達が走ってきた。

 いち早く、僧兵がそれに気が付く。

 ピリピリとした雰囲気で、僧兵ヂェーチィ達が立ち塞がる。


「た、助けてくれぇ!!」


 だが、彼らは襲撃者でも何でもなく、朝早く出立した商人の一団だった。


「……どうした!」


 一瞬顔を見合わせた後、僧兵は少し気を緩める。見知った顔だったのだ。


「化け物が! 化け物が全部壊しちまった!」


「……!?」


 商人とその従業員、そして護衛達。

 商人と言いつつ、実態は神国の息の掛かった監視員だが、それはさておき。


 恐慌した彼らを宥め、聞き出した話では。


 街道を馬車で走っていると、突然巨大な蜘蛛のような化け物が追ってきたらしい。馬車の速度ではとても逃げられない速さで迫ってきたそれに、全員がパニックになった。

 馬も含めて全力で駆けたが、すぐに追い付かれ、その巨大な脚で馬車が粉砕された。蜘蛛の化け物に前を塞がれ、彼らは散り散りに逃げ出した。


「なんなんだあれは……! あんな化け物、聞いたこともないぞ……!」


 新手の魔物か。だが、ここは東の果て、魔物のいる魔の森とはほぼ反対側だ。はぐれが迷いこんだとしても、彼らの話を聞く限り、その魔物は後ろから襲ってきたらしい。

 ということは、むしろこの街の方向から出現したということになる。


 だが、当然だが、この街そしてその周辺でもそんな巨大な、男達の言い分を信じるならば、家よりも大きい魔物の目撃証言も、痕跡も無い。


「わかった。とにかく寄宿舎に行こう。ずいぶん走ったようだしな……」


「ああ……すまない、助かる……。馬も馬車も無くなっちまった……しばらくはどこにも行けねえなぁ……」


 そうして、疲労困憊の男達に肩を貸し、僧兵達も寄宿舎に戻ろうと歩き出し。


 その音に、ようやく気が付いた。


「おい、何か聞こえないか?」


「あ?」


「腹に響く、地鳴りみたいな……分かるか?」


 ドロドロ、あるいはゴロゴロ。そんな重低音が、響いている。

 音程があまりにも低すぎて、鳴っている、ということに気付かなかったのである。


「ああ、なんだこりゃ……まるで地鳴りみたいな……」


 極稀に聞こえることがある、地揺れに伴い発生する低い音。だが、それよりももっとはっきりとその音は響いているようだった。


「分からん。だが、とにかくまずは司祭様に報告だ。何かとんでもないことが起こっているような……」


 そうしてキョロキョロと周囲を見回していた僧兵の1人が、それを見つけた。


 街のそばに広がる森の一角で、鳥が空を舞っていた。

 数羽、ではない。


 おそらく数百という単位で、鳥たちが飛んでいるのだ。


「おい、あれを見ろ! 何かいやがるぞ、あそこだ!」


「……!」


 明らかに、一箇所に集中した鳥の集団。その下に、何かがいるのだ。


 場所は遠い。空の状態は悪くはないが、良くもない。僅かに霞がかかっており、それほど遠くまで見渡すことはできない。


「くそ、何か分からんが、ヤバイぞ! 嫌な予感しかしねえ!」


 僧兵ヂェーチィ達は男達を抱えて走ることを選択した。事態は一刻を争う、と判断したのだ。成人男性の倍を超える膂力を発揮できる僧兵達は、肩を貸していた商人たちに断りを入れ、彼らを背負って走り始める。


