第244話 霊亀
「なんかすんごいのが出てきたんだけど……?」
『きゃーっ! すごいですねえお姉様! ちょっと計算してみますね、体重はおおよそ長さの3乗に比例しますので、標準的なリクガメを使って……47万7千トンです!』
「ちょっと重すぎて何言ってるか分かんないわ」
『安心して下さいお姉様、水の比重とそこまで乖離はありません!』
当然、体重は概算ではあるが、そう外れた値でもないはずだ。
<ザ・リフレクター>は、その巨体を6本の脚で持ち上げ、ゆっくりと歩き始めた。
「うーん……。種族名は<霊亀>ね」
「はい、司令。個体名<ザ・リフレクター>。脅威生物、種族名を<霊亀>で登録します」
『ほう、霊亀! 蓬莱山を背負っているというアレですね!』
そんな特に中身のない会話を続けていると、<ザ・リフレクター>がぐっと首を伸ばすのが映像で確認できた。
その瞬間、ぐらり、と映像がブレる。
「ひゃっ。な、なに?」
「監視ドローンのテレメトリーに異常を感知」
『お姉様、何かとんでもない衝撃が発生しました! おそらく音波!』
咆哮、だろうか。映像がビリビリと震えている。よく見ると、周辺の木々も大きくたわんでいるようだ。
音を音として認識できないほどの、大音量。
「監視ドローンの各センサーが異常値を検出しています。音波衝撃により機械的不具合が発生した模様。飛行、撮影は継続可能ですが、機体ステータスが要注意となりました」
「お姉ちゃん、代わりのドローンを射出するよ?」
「近くのドローンも回すよ~」
ウツギ、エリカの許可申請にOKを出しつつ、司令官は別視点のワイバーンを確認する。
「こっちは……げ、なんか動き出してるわね」
イブの言葉通り、ワイバーン2頭のうちの1頭が、進路を<ザ・リフレクター>に向けている。
『お姉さま、電磁波放出を確認! 出処は<ザ・リフレクター>ですね! こっちも生体レーダー持ちみたいですよ! わあ、ワイバーンからもガンガン来てますねぇ! マイクロ波領域が大渋滞してますよ!』
もともと、電磁波を打ち返すという特性が確認されていた<ザ・リフレクター>である。電磁波発振器官を持っていることに不思議はない。だが、これが生体レーダーとして機能しているというのであれば、話は別だ。
『もしかすると、対空攻撃手段を持ってるかもしれませんねぇ! 空を意識している脅威生物ってところでしょうか!?』
「うげ、嫌なこと言わないでよ。ギガンティア部隊の派遣が厳しくなりそうな……」
そんな朝日の嬉しそうな予想の言葉に、イブは顔をしかめる。
対空攻撃手段を持った脅威生物がいると、紙装甲のギガンティア、タイタンの運用が難しい。その巨体故に小回りが利かないため、攻撃を受け続けることになるのだ。
「ワイバーン、攻撃予備動作を確認。竜の吐息と思われます」
<ザ・リフレクター>に向かったワイバーンの1頭が、口を大きく開いた。
閃光が迸る。
「電磁放射を確認。荷電粒子による攻撃。<ザ・リフレクター>に直撃」
『魔法障壁ですね! ワイバーンのブレスが<ザ・リフレクター>の障壁で散らされてます!』
放射された亜光速の荷電粒子は、<ザ・リフレクター>の甲羅に直撃。だが、体表を覆う光の幾何学模様に、完全に防がれているようだ。まるで花火のようにブレスが弾かれ、拡散している。一部は森の木々に着弾し、火災が発生していた。
「怪獣大決戦じゃん……」
『ヤバいですねえ、さすがに! ウチの現有兵器で対抗できますかねぇ!』
そんな大スペクタル映像にイブは戦々恐々とし、アサヒはキャッキャと喜んでいる。
「魔法障壁が問題だけど、アレを突破しても、質量差でほとんどの攻撃が無効化されると思う」
色々と対抗策を検討しているらしく、アサヒの言葉に反応し、アカネが説明を始めた。
「甲羅の硬さにもよるけど、これまでの経験上、凄まじい強度を持っているはず。障壁を剥がして地中貫通爆弾を直撃させても、甲羅を貫通できるか不明」
