第231話 魔導機関
「続いて、連続着艦、再出撃のテストに移ります。各機体の操作はE級戦術AI<ヒース>がナグルファルから実施。艦体の制御はU級AI<ローチェスター>が行います」
「実運用は、今回が初めてになるのかしら?」
「はい、司令。シミュレーションでは好成績を収めていますので、心配はしていません」
ウツギとエリカは、自身を元に製造されたAIの活躍を見守る構え。
当然、初稼働とは言え実機テスト自体は完了している。全機出撃・全機回収の初テストということだ。
「こういう空母をまじまじと見るのって初めてだから、わくわくするわね。着艦は甲板に降りるのかしら?」
「はい、司令。正確には、甲板に設置された電磁牽引器を利用します。艦載機の降下時、進行速度に同期させてから電磁石により固定する装置です。強力な磁力で吸着させますので、荒天時などに進路がぶれても強引に着艦が可能ですね」
そんな説明の後、実際に艦載機の着艦が始まった。
電磁牽引器はナグルファルの全面甲板上を比較的自由に移動できる。移動用のレールが複数用意されているのだ。
艦載機はそれなりの速度で甲板に進入。着陸脚は展開しているが、これはタッチアンドゴーが必要になった際に使用されるものだ。電磁牽引器自体は、着陸脚を必要としない。
飛行速度同期後、電磁石で機体を確保。規定保持力が発揮された時点で、そのまま並走する格納用アームに機体を引き渡す。
確保された機体は、艦内へ引き込まれる。
その間、僅かに7秒。更にその3秒後には、後続の機体が甲板に進入する。電磁牽引器の進入路は4本。1本あたり、およそ10秒で機体を艦内へ回収できるということだ。
次々に甲板に飲み込まれていく艦載機。実際の戦闘時にこれほど整然と機体が並んで進入する機会は無いだろうが、それでも驚異的な回収速度である。
「回収した機体は送風で冷却しつつ、各部のチェック、武器弾薬、燃料補給を行います。再出撃までは、最短で8分。燃料補給だけであれば5分で可能です」
特にジェットエンジン周辺は高温になっているため、艦内に引き込むだけで火災のリスクがある。熱が籠もらないよう、格納庫内は強力な排気装置で空気を循環させているのだ。
再装填装置が接続され、弾薬を交換。
燃料ホースから、ポンプを使用し一気にジェット燃料が送り込まれる。
一連の動作は流れ作業で次々に実施され、交換充填が完了した機体はそのまま発進ブースへ押し込まれていく。
「全機体、回収完了~!」
「問題なし! 全部正常に動作確認!」
無事に全機体が着艦したのを確認し、ウツギとエリカが喜んでいる。自分から株分けしたAIがしっかりと活躍しているのが嬉しいようだ。
搭載AIはまだ名付けはしていないため学習能力は低いのだが、安定してから名付けを行っても良いかもしれない。最終的には、フリングホルニ、ナグルファルに搭載したAI群が<ザ・ツリー>防衛戦力の頭脳になるのだ。
「全機回収に掛かった時間は、およそ500秒。ほぼ理論値ですね」
「おー……。連続再出撃も可能と考えると、展開可能戦力は機数の数倍って感じかしら。うーん、私のゲーム時代でもここまで戦力を揃えたことはなかったわね、たぶん」
イブはそうぼうやくが、当然である。ゲーム時代は早々に周辺を平定して宇宙に上がったのだ。恐らく敵性海洋国家も存在したのだろうが、いち早く上を取った彼女の文明にすり潰されているはずだ。初期惑星は能力制限されたAI運営の国家しかいなかったため、そんなものである。
わざわざ海上戦力を揃える必要がなかった、ということだ。
「まあいいや。あと、海中戦力かしら? 確認が必要なのは」
「はい、司令。主戦力となる潜水艦は文献も乏しく、運用実績も無いため試行錯誤中というところです。現時点では、有事には小型の潜水艇を放出し、適宜対応する方向で調整中です」
「お姉様。それでは、ナグルファル搭載の潜水艇<ブルーフィン>の発進訓練を開始します」
今度は、イチゴがそう報告してきた。
ある程度海中防御も考慮する必要があるため、イチゴを中心に研究会のようなものを立ち上げているらしい。
海中は未知の脅威が多そう、というのが全員の判断だ。そのため、生半可な潜水艦では盾にすらならない、というのが<ザ・ツリー>としての判断である。
例えば、海中といえばあの<レイン・クロイン>であるが、凡百の潜水艦であればアレの脅威に全く抵抗できない。数回ほど魚雷を斉射したら、それで終わりである。食いつかれれば、一瞬で圧潰するだろう。
「ナグルファル、突撃潜水艇<ブルーフィン>の展開を開始します」
ナグルファルの後部、舷側に設けられた発進口がスライドしてその口を大きく開ける。懸架レールが突き出すと、船首側を下にして吊り下げられた潜水艇、ブルーフィンが移動してきた。
「放出開始します」
数珠繋ぎ状態でレールを移動するブルーフィンが、順番に固定解除されていく。
しゅぽん、という擬音が聞こえてきそうな勢いで、解放されたブルーフィンは次々と水面に没していった。
「雑な放出ねぇ……」
「あの形で落とすことで、水面下15mほどまで一気に潜航することができます。回収は、航行速度を落としてクレーンアームで行いますので、基本的に戦闘行動中は放出しっぱなしになりますね」
さすがに、海中を進むブルーフィンを簡単に回収することはできない。最悪、そのまま放棄することも想定されている。
とはいえ、現時点では想定される海中の敵は、<レイン・クロイン>および未知の魔物といったところだ。海中の魔物は、<レイン・クロイン>以外の遭遇がないため、優先順位はかなり落とされている。
最悪、全力で逃げればなんとかなるだろう、という想定で、全艦の航行速度改善を行っているという状況だ。
「ブルーフィン、全艇の放出が完了しました。低出力音響通信、リンク完了しました。続いてレーザー通信リンク試行中……完了しました」
「おー。音響通信ねぇ。距離はどのくらい行けるのかしら?」
「出力を上げれば、数千m規模で通信可能です。ただ、その場合は通信音波が広範囲に届くことