第234話 AIと人間の会話
「実に頭が痛くなる話だな、オイ」
「文句はフェンリルに言ってもらいたい」
早速、アシダンセラ=アヤメ・ゼロからフェンリル出現の報告を受けたアマジオ・シルバーヘッドは、難しい表情でため息を吐いた。
プラーヴァ神国の攻勢だけでも特大の厄介事にも関わらず、それに輪をかけてとんでもない爆弾を手渡しされたのである。
眉間に皺も出来ようというものだ。
「しかし、魔の森か。相変わらずの魔境だな」
「急にフェンリルが南下した理由が不明。なにか心当たりはない?」
拡大プリントされた衛星写真を眺めつつぽつりとこぼしたアマジオに、アシダンセラがそう尋ねる。
だが、アマジオは首を振った。
「全く想像がつかんな。そもそも、このフェンリルって魔物も初めて見るもんだぞ。向こうの当事国なら、口伝なりなんなりで多少は情報があるかも知らんが、こっちはそもそも魔の森とすら接点がないんだぜ」
120年前の事情なら多少は分かるかもしれんがね、と付け加え、アマジオは苦笑した。
「俺も、昔の記憶はかなり落としてるからな。拡張記憶野にアーカイブされてるかも知れんが、デコード領域が足りん。生体演算器の限界さ」
「そう。<リンゴ>はあなたへの拡張モジュール提供は時期尚早と判断している。信頼を積み重ねてほしい」
「……やれやれ。まあ、長い付き合いになるだろうから、気長にやらせてもらうさ」
言外に行ったパーツ提供の要求をさくっと断られたアマジオは、肩をすくめた。折に触れて言及はするのだが、<パライゾ>は断り続けている。
<リンゴ>的にはそう簡単に受け入れられる要求ではない。当然だった。
「……で、だ。要観察だが、このフェンリルを抑えるために、プラーヴァ神国が戦力を出すかどうかが一番気になるな。それによって、今後の前線の圧力が全く変わってくる」
「同意する。迂回して戦力を動かすのか、無視するのか。あるいは、戦力をフェンリルに対してぶつけて来るのか。神国内の諜報網はまだ不完全。情報があまり集まらない」
「さらっととんでもないこと言いやがるな……諜報網……?」
最近は、アマジオに対して隠す努力も放棄してきた<パライゾ>勢である。ある意味、信頼の証なのかもしれない。
とはいえ、アマジオ個人はともかく、現在のレプイタリ王国の経済の3割以上が<パライゾ>との交易で成り立っているのだ。それも、その割合は日々増加を続けている。
ここで<パライゾ>がレプイタリ王国との関係を清算した場合、甚大な被害が発生することは明白だ。
故に、<パライゾ>は好き勝手に要求するし、レプイタリ王国は唯々諾々とそれに従う関係になってしまっている。救いは、<パライゾ>が基本的に善意から行動決定を行っている、ということか。
「まあそれはいい。そこは諦めた。武器弾薬の支援は、当面はこのまま続けるのか?」
「肯定する。そちらの要求通り、生産工場も稼働を開始した。第2工場も建設中。劣化量産型になるが、次の船便で2万丁を提供できる。弾薬は当然、それ以上」
「……陸軍の銃の数が、それだけで10倍になるんだが……」
「戦時特例。仕方がない」
「たぶん使い方間違ってるよな?」
アサルトライフルが2万丁。軽機関銃が800丁。重機関銃が100丁。銃弾は、数えるのも億劫なほどの桁数が、手渡された紙に記載されていた。
「自重って言葉を知ってるか?」
「知っている。軽はずみな行動を取らないよう注意すること。武器弾薬の支援は、あなた方にとって残念なことかもしれないが、必要最低限にとどめている。理解してほしい」
アシダンセラは、心なし得意げにそう答えた。アマジオは再びため息を吐き、椅子に体を預ける。
物事の捉え方が、根本的に異なっている。アマジオはそう理解し、もう突っ込まないことにしたようだった。