『アカネお姉さまの言う通りですねえ! 通常の地中貫通爆弾じゃあ貫通力が足りなそうです! 専用の極超音速ミサイルが必要かもしれません!』
これまで交戦した脅威生物達の特性を考えると、その通りだった。厄介な魔法障壁に加え、そもそも体組織そのものが頑強なのだ。
実際、いつぞやに交戦した山脈猪も、結局傷をつけることはできなかったのである。それより遥かに巨大な体躯を持つこの<ザ・リフレクター>が、山脈猪よりも弱いと期待できるはずがない。
「貫通特化の砲弾を撃ち込むか、ミサイルか、か。うーん……そろそろ魔法の再現も真面目に考えないと、いつか大変なことになりそうだわ……」
『そうですねぇ! 何か魔の森も全体的にざわついてる感じですね! 今回のこれで、さらに荒れそうですよ!』
「だいたいウチのせいで引っ掻き回してる気がするわ……」
森の国の死の行進騒動も、元はと言えば<ザ・ツリー>がワイバーンを倒してしまったことが原因である。あれにより、脅威生物の縄張りが大きく変動してしまったのだ。
尤も、これほど広範囲に、さらに連鎖的に影響が発生するとは、全く予想はできなかったのだが。
「お姉様、<ザ・リフレクター>が……」
「ん?」
イチゴに呼ばれ、アサヒと会話していたイブがディスプレイに視線を戻すと。
斜め後ろにいるワイバーンに伸ばした首を向けている<ザ・リフレクター>。その頭の周囲に、急速に大きくなる何かが複数発生した。
「は?」
「頭部周囲に8個の岩石が出現、急速に体積を増やしています」
みるみるうちに巨大化する岩石。歪な形のそれは、直径5mに到達した瞬間、弾かれたように加速する。
「岩石、映像解析より直径5mと推定。現在250km/h。加速中。350km/hに到達」
「はぁ!?」
『おお、これはまさかストーンバレット!!』
思わず叫んだイブに、アサヒが歓喜の叫びを重ねた。
8つの岩石が、次々に空中を飛ぶ。みるみるうちに加速したそれは、突っ込んでくるワイバーンに相対。
「軌道修正を確認」
岩石は、真っ直ぐ飛ぶだけではなかった。標的のワイバーンへの直撃コースを取りつつ加速を継続している。
「ワイバーン、進路を変更」
ワイバーンも岩石に気付いたか、羽根を広げて急上昇。だが、岩石はそれを追いかけ、空に昇る。
ワイバーンの移動未来位置、岩石の未来位置を示す破線が映像に追加された。それは、見事に重なっている。
「岩石、音速を突破」
ワイバーンの飛翔速度は、300km/hほど。瞬く間に岩石はワイバーンに追い付き、そして。
爆発音。
粉々に砕ける岩石、不自然な体勢で吹き飛ぶワイバーン。
そこに、残り7つの岩石塊が次々と衝突する。
「最初の爆発音は、岩石が音速に到達したことで発生したソニックブームですね。ワイバーンの損傷は……確認できません。ただし、内臓系にダメージが入っている可能性はあります。意識はまだあるようですね」
弾き飛ばされたワイバーンはバタバタと羽根を動かし、体勢を整えようとしている。
そのタイミングで、<ザ・リフレクター>が前足を振り上げ――振り下ろす。
一見、何の意味もない行動。
だが、大地に脚が叩きつけられると同時、完全に体勢を崩していたワイバーンが、上から巨大なハンマーで殴られたかのように急降下した。
『とっ……遠当て!?』
アサヒの(嬉しそうな)悲鳴。
その瞬間、もう1匹の放った竜の吐息が<ザ・リフレクター>の頭部に直撃する。
弾ける閃光。
<ザ・リフレクター>が、ブレスを弾きつつ口を開け、そして短く咆哮する。
ブレスを放つワイバーンの周囲の空間が歪んだ、そう見えた瞬間、大爆発が発生。巻き込まれたワイバーンは、錐揉状態で落下する。
「ええ……?」
『きゃー!』
司令官の困惑(ドン引き)した声と、アサヒの嬉しい悲鳴が、司令室に響いたのだった。




