第236話 降り注ぐマイクロ波
「エーディア・ビースティン連合王国への支援物資、受け渡し完了しました!」
「ご苦労。輸送隊には明後日朝4の鐘までの休暇を与える。貴様は報告書を提出してからだがな」
「了解いたしました、隊長殿!」
レプイタリ王国所属の支援物資輸送隊は、無事に国境都市に到着し、相手国へと馬車ごとの物資受け渡しを完了させた。
特に持ち帰る荷物の予定もないため、人員を馬車に詰め込んでとんぼ返りの予定だ。
それでも、馬車の乗り心地が非常に改善しているため、輸送隊の士気は高い。
ちなみに、受け渡したのは武器弾薬受け渡し用の<パライゾ>製馬車10台だ。
この国境都市で馬を繋ぎ替え、これ以降はエーティア・ビースティン連合王国の責任で前線へと運ばれることになる。
当然ながら、武器の分配や使用方法については、レプイタリ王国は関与しない。
「……まあ、どう使おうと我らには関係ないが……」
隊長はフンと鼻を鳴らし、自身の最後の仕事を片付けるため割り当てられた宿舎に戻る。
これから、都市のお偉方との会談があるのだ。
この国境都市は前線から最も遠い場所ということもあり、根本的に危機感が不足している。
おそらく、面倒な歓待攻撃を受け続けることになるのだろう。
何の権限も持っていないとは何度も言っているのだが、あまり効果はなかった。
「本国からは、あまり気にするなとは言われているが、ねぇ……」
面倒なものは、面倒なのだ。
そもそも、祖国と比べて文明度の低いこの国では、食事もあまり楽しめないのだ。
輸送隊隊長は改めてため息を吐き、埃を取るため湯場に向かうのだった。
◇◇◇◇
「電波通信は、十分な帯域を確保できています。リンクレベルは規定値以上。各機器正常動作を確認。給電電圧正常。周辺環境への影響は確認されません」
「司令官、成功、したよ……」
オリーブに構築を任せた、衛星軌道からのマイクロ波給電網。その実動テストが、無事に完了したのだ。
「よし、よくやったわオリーブ!」
「……えへへ」
司令席から立ち上がり絶賛する司令官に、オリーブははにかみを返す。
「1ヶ月は最低出力で様子見。その後、徐々に給電出力を上げていきましょう。オリーブ、計画の微調整は任せましたよ」
「うん……任せて」
衛星軌道からエネルギー供給ができるようになれば、<ザ・ツリー>の活動範囲は飛躍的に大きくなる。その実証実験は、今のところ問題なく推移していた。
今回実験の場所に選ばれたのは、エーディア・ビースティン連合王国とフランカ共和国の国境に位置する交易都市だ。
レプイタリ王国からの支援物資扱いとなっている馬車にマイクロ波受信装置と偵察ボットを組み込み、これに対して衛星軌道からマイクロ波給電を行ったのである。
結果は、非常に良好。
<ザ・ツリー>からの直線距離は2,100km程度ではあるが、周辺は国交のない国ばかり。アフラーシア連合王国内の最寄りの基地からも、900km以上離れた場所である。
アフラーシア連合王国上空に給電ドローンを浮かべても、ギリギリ範囲に入るか入らないかという距離だが、そこで<ザ・ツリー>勢力が継続的に活動できる状況になったというのは、非常に大きいだろう。
衛星軌道上の給電装置も、今回の実験のため新造したものである。周辺環境への影響を最小限に抑えるため、指向性を可能な限り上げている。そのため、位置指定機構も非常に繊細な制御が必要だ。
そもそも、給電装置自体が上空600kmを回っているのである。
これまで使用されていた給電ドローンは高度20km。要求される制御精度は、とてつもないものになる。
「当面は、受電スポットを介して周辺に給電する方式を取る予定です」
「送電アンテナの数がまだ足りないから……衛星軌道に給電グリッドを作らないと、全部の機器に個別給電するのは無理……」
「はー。まあ、そりゃそうねぇ。今だって、給電ドローンいっぱい上げてるしねぇ」
給電アンテナを立ち上げている基地周辺ならばまだしも、今は派遣する機器に合わせて給電ドローンも移動させているという状況だ。
今回の衛星軌道からの給電実験も、使用している衛星は僅かに3機。
これでは、24時間態勢の給電は実現できない。1日に数度、上空を通るときのみ、現地機器へ給電が可能になるというだけだ。
「ま、とりあえず前線でも電源確保できるのはいいことね。ボットも動かしやすくなるかしら?」
