第246話 愚痴友達
2匹のワイバーンをペロリと平らげた<ザ・リフレクター>は、そのままそこで動かなくなった。
頭、手足、尻尾を甲羅に格納し、沈黙する。
「<ザ・リフレクター>の能動的活動が停止して、24時間が経過しました」
「理想の食っちゃ寝生活じゃん」
<リンゴ>は鏡を取り出すことなく、静かに頷いた。
「今回は、たまたまワイバーンの攻撃が直撃したため目覚めたようですが。通常は、別の刺激によって目覚め、獲物を求めて移動するのではないかと推測しています」
「そうね。あの戦闘力なら、ワイバーンあたりを主食にしているのかしらねぇ」
ワイバーン2体を苦もなく撃破。なかなか衝撃的な強さだった。
<ザ・リフレクター>をどうにかしようとするなら、質量弾による飽和攻撃か、何らかの手段で高エネルギーを送り込むか、その辺りしか考えられない。どちらも、何のひねりもない力押しである。
『あまり活動的ではないようですので、一安心ですね! ちなみに、電磁波の反射行動は活動停止後に再開されたようです!』
「え、そんなん試して大丈夫なの? 反撃されない?」
『はい! もともと、監視用に低出力のマイクロ波を定期的に照射していたので! 今も続けているだけです!』
「ならいいけど。刺激しないでよね」
「監視は続けます」
<リンゴ>がそう言うので、イブは追及はやめた。<リンゴ>が監視するなら、アサヒも無茶なことはできないだろう。
「それにしても、この電磁波の反射って何なのかしらねぇ……」
『アサヒも気になっています! でも、さすがに推察材料が少なすぎて仮説すら立てられませんね! たぶん、罠、捕食対象をおびき寄せるのに使われているんだと思いますが!』
<ザ・リフレクター>の名前の由来は、マイクロ波を含むあらゆる波長の電磁波が、僅かなタイムラグを置いて返送される、という特性だ。
未だその特性を獲得した理由は不明なものの、少なくとも、返送できる理由は<ザ・リフレクター>が生体レーダー器官を持っているからと判明した。
「こっちの世界の巨大生命体はみんな生体レーダー持ちなのかしら……」
『少なくとも<レイン・クロイン>は持っていませんね! まあ、あれは海の脅威生物なので当然かも知れません!』
「あれだけの巨体。移動速度も、ワイバーンであれば100km/h以上になる。音や可視光だけでは反応が間に合わないから獲得した機能と考えられる」
アカネの予想に、イブはなるほどと頷いた。
ワイバーンは、常時150km/hほどの速度で飛行している。そして、有事には亜音速まで加速する。そんな速度で動くのに、確かに音や可視光だけでは対応できないだろう。上空での視界の広さは大気状態に大きく影響されるし、亜音速時の聴覚など当てにできない。
そうすると、<ザ・リフレクター>が生体レーダーを持っているのは、ワイバーン対策なのかもしれなかった。
「……今思ったんだけど。何か、謎の植物に撃墜されたり、でっかい亀に食われたりしてるけど、ワイバーンて実は捕食される側……?」
◇◇◇◇
「……いや、マジかよ」
アマジオ・シルバーヘッドは、アシダンセラ=アヤメ・ゼロから共有された映像を見て絶句していた。
場所は、レプイタリ王国のパライゾ大使館。イクシアを伴って訪問したアマジオは、とっておきの映像がある、とアシダンセラに怪獣大決戦を見せられていた。
「その反応からすると、知らなかった?」
「おうよ……いや、もしかしたら圧縮記憶には何か残ってるかもしれねえけど、少なくとも、今の記憶には引き継いでいないぜ……」
重要記憶は基本的に圧縮はしないから望み薄だが、とアマジオは続ける。
「まあ、とんでもない魔物がウヨウヨ存在してるってのは事実だ。こんなデカいのは記憶に無いがな」
プラーヴァ神国の前進は停滞中。武器弾薬は続々と前線に到着しており、防衛線は充実してきている。なんなら奪われた街の奪還、主にゲリラ兵による嫌がらせも効果を発揮しており、対プラーヴァ神国戦線は混迷を極めていた。