 だが。


 遠くで、木々が吹き上がった。

 文字通り、幹も付いたまま、青々と茂る葉も一緒に、爆発するかのごとく宙を舞ったのだ。


「……!!」


 動き出した。

 男達は無言で、走る速度を上げる。

 ものの1分で寄宿舎に到着し、僧兵達は商人を下ろすと自身は全力で司祭のいる礼拝堂へ向かった。


 巨大な何かが、街に迫っている。

 その情報は、瞬く間に街全体に広がった。

 吹き上がる土や粉砕された木々。それが、確実にこちらに近付いている。


「落ち着いてください! 街は我々が守ります、とにかく家に戻って――!」


 僧兵達は、全員で事態の収拾に当たる。住人がパニックを起こさないよう、街中を走り回って声を張り上げる。


 しかし、全ては遅かった。

 商人達が現れた時点で、住人全員をバラバラに逃していれば、あるいは逃げ延びた一部の住人が次の街へ報告できていたかもしれない。


 森の中から、何かが飛び出してきた。

 木々と比べれば、その高さは低い。

 だが、人間と比べると、絶望の大きさだった。


 それは、長い脚をせわしなく動かしながら、あっという間に街を包囲してしまった。

 そう、それは1体だけではない。数えるのも馬鹿らしくなるほど大量に、それらは森から溢れ出したのである。


「か、囲まれた……!」


 何人たりとも逃さない。そんな強烈な意思の現れだった。

 巨大な蜘蛛の魔物が、街の全周を包囲しているのだ。


 そして。


 カタカタ、と地面が揺れる。ギャアギャアと鳴く鳥の声が、少しずつ大きくなってくる。


「なんだ……なんだあれは……!」


 巨大な何かが、森を破壊しながら近付いていた。幾人かが慌てて教会の屋根に飛び上がる。

 彼らは、見た。見てしまった。


 森の木々よりも、遥かに高かった。何より、信じられないほど巨大だった。

 街を包囲する蜘蛛の魔物も巨大だが、それとは比べるべくもない。


 ドロドロ、と音が響く。

 地面が揺れる。


 やがて、その巨大な何かが、森を吹き飛ばしながら姿を現す。

 進行方向に生えていた木は根ごと引きちぎられ、そして粉々になった。


「でかい……」


 呆然とした表情で、誰かが呟く。何が起こったのか。何が起こるのか。

 距離はかなり離れているはずなのに、見上げるほどに大きい。純白の巨体が、まるで壁のように迫ってくる。

 誰もが硬直していた。あまりの衝撃に、あまりの恐怖に、ただただ立ち竦む。


 幾人かが腰を抜かし、ひっくり返った。


 彼らが見上げる先で、その壁がゆっくりと停止した。

 住人達が、おそるおそる家から顔を出していた。僧兵達も、何もできず、ただそれを見上げるだけだ。


 だが、幾人かが気が付いた。あんな巨大な何かが迫っているというのに、街を包囲している蜘蛛の魔物は、一切動いていない。自分たちのすぐ後ろに来ているというのに、微動だにしない。

 それは、つまり。

 このとてつもなく巨大な何かと、この蜘蛛の魔物が、一緒に動いているということだ。


 巨大な壁の一部が、ゆっくりと持ち上がる。跳ね上げ式の窓のように、しかしそれらは誰の手も借りずにひとりでに動いていた。

 開いた窓から、小さな何か、蜘蛛のような何かが続々と這い出してくる。


「お、おい……あれ、あれは……蜘蛛の化け物が、出てくるぞ……!!」


 小さな蜘蛛。

 いや、それは間違いだ。

 その白い壁が、あまりにも大きすぎるのだ。

 這い出してきたそれらは、街を包囲する蜘蛛と同じ大きさなのだ。その魔物が、数え切れないほどに、大量に這い出してきたのだ。


「う、うわあああああぁぁぁ!!」


 恐怖が伝播する。耐えかねた男が、叫びながら逃げ出した。それに釣られ、次々と逃げ始める住人達。ある者は着の身着のまま走り出し、ある者は家財道具を積み込もうと荷車を持ち出し。


 それらは全て、無駄な行動となる。


 白い壁から零れ出た蜘蛛の魔物が、次々と街になだれ込んだ。人より遥かに巨大な身体が、6本の脚を巧みに動かし、人より遥かに速い速度で街の中を駆け回る。


 職務を思い出した僧兵ヂェーチィが、決死の覚悟でその化け物を止めようと掴みかかり。

 その巨大な前腕に、呆気なく薙ぎ払われた。

ザ・ツリー勢力が牙を剥く。今回は、現地人からの視点をお送りしました。続きます。

多脚戦車とか陸上戦艦のスペックは考えてますけど、傍から見たらどうなのかってのを想像しつつ書いてます。楽しいですね!

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― 新着の感想 ―
[一言] 今週のビックリドッキリメカ!
[良い点] 上陸の時はちょっと小さいような気がしたけどそんなことはなかったw 「壁」が迫ってくるとか住民から見るとワケが分かりませんね!
[一言] 陸上○○って聞くと古くは88の陸上空母からガンダム世界の陸上戦艦がぱっと思いつく 多脚戦車はもうあれしか思いつかないそのうち喋り始めかねない 更新いつも楽しみに待っています。
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