「まあいい。あとは、輸送手段だがな。まあ、あの燃石エンジンは当然提供できないだろうが。馬車、馬車ねぇ……。まあ、国外だから、当然といえば当然か……」
次にアマジオが言及したのは、提供した武器弾薬を、最前線に運び込む手段についてだ。
これも、当面の間は<パライゾ>が車両を準備する予定である。
「大型の複輪、高張力鋼を使用した車体で、樹脂、セルロースも使用して軽量化を行っている。当然、サスペンションも強力なものを装備した。相当な悪路でも、馬で引いて移動できる」
「エアレスタイヤだったか。接地圧も調整できるとか書いてやがったな?」
「肯定する。接地面積をある程度調整することができる仕組みを取り入れた。地面が柔らかい場所でも、事前に調整することで移動可能になる」
さり気なくオーバーテクノロジーを突っ込まれ、アマジオは目頭を押さえた。
「特殊構造のスポークで、タイヤ幅を変更できるようにしている。一旦馬車を止め、各輪毎に調整が必要だが、当面の輸送には耐えうるはず」
「……そうだな。ゴムタイヤだってまだ普及していないからな、取り合いになる様が目に浮かぶぜ……」
最初に騒ぐのは商工会だろう。なにせ、この馬車(?)があれば、物流コストを大幅に削減できるのだ。加えて、輸送時の振動も抑えられる。繊細な物品をより安全に運ぶことも可能になる。
「あなた方の技術力であれば……200年もあれば量産できるようになるだろう。それまで待つことだ」
「普通の人間は100年も生きられないからな?」
とはいえ、<パライゾ>から供与されるこの車両も、特に使用制限を設けられているわけではない。あくまで、前線に荷物を届ける手段の一つとして渡されただけだ。用が済めば、用途は関知しないという契約だった。
この戦争が落ち着けば、レプイタリ王国とその周辺国家は、劇的な文明開化を迎えることになるのだろう。
「しかしまあ、こんなオーバーテクノロジーの塊が馬に引かれて走るのか……。それはそれで味わい深いというか、絵になるというか……」
しかも、その車両内部には大量の銃器が積み込まれているわけである。
「科学技術黎明期の試行錯誤の雰囲気を感じるということであれば、同意する。あるいは、衰退した文明が、仕組みも理解せずに使用している遺物。本来の用途からかけ離れた使い方をされる発掘品。実に興味深い対象だ」
「ほう。分かるか。イブちゃんはいったいどういう教育方針なんだ。分からん」
「興味があるなら、各種文献を製本して用意できるが?」
「あー。まあ、そうだな。まだ流通させたくはないが……俺の書庫に入れる分にはいいか……頼めるか?」
「問題ない。直接屋敷に届けよう」
完全に公私混同だが、曲がりなりにも国の頂点である公爵閣下である。どちらかというと王室外交のようなものだろう。恐らく。
「まあ、当面は時間稼ぎができそうだな。ちなみに、あんたら<パライゾ>は、あの前線に戦力を投入したらどこまでできるんだ?」
「……。少なくとも、今の戦力分布であれば、すべてを平定できる。<リンゴ>はそう試算している。ただ、それを実行すると、我々は覇者として振る舞う必要が出てくるだろう。司令官はそれを望んでいない」
「ふぅん……お人好しだぜ、全く。まあ、そんなあんたらが後ろに控えていると思えば、俺は気楽にやれるがね。少なくとも、我が国は安泰というわけだ」
「不確定要素は、あの魔物だ。別種の魔物との交戦経験はいくつかあるが、基本的に、接触を避けるべき生物であると判断している」
「ほう……そいつは初耳だな。生憎と俺の記憶には魔物が何たるかは残していないが、こっちに残っているのは、拠点放棄直前までの全データだ。案外、面白い情報があるかもしれんぞ?」
「それについては検討中だ。追って連絡する」
「業務連絡か」




