第240話 疑惑の草原
少し時間が欲しい、とアマジオ・サーモンへ返答をした翌日。
「司令。急ぎお知らせする状況が発生しました」
「んん……? 緊急ってこと?」
リビングスペースでうんうんと唸って悩んでいた司令官に、<リンゴ>がそう声をかけた。
「即時の問題ではありませんが、できるだけお早めにお願いします」
<リンゴ>がそう言うなら、何か差し迫った問題があるということだろう。アマジオとのやりとりも重要案件だが、こちらは今日明日で決める必要はない。いや、さすがに1週間も放置はできない問題ではあるのだが。
「わかったわ。司令室に行けばいい?」
「はい、司令。姉妹達にも通達済みですので、全員集まるでしょう」
初期5姉妹に加え、今日は朝日も<ザ・ツリー>に居る。久々に全員集合になるだろう。
「オーケー。アサヒの席を用意しておいてよかったわね」
当初は司令官席しか無かった司令室だが、現在は6姉妹全員が座れる席とコンソールを用意していた。人型機械である彼女らには物理的な操作卓は不要ではあるのだが、様式美というものだ。
司令室で、全員が大人しく席に着いたのを確認し、<リンゴ>が衛星画像を正面に投影した。
「今朝、10時32分に撮影された画像です。そして、こちらがその22分後に撮影されたもの。魔の森上空を、主にワイバーンの監視のため、定期的に撮影しています」
そして、表示されている映像である。先に出されたものは、真ん中にワイバーンがくっきりと写されている。そして、2枚目の画像では、ワイバーンの姿は見当たらなかった。
「撮影範囲外にでちゃったの?」
「ワイバーンの巡航飛行速度は時速150km未満です。22分で移動できるのは、およそ50km。偵察衛星によって周囲数百kmを監視していますので、空中にいるワイバーンが撮影されないというのは、異常事態です」
「なるほどねぇ……」
<リンゴ>が報告を急いだ理由は判明した。居るはずのワイバーンが、突如消えたということだ。理不尽の塊のようなあの巨大な飛行生物が消息不明となると、深刻な問題が発生している可能性が高い。
「ワイバーンの飛行経路を追跡しました。この個体は新たに縄張りを拡張したようで、これまで飛行したことのない地域を飛んでいたようです」
「お姉さま、何か、また脅威生物が出てきたんでしょうかね!? ほら、地面からでっかい口が飛び出してきてバクっとやったとか!!」
「えええ……勘弁してよ」
アサヒが適当な希望を喋り、イブは本気で嫌そうな顔をした。
かなりの激戦になったワイバーン戦だったが、そのワイバーンを丸呑みにできるような脅威生物など、絶対に相手にしたくない。
「司令。アサヒの意見は、当たらずとも遠からず、ですね。こちらを御覧ください」
だが、その願い虚しく、<リンゴ>は新たな画像を表示した。
衛星画像を拡大し、フィルターを掛けたものだろう。
「……。森の中に、草原? あと、このキラキラしてるのって……ワイバーンか!!」
魔の森の中に、比較的大きめの草原が広がっている。縮尺を合わせて表示してもらっているため、大きさもある程度把握可能だ。
そして、その草原の端っこに、それはあった。
空から地面に激突した跡。草原に引かれた土色の道の先には、それを作り出したであろう巨体が横たわっていた。
ワイバーン。
「えええ、墜落したってこと? そりゃロストするわ。むしろよく見つけたわねぇ……」
「ワイバーンは可視光も反射しますので、解析ですぐに判明しました。位置的にも、ロストした個体と同一と予想されます」
即時、複数の画像が解析され、墜落したワイバーンの3D映像が作成される。
「解析が完了しました。腹部に外傷を確認。目立った傷はこれだけですので、ここが致命傷になったものと考えられます」