「はい、司令。既に馬車に展開用ボットを搭載済みです。適度な場所で順次展開させる予定です」
「うんうん、順調ねぇ」
こうして、さらに広範囲にわたり、<ザ・ツリー>の諜報網が拡大していくことになる。
◇◇◇◇
ロケット発射場から、轟音を上げて長大なロケットが空に登っていく。
<ザ・ツリー>が打ち上げたのは、早期警戒用の偵察衛星だ。
3段式で、高度400kmに3基の偵察衛星を打ち上げる。
1段目、そして2段目についても自動で地上に帰還し、再利用が可能なタイプだ。
これらのロケットを使用し、偵察衛星を合計9機打ち上げるのが今回の計画である。
再使用ロケットの動作テストも兼ねている。
ちなみに、第3段ロケットは衛星を軌道に乗せたあとはそのまま大気圏に突入させる。飛行速度が非常に高速のため回収が困難なうえ、ロケットとしては低機能であるため、使い捨てにしたほうが効率がいいのだ。
既に何度も軌道投入は成功させている<ザ・ツリー>製のロケットだ。
新型とは言え、<リンゴ>が綿密にシミュレートを繰り返した製品のため、危なげなく全てミッションを完了した。
<ザ・ツリー>の活動範囲拡大に伴い、その警戒線は非常に長大になっている。
その全てに、警備機械を常駐させる訳にはいかない。
そのため、衛星からの監視の目を増やす必要があるのだ。上空からの監視により、少なくとも目視できるものはほぼ完全に把握することができる。
衛星そのものにも簡易的なAIを搭載しているため、地上の処理能力に負荷を掛ける心配もない。<ザ・ツリー>は、着々とその支配範囲を広げている。
とはいえ。
未だ、<ザ・ツリー>が掌握している範囲は、この広大な惑星のほんの一部だ。
「偵察衛星、全機展開完了。各機、動作テストに入ります」
「テレメトリ、正常受信。自動解析開始しました。通信リンク、確立を確認。キャリブレーションを開始します」
イチゴと<リンゴ>の報告を聞きつつ、イブはぼんやりと世界地図を眺めていた。
壁一面に展開されているのは、メルカトル図法で表示された長方形の惑星地図だ。
地形データは探査済みで、各大陸の海岸線は確定されている。ただし、高度については概算値だ。本当はレーザー探査などで正確な地形図を取得したいのだが、衛星軌道上からレーザーを発信することについては禁止しているのだ。
何らかの攻撃と取られ、地上から撃墜されることを警戒しているのである。
警戒しすぎ、と笑うことはできない。
魔物と比べて脆弱、と評されている人類種でさえ、ただの矢を上空20kmまで飛ばしてくるのだ。強大な魔物種であれば、衛星軌道まで何らかの攻撃を加えてきても不思議ではない。
「全機能、正常信号を受信。各機器の調整を許可しました」
偵察衛星群が、自律的に稼働を開始する。頭脳装置ほどの自我は有していないが、ある程度の自己判断は可能な権限を渡している。もっとも、基本的には地上を監視するだけであり、せいぜいデブリ検知などで軌道修正を行う程度の機能しか持っていないのだが。
「衛星の機能確認完了後、例の地点を重点観察する予定です」
「例の地点?」
「電磁波反射現象が確認された地点です」
「ああー。あそこかー」
偵察衛星を増やしたのは、単純に監視の目を増やしたかったというのもあるが、魔の森のある地点の観測を行う、というのが一番の目的である。
そこは、映像で確認する限り、何の変哲もない、緑に覆われた岩山だ。周辺に比べて木々が少ないが、岩山という地質上、大きな木が育ちにくい環境のため、特に違和感はない。
だが、その地点から、電磁波の発振が確認されたため、<ザ・ツリー>は警戒を強めている。
とはいえ、確認されたのは反射波だ。<ザ・ツリー>の飛行機械が発信したレーダー波が、そっくりそのまま帰ってきただけである。
それだけであれば、何らかの電波反射素材が埋もれているだけ、で済んだのだが。
「想定よりも0.3秒、電磁波が遅れて発振されています。単に反射しただけであれば、電磁波到達が遅れる理由にはなりませんので」
「不気味よねぇ……誤差とはとても言えない遅延だし……」
電磁波の世界で、0.3秒も遅れて届くというのは、いくら波形が同じでも、それは異なる発信元があると想定せざるをえないのだ。
ただ、場所が魔の森の比較的奥地であり、調査機器を飛ばすにはやや離れすぎているのである。




