第243話 巨山鳴動
「衝撃的な提案よね」
「はい、司令。ここまでの思い切りの良さは予想していませんでした」
プレイヤー:アマジオ・サーモンからの提案。
配下の全ユニットの指揮権を譲渡する、ということだ。ゲームシステム的には全面降伏という扱いで、全てのユニット・資源の所有権が相手に移動する。
もし独立系AIがいた場合は、自AIの配下に配置されることになる。
「<ワールド・オブ・スペース>だと、全面降伏は引退時くらいしか使われない機能じゃなかったっけ?」
うろ覚えなのよね、と彼女はぼやくものの、それは仕方ないだろう。ゲーム内資産を相手ユーザーに全て譲る、というコマンドである。普通は使用しないし、検討もしない。
「今回、その提案で一番の問題は、アマジオ・サーモン自身には何の拘束力も働かない、ということです。プレイヤーの意識への干渉はできません」
「んー……ゆーて、アマジオさんのサイボーグボディの権限も手に入るんでしょ?
「はい、司令。全身サイボーグ化していますので、アクセス権は取得できます。ただ、オフラインにされるとアクセスできなくなりますので、実質意味はありません」
外部制御される機械類は手に入るが、オフラインで稼働する装置は当然ながら制御できない。通常はそれでも問題ない。事前に内部の制御プログラムを変更できるからだ。
だが、アマジオ・サーモンだけはそうもいかない。
機械化されているとはいえ、中身は人間だ。その思考の源泉たる神経網を外部から書き換えるのは不可能に近い。たとえ書き換えることができたとしても、それは人格破壊だ。必要であれば実行するが、その実行を、イブが許可することはないだろう。
「うーん……。まあ、いいや。誠意を受け取りましょう。それに、情報はほしいしね。情報の価値は、<リンゴ>も理解できるでしょう?」
「はい、司令。……どこまで、許されるおつもりですか?」
「ん……?」
<リンゴ>に尋ねられ、彼女は首を傾げた。
「アマジオ・サーモンの保管する統括AIの再生も許可されるのでしょうか」
ああ、とイブは頷いた。
なるほど、これは分水嶺だ。
<リンゴ>と同等のポテンシャルを持つ超知性体を増やすのか、という問い。
「そうねえ……。所属が同じになるって考えると、まあ、悪い選択肢じゃないはずよ。あなたとあっちで上下関係はできるけど、あなたも無下にするつもりはないんじゃない?」
「それは……はい。勢力拡大という存在意義に合致します。ただ、あちらが何を目的にしているかにより、対立する可能性はあります」
「あ、あっちの存在意義か。それは、今は分からないわねぇ」
<ワールド・オブ・スペース>というゲームで、プレイヤーを補佐する役割をもたせられたAIは、起動時に3つの目的を設定される。
一、司令官を守ること。
二、司令官に仕えること。
三、勢力を拡大すること。
<リンゴ>の場合は、この3つだ。
<ザ・ツリー>配下のAIは、全てがこの3つの命題に沿った意思決定を行うことになる。
今から実行する命令は、「司令官を守ることになるか否か」。「司令官の意思に沿っている否か」。「勢力の拡大に寄与するか否か」。
AIの性能によって予想される未来の可能性は変わってくるが、全てがこれを遵守する。
「ま、聞いてみるしか無いでしょ。独立意思なんだから、付き合うには、相手を信じるかどうか、ただそれだけよ。それに、すぐすぐAIを再生させる必要もないし、もう少し見極めてもいいんじゃない?」
「はい、司令。そのように」
◇◇◇◇
閃光が空を走った。
空気を灼きながら迸る荷電粒子は、しかし目標を外し、空の彼方へ消えていく。
北方山脈の麓の空域で、ワイバーンが争っていた。
互いに円を描きつつ、ブレスの応酬。
埒が明かないと悟ると、接近しての体当たり、噛みつき。
2頭の実力は拮抗しており、なかなか決着はつかない。
