第247話 家族
マチェットのような大振りのナイフを振り回しながら、3人の男が走る。
闇雲に武器を振り回しているわけではない。
前方の砦に設置された機関銃から撃ち込まれる、7mmのフルメタルジャケット弾を弾いているのだ。
相当な負荷が掛かっているにも関わらず、走る姿勢にぶれはない。
そもそも、足が速すぎる。
瞬く間に男たちは防壁の足元にたどり着いた。
一閃。
振り抜かれたマチェットにより、丸太製の防壁が切り裂かれる。蹴り飛ばされた丸太の残骸が散弾のように砦内部に広がり、少なくない兵士を傷付ける。
破孔から3人は飛び込み、そのまま各々が兵を打倒し始めた。
10分も経つと、砦内で動くのは、侵入した3人の男たちだけとなっていた。
簡易の天幕に入り、男達は情報収集を行う。地図や指令書を確認し、周辺の抵抗勢力の位置を把握。積み上げられた木箱を開け、ワインや食糧を抜き取り、身に付けると、そのまま走り出した。
彼らは、プラーヴァ神国の最高戦力。
家族と呼ばれる、聖地奪還を目的に編成された、最強の戦士たちである。
「とまあ、そんな状況です」
「はー、やだやだ。これだから理不尽は」
<リンゴ>に現地の状況を解説され、イブは頭を振った。
とはいえ、十分にエネルギー供給される強化服を纏った人形機械であれば、似たような動きは可能だろう。向こうからすれば、理不尽なのは一体どちらだろう。
「ちなみに、こちらが距離1,400mで狙撃を行った映像です」
森の中に設置された、草木で偽装された簡易小屋の中。
その中で、口径13mmのアンチマテリアルライフルを構える兵士。
狙撃兵は、曲がりなりにも訓練を積んだ、特別な兵である。レプイタリ王国からの要請により、ある程度の訓練期間を終えた者だけがそれを名乗ることが許されていた。
スコープに映るのは、陥とした砦の中で小休止を取っていると思われる、チミヤーだ。
スパイボット網の範囲内に狙撃スコープが入れば、映像を中継できるのである。酷い話だ。
映像が激しく振れる。狙撃兵が発砲したのだ。
だが、すぐに映像は安定し、戦果確認を開始。
ある程度の補正機能を付けられた狙撃スコープは、未熟な兵を熟練の狙撃兵に変貌させる。
ひっくり返ったチミヤー。だが、死んでいない。
狙撃兵は追撃しようとしたのだろうが、それよりも早く、チミヤーは地面を転がり離脱する。
「1,400m離れているとは言え、超音速のフルメタルジャケット弾です。そこらの鉄板装甲程度であれば楽に貫く威力があるはずですが」
「生身に当たったら、弾け飛ぶわよね……」
人間サイズで、徹甲弾を弾き返した、というわけだ。
脅威生物は、大きい、強い、硬いを体現する理不尽生物だが、人間は人間でとんでもない性能を秘めているようである。
「とはいえ、さすがに直撃すればダメージはありそうよね」
「はい、司令。適切に追撃することで、撃破可能と考えられます。ただ、頭部に着弾しても意識を失わず撤退可能のようですので、現状の前線の装備ではなかなか難しいでしょう」
とはいえ、うまく狙撃できれば、あの最強戦力を足止めできるのだ。7mm弾は無力だが、13mmであればなんとか渡り合えるらしい。
「武器の比率変更はまたアマジオさんに相談するとして」
「はい、司令」
「ウチの準備はどうかしら」
イブの問いかけに、<リンゴ>はこくりと頷き、設計図と輸送中の俯瞰図を新たに表示した。
「昨日第二要塞を出発した輸送船団は、現在、飛び石要塞北の海上を航海中です」
「ステッピング……?」
「はい、司令。レプイタリ王国が、北諸島に建造した要塞です」
「ああー。そうだったそうだった。思い出したわ」
レプイタリ王国が、前哨基地を建造するために制圧した北諸島。本来の予定であれば、そこを中心として南方大陸への航路を開拓するはずだったのだが、結局<パライゾ>との国交樹立からのごたごたによって計画が頓挫しているのだ。
「上陸ポイントへの到着は、80時間後を予定。こうなると、あちらの地域にもどこかに拠点が欲しくなりますね」
