第237話 ザ・リフレクター
「電磁波を反射してくる例の岩山は、<ザ・リフレクター>と名付けました!」
久々に<ザ・ツリー>に戻ってきた朝日は、出迎えに出てきたお姉様の胸に飛び込むなり、そう叫んだ。
「あ、あらそう。すっかり忘れてたけど、そんなものもあったわね……」
「はいお姉様! スキマ時間でちょこっと調べてたんですけど、割りと面白いですねあれ!」
数カ月ぶりに戻ってきたアサヒを抱き締めつつ、イブは<リンゴ>に目配せをする。
「ごく弱い出力でも、おおよそあらゆる周波数の電磁波を返送してくるようですね! 低軌道プラットフォームが上空を通過するときに少し実験してみたのですが、レーザーでも反応がありました! 発振方向は電磁波の入射方向に精密に一致しているようですので、直接捉えることはできませんでしたけど、うにゅあああ!?」
「アサヒ、精密検査のお時間です」
「お、お姉様!?」
イブに抱き着いてその体を堪能していたアサヒは、後ろから忍び寄る作業機械に気が付いていなかったのだ。
胴をがっちりと摘まれ、もはや抜け出すことは叶わない。
「報告は後で聞くから、ちゃんとメンテナンスされてくるのよ」
「アサヒ、テレメトリーだけでは分かりませんし、そもそも何か誤魔化しているでしょう」
「ご、ご無体なー!!」
◇◇◇◇
「……アサヒについては後でご報告が」
「あら……また何か無茶をやらかしたのかしら……」
という密談を挟み。
「<ザ・リフレクター>についていろいろと見えましたので、お姉様方にも共有しますね!」
他の5姉妹も、(またアサヒか……)という顔をして談話室に集まっていた。
何だかんだ言いつつ集まってくるのも、彼女ら5人もアサヒを妹として認識しているという証なのだろう。たぶん。
「まず調べたのは、各映像です! パッシブレーダーによる電磁波マップ、各波長による反射率の違いなど! 結果、どの波長でも特異な違いは見つけられませんでしたが……」
そうして画像として表示されたのは、妙な色彩が追加された衛星写真だった。映されているのは、例の岩山を中心とした魔の森だろう。
「紫外線領域の陰影を映像に追加しました! 我々はまだしも、お姉様にはさすがに見えませんからね!」
「あら、ありがとうアサヒ。気が利くわね」
「むふん!」
その、紫外線領域がレイヤーに追加された画像には、くっきりと、道が見えていた。
それは、<ザ・リフレクター>と名付けられた岩山と同じ幅で、画像の北から岩山まで、ゆったりと蛇行しつつも途切れることなく続いている、紛れもない道だった。
「道ですね! 何の道かは、皆さんお察しのとおりです! 植生の違いで、紫外線領域の反射率が違うのです! 分かりやすいといえば分かりやすいですね!」
とはいえ、単に画像表示しただけではこうもはっきりと違いは出ないだろう。分かりやすいように、特定波長の信号を増幅するフィルターを掛けたのだろう。
「とどのつまり! この<ザ・リフレクター>は、脅威生物ということです!!」
ずびし、と左手を<ザ・リフレクター>に叩きつけ、アサヒは叫んだ。
「脅威生物であると断言できる根拠は?」
そこに、アカネがそう突っ込みを入れる。
「単に植生の違いが道のように見えるというだけでは根拠に乏しいと思う」
「魔の森にこんな怪しいものがあったら、それ即ち脅威生物! 科学的根拠は微妙でも、ファンタジー的に考えれば自明の理では!?」
「アサヒ、さすがにそれは暴論では……」
自信満々にそう答えたアサヒに、イチゴが困ったように嗜める。
「アサヒ、あなたの事だから、調べてはいるでしょう。ちゃんと説明なさい」
「むう、お姉様がそう言うなら……」
まあ、アサヒが調べて分かることなら、他の5姉妹が調べても分かるだろう。性能差は頭脳装置の搭載数くらいだが、純粋な処理能力は<ザ・ツリー>に常駐している5姉妹のほうが高いのだ。なにせ、<ザ・ツリー>の計算資源を自由に使用できるのである。前線に出ずっぱりのアサヒとは、環境が違う。とはいえ、アサヒが説明すれば済む話を、わざわざ調べ直す必要はないのだ。
「まず調べたのは、天然地形による偶然の産物の可能性。
例えば、元々川が流れていたけれど水が枯れ、やがて木々に覆われた、とか。
ですが、この周辺は北から南に向かって傾斜している土地ですので、川があっても、北から南にしか流れません。