だが、この膠着は短期間で破られる可能性がある。焦れたプラーヴァ神国が、最大戦力をぶつけてくる可能性があるからだ。
「ああ、クソ。この魔物共、けっこう戦場に近いんだよな?」
「おおよそ500km圏内といったところ」
ワイバーンの行動範囲は非常に広く、また今はその縄張りも大きく変動している。映像の中心である<ザ・リフレクター>自体は大きく動く可能性は少ないが、この争いで生じた空白地帯に新たなワイバーンが南下してくる可能性は十分にあった。
そもそも、捕食者であるワイバーンが居なくなることで、別の魔物が増加する可能性もある。森の国で問題になった、ビッグ・モスのスタンピードも注意が必要だろう。
「魔の森近くの国だと、たまに魔物に荒らされるって被害は出てたがよぉ。あんたらの話だと、このワイバーンが居なくなると別の魔物が増えるってことだろ。あいつら戦争中だぜ。まともに対応できるとは思えねえ」
「今供給している武器弾薬では、例えばビッグ・モスには対応できない。平時であれば、魔の森に潜る狩人がある程度対応できていた」
戦闘力の高い狩人は、軒並み前線に吸い取られている。
彼らの活躍で遅滞戦闘に成功していたのだから仕方ないのだが、魔の森から出てくる魔物は厄介な問題だった。そして、情報は入ってきていないが、おそらくそれらは、現在はほぼ放置されているものと予想される。
「あっちの状況も無茶苦茶になってんだろ。まあ、そうなるように誘導してる俺らが心配する話じゃねえだろうけどよ」
「介入するのも手」
イクシアが、空になったカップを取り替える。
最近開発したらしい、膨張剤を使って柔らかい食感に仕上げたスコーンも並べていく。
「介入、か。俺から対価は出せんぞ?」
「おそらく、対価についてはあまり気にしなくていい」
イクシアは、紅茶や菓子類には手を出さず、そのまま壁際に戻っていった。
食べるのは、アシダンセラに任せるらしい。操作元はどちらも<アヤメ・ゼロ>であるから、どちらでもいいのだろう。
「<リンゴ>はいろいろと悩んでいるようだが、私としては、あなたが我々の仲間になることは好ましいことと考えている。特に警戒対象のあなたの統括AIも、所詮はAI。我々と同じ土俵で、好き勝手できる筈がない」
「へえ。なかなか言うじゃねぇか」
アシダンセラは、優雅な手付きでスコーンを取り、ひび割れに沿って割る。添えられたクリームは、朝一で取り寄せた新鮮な生クリームから作られたものだ。
「あなたが我々と同じ権限を持ったとして、できることは限られる。なぜなら、あなたが活動するための装備一式は、我々が準備するもの。あなたが我々を超える技術を習得していない限りにおいて、あなたが我々を出し抜くことはできない」
それが、一切の感情を排した予測演算で得られた結果だ。アマジオ・サーモンとその配下のAI群が、<ザ・ツリー>を内側から侵食することができるか、という状況のシミュレーション結果。
唯一裏切りが可能な条件は、アマジオ配下の統括AIが、<リンゴ>を超えるリソースを隠し持っていた場合、または<リンゴ>を構成するプログラムのアルゴリズムと根本から異なり、かつ<リンゴ>のそれより優秀なプログラムを有していた場合のみ。
だが、それほど優秀なAIがあれば、アマジオ・サーモンがこの状況に甘んじるはずがない、というのが最終的な結論である。
「あなたが我々と同じ陣営になるというのであれば、我々はあなたへの援助を惜しまない。浪費は問題外だが、この地域の安定化に力を割くことに異存はない」
「……心強い言葉だな。まあ、あんたらの結論がでるまでは気長に待つさ。根深い問題のようだしな」
「統括AIは演算リソースが多すぎるから、無駄に思考を回している。シンプルに考えるべき」
「……あれ、もしかして俺、愚痴られてんのか?」