「マジで。ワイバーンを撃ち落とす攻撃があったってことよね」
「はい、司令。その可能性が高いです」
イブは呆然と、投影された3D映像を見上げていた。たった22分の間に、あのワイバーンが撃ち落とされたらしい。しかもその相手は不明。
少なくとも、偵察衛星から送信される画像では、ワイバーンを攻撃した何かは発見できていない。
「お姉さま、情報収集端末を派遣する?」
「お姉さま、飛行型ならそれほど時間もかからない」
ウツギとエリカに促され、イブはふむ、と提案書に目を通した。
ローター方向の可変機能を持った、大型の輸送機を派遣。空中でのホバリングも可能で、確かに調査にはもってこいだろう。
「そうね。派遣しちゃいましょうか。このまま置いておいても、何も進展しないし。ちょっと怖いけど、何かあっても必要経費ね」
提案書にちょいちょいと条件を付け加えた後、イブは実行ボタンを押した。
増やしたのは、随伴機械の増強と、バックアップラインの構築である。
万が一調査機が撃墜されてしまったとしても、後方から一部始終を確認できるようにという配慮だ。
「さて。じゃあ、ウツギとエリカに操作はお任せするわ」
◇◇◇◇
「そもそも、なんで森の中に急に草原が出てくるのかしらね」
送られてくる映像を眺めながら、イブはぽつりとそう呟いた。
「いくつか理由は考えられますが、要は、樹木が育たないことが原因です」
「……あー。そうね。木が大きくならない環境だから、か。なぜ育たないのか、か」
森の中、ぽっかりと空いた草原。
普通は、徐々に樹木が育ち、やがて周囲と同じような森になるはずだ。
それが育たないのは、なぜか。
「沼地になっており、樹木が大きくならない。定期的に何らかの自然現象により地面が掘り返される。毒ガスが噴出しており、特定の種しか育成しない。そんなところでしょうか」
例えば、2年に1回程度、地下水が噴出して全てをかき混ぜてしまうとか。そうなると、2年で大きくなる植物しか見当たらない、となるだろう。
「まあ、何にせよ、周囲と違う環境になっている、ということね。とりあえず調査機は派遣したけど、本当に調査をすべき事象なのかしら」
「……藪をつついて蛇を出す、でしょうか」
「うーん。勢力範囲外ではあるけど、あのワイバーンに天敵がいるなら把握しておいたほうがいいのかしら。まあ、どっちにせよもう派遣してるんだから、いいんだけど」
調査機の離陸から、およそ2時間。
最寄りの滑走路から800kmほど離れた現場に、調査機が到着する。
「まずは外周を調査、その後ワイバーンの死体に近付きます」
「旋回開始~」
「地上走査開始~」
調査機は速度は落としつつ、草原外周を回るようバンクを取る。
調査機材が満載されたずんぐりむっくりした機体が、ゆっくりと旋回を開始した。
その後ろ、3kmほど距離を開け、随伴機がそれを見守る。
「おかしな反応は無いねぇ」
「送波強度を上げるよ~」
地形取得や構成物質推定のため、調査機に搭載されたセンサーが、複数周波数の合成波を地上に照射する。反射波を解析することで、可視光以上の大量のデータを取得できるのだ。
「……見た感じ、変な感じはしないね」
「ふつーの地面っぽい?」
送られてきたデータは、即時<ザ・コア>によって解析される。
解析結果を見つつ、ウツギとエリカも首を傾げた。
草原が草原たる理由が、地面の構成物質からは発見されないということだ。
「うーん、まあいいや。次はワイバーンの……」
旋回を始めて数十秒。一次調査が芳しくないため、そのまま回ってワイバーンの死体に近付こう、そう判断したのと同時だった。
「高温反応!」
「放射電磁波を探知、高出力!」
ウツギとエリカが、悲鳴を上げた。
「えっ」
そして、イブの見守る中。
3km後方からの望遠映像の中で、調査機が閃光と共に爆発した。