場所は、想定ではあるが、例の謎の光線によって撃墜されたワイバーンの縄張りだ。両隣のワイバーンが、縄張りを拡大すべく出動し、そして中間空域でぶつかったのである。
2頭は激しく争い続ける。
吐き出されるブレスが山肌にぶつかり、そこに生える植物を巻き込んで一直線に抉り取った。
上空に向かった荷電粒子は、拡散しつつも上空400kmまで到達したことが確認された。
今のところ<ザ・ツリー>の装備に影響はないものの、射程という面では衛星軌道を薙ぎ払えることが判明したのである。予想していたとは言え、事実として確認されることとはまた別だ。
そうして、闘いが始まって数時間が経過した。
2頭はまだまだ元気に闘っている。
何度目かのブレス攻撃。
それが、大地に突き刺さった。高温であぶられた土や木々が爆発して弾け飛ぶ。
通常、熱線であぶられた程度でこんな爆発は発生しない。何らかの魔法的な効果が付与されているのだろう。
特に何もない場所にブレスが当たっただけであれば、特に問題ない。せいぜい、一部の木々が吹き飛ぶ程度だ。
だが、今回は場所が悪かった。
朝日が<ザ・リフレクター>と名付けた岩山に、ワイバーン・ブレスが直撃したのだ。
僅かに生えていた木々が消し飛び、岩塊や土が空中に舞い上がる。
衝撃で、岩山が震えた。
亀裂がいくつも入り、堆積した土塊や木々がこぼれ落ちる。土煙が上がり、大地が振動した。
異様な雰囲気。
何かを感じ取ったか、格闘戦を続けていたワイバーン2頭が距離をあけた。
<ザ・リフレクター>が目を覚ます。
『――というような感じですね! 現場からは以上です!』
「物語の導入部か! あと勝手に中継終わらすな!」
ワイバーンの縄張り闘いが始まった、ということで、イブを含めた姉妹達全員で中継映像を鑑賞していたのだが、アサヒがノリで解説を付けたのである。
「っていうか、なんか連鎖反応がヤバい感じなんだけど、大丈夫かしらこれ」
「はい、司令。自然の営みです。なるようにしかならないかと」
「ちゃんとこっちを見なさい、<リンゴ>。なんで顔を背けるの?」
『お姉さまお姉さま、いよいよです! いよいよ、<ザ・リフレクター>が動き始めましたよ!』
「あああ、とんでもないことになってる!!」
姉妹達(主にアサヒとイブ)がキャイキャイしている間に、中継映像の中で、いよいよ<ザ・リフレクター>が動き始めた。
おそらく、身震いをしたのだろう。
長年かけて体積していた土が吹き飛び、岩山がゆっくりと持ち上がっていく。
周囲の大地がひび割れ、盛り上がる。
「……。ねえ、でかくない? アレめっちゃデカくない?」
「計測中。目算ですが、高さは100mを超えました」
『お姉さま、すごい! 結構地中に埋まってたんですね!』
「お姉様、中継映像にサイズ表示を重ねますね」
イチゴが気を使い、映像内に<ザ・リフレクター>のサイズ表示を重ねる。
映像解析のためかサイズは微妙に前後しているが。
「……体高、116m。体長、推定182m」
地面が大きく持ち上がる。
否、地面ではない。それは、<ザ・リフレクター>の身体だ。
全貌が映し出された。
岩山と思われたそれは、<ザ・リフレクター>の背負う甲羅の一部だったのだ。
積み上がった岩や土が滝のように流れ落ちていた。
今や、その頂上部は高さ130mを超えている。
動く。
<ザ・リフレクター>が、ゆっくりを足を踏み出す。
下側は木々に覆われて見えにくいが、巨大な脚が大地を割り、持ち上がったのだ。
「映像解析、重ねる。推定、巨大なリクガメ型。ただし、脚は6本確認できる」
知識豊富なアカネが、そう補足した。
映像にワイヤーフレームが追加され、木々に覆われた下側の表示を補足する。
極太の脚が6本。
丸められていた尻尾が、木々をなぎ倒しながら伸びていく。
ゆっくりと、頭部が甲羅の中から伸びてきた。
「推定体長、265m。体高は142m。幅180m。体重は不明」
「え、いや、デカすぎでしょ!」
とんでもない大きさの化け物が、目を覚ましたのだった。