「そうねぇ。海上輸送だと展開速度に難があるかしら」
上空からの俯瞰映像で、<ザ・ツリー>の輸送船団が中継されている。
中央に輸送船を置いた、輪形陣。護衛に使用しているのは、フリングホルニ級2番艦、<ブレイザブリク>だ。防空担当はナグルファル級2番艦、<ミュルクヴィズ>。
どちらの巨大艦も、今回が処女航海となる。
そして、その2艦と周囲の船団に守られるのが、さらに巨大な体を持つ輸送艦だ。
「半潜航型輸送艦、<ミズガルズ>。今回のように、敵地に大量の陸上兵器を輸送することを主目的とする大型艦です。視認性を低下させるため、構造物の95%を水面下に沈めることが可能です」
「うーむ……改めて見るとでかいわね……」
全長745m、全幅93m。ナグルファル級が388mであるため、ほぼ2倍の長さだ。この巨大な内部空間に、大量の陸戦兵器を詰め込んでいるわけである。100万トンを超える物資を運ぶことが可能な能力を持つ。
陸上戦艦を投入すると決めた後、突貫工事で第2要塞に建造ドックを建設、組み上げたのだ。設計自体は<リンゴ>が行っていたため、2週間で進水できた。
「こいつを投入したら、後には引けないわよ、<リンゴ>。もう決心はついた?」
「……はい、司令。致し方ありません」
<ザ・ツリー>は秘密裏にレプイタリ王国上層部と結託し、北大陸南東部を掌握する。
主たる攻略対象は、プラーヴァ神国。
周辺国家の脅威度を測定し終え、障害となる脅威生物も、ほぼ確認できた。少なくとも、<ザ・ツリー>が想定する勢力範囲内では対処可能。
広大な領土を掌握し、地下資源を丸呑みする。
この惑星には危険が多いが、どうやら資源は手つかずで残っている。その一部でも、早急に手に入れる、というのが司令官の決断だった。
じわじわ拡大も悪くないのだが、とにかく規格外の脅威生物が急に出てくるのである。これに対抗するには、大戦力を保持し続けるしか無い。ぐずぐずしていると、とんでもない超生物に全てを更地にされる可能性があるのだ。
「戦線はあれで放置。後方連絡線を断ち切り戦力を分断、本拠地を制圧。然る後、前線戦力を包囲殲滅。うん、素晴らしいプランね。いやはや、脅威生物のおかげでプラーヴァ神国の隠し玉も引っ張り出せたし、今回は良い方に転がってるわね」
「はい、司令。いつかはぶつかるでしょうが、今のところ手を出す必要はありません」
この大戦力を共有すれば、さすがのアマジオ・シルバーヘッドもひっくり返るだろうな、と思いつつ。
イブは、作戦俯瞰表をスクロールした。
進行度は未だ5%程度。
作戦表は、<リンゴ>が綿密にシミュレーションを行い立案されている。それも、リアルタイムで戦況を取り込み、最終目標達成のため柔軟に作戦変更されていくモデルだ。
作戦のタイムテーブルを作ったのではなく、作戦遂行のための演算ロジックを作り上げた、という方が正しいか。
戦域を俯瞰的に見れば、まるで生き物のように有機的に各戦闘群が連携する状況を確認できることだろう。
「これで、いままで溜め込んだ資源もユニットも8割がた放出することになるけど……」
「作戦は成功します。そして、成功すれば多くの資源を手に入れることができます」
<リンゴ>の言うとおりだ。
少なくとも、プラーヴァ神国には有望な鉱山が複数確認されており、その周辺地域の奪取は問題なく可能だろう。元々、ほとんど人が住んでいない場所だ。
そして、プラーヴァ神国そのものも、さして脅威ではない。
あの家族という部隊は1人1人が主力多脚戦車に匹敵する強さがあるが、所詮は人の身だ。複数のユニットを同時に相手にすることはできないし、超音速でぶっ飛んでくることもない。直接戦闘力は高いが、搦め手で十分対抗できる。
「周辺の脅威生物だけが懸念事項だけど、ね」
「はい、司令。アサヒいわく、魔法を使用しなければ気付かれる可能性は非常に低いと。よく理解できませんが」
「なんか、魔は魔を呼ぶとかなんとか言っていたわね。ちょっと私には理解できないわ」