流れる川が、岩山にぶつかって不自然に途切れるということになるので、自然地形という可能性は低い。
であれば、外的要因によって作られた可能性が非常に高くなります。
とすると、動物、ないし人間が切り拓いたという可能性。
しかし、どちらも考えにくいですよね。
そうすると、あとに残るのは脅威生物です。
可能性で言えば、70%から80%といったところでしょうか。
残りは自然現象でたまたま発生した地形、ということになります」
早口でそう説明するアサヒ。多分に願望が混ざっているものの、説明に瑕疵はないだろう。
そもそも。
「不自然なものが見つかった場合、脅威度を判定するのが、我々AIの役割です! <ザ・リフレクター>が脅威生物であると仮定して物事に備えたほうが、それ以外の何かと考えるよりよほど良いでしょう! なにせ、脅威生物は脅威生物であるがゆえ、我々にとって大きな脅威なのです!」
「……まあ、それはそうねぇ」
司令官がそう納得したところで、アサヒは胸を張って続けた。
「まあ、考察したのはここまでで、他は何も分かりませんが! なにせ奥地ですからね! メーザー砲で攻撃でもしてみればなにか分かるかもしれませんが!?」
「いきなり撃ち込むの? <ワイバーン>が出張ってこない?」
「縄張りは不確定ですが、出てくる可能性は十分に考えられます!」
「じゃあこっちから手出しするのは無理ねぇ」
というわけで、まだ何もわからない、ということが全員に共有された。
調べるには、調査機械を現地に投入するしか無いだろう。だが、その場所はレプイタリ王国から北方に800km以上も離れている。
最も近い国からと考えても、魔の森の境界から更に200km近く奥に入る必要がある。しかもその国は、絶賛、プラーヴァ神国から侵略されている最中だ。
「当面は監視だけするしかないわよね。あの様子からすると、もうずっと動いてないんでしょう? もう死んでるんじゃない?」
「それは分かりませんね! 動いていないのは確かですけれど、電磁波を反射する理屈は不明ですので! でも、アサヒも、監視するしか無いという意見には賛成です!」
というわけで、監視衛星の軌道を日に数度上空を通過するよう調整するということで、<ザ・リフレクター>の対応は棚上げになったのだった。
◇◇◇◇
ピィーッ、と笛の音が響く。
「来たぞー!!」
誰かが叫び、兵士たちは慌てて肩から提げた突撃銃<フォックステイル>を持ち直す。
お世辞にも、洗練された動きとはいえない。
だが、彼らの出自がそこらの農村から強制徴募された農民たち、ということを考えれば、悪い動きでもなかった。
簡易設置された丸太柵に隠れ、兵たちは前方をにらみ、銃を構える。
「来た……」
「来たぞ! まだ撃つなよ!」
時間は明け方。うっすらと霧が漂い、辺りは静寂が支配している。その中に、ザクザクという足音が響き始める。
ぼんやりとした影が、と見えた瞬間、霧の中から、白い人影が飛び出した。
「撃てぇ!!」
人影は凄まじい速度で駆け抜け、兵が隠れる丸太柵に到達。
だが、そこは銃を構えた兵の目の前だ。
人影が手にした槍を突き出すよりも早く、構えた銃の引き金が引かれる。
3連射撃。
銃撃された人影はたたらを踏み、突き出された槍は兵の右肩に突き刺さる。
慌てて、他の兵も引き金を引いた。
人影に、多数の銃弾が撃ち込まれた。
いくら扱い慣れていない銃という武器とはいえ、至近距離ではそうそう狙いを外すこともない。
人影は滅多撃ちにされ、慌てたように後ろに飛び退った。
「ルーガー、大丈夫か!!」
「ちくしょう、痛え、痛え……!」
肩を刺された男が地面に転がり、知り合いと思しき男が彼に駆け寄る。
だが、プラーヴァ神国の僧兵の襲撃を受け、刺し傷一つだけで撤退に追い込んだのだ。紛れもない大戦果である。
「よくやったお前たち!! ルーガーは後ろに送ってやれ! 今は<フォックス>印の優秀な傷薬があるからな、死にはしねえぜ!」
「ああ、よくやったルーガー! お前がやったんだ、お前がやったんだぞ!!」
「痛え、ちくしょう……ああ、女神よ、感謝します……!」
そんな光景を、戦場の至る所で見ることができた。
ある部隊は迎撃に失敗し、僧兵に蹴散らされる。だが、ある場所ではキル・ゾーンに誘い込まれた僧兵が、重機関銃で蜂の巣にされる。
レプイタリ王国からもたらされた銃という武器により、プラーヴァ神国の侵略速度は劇的に抑えられていたのだった。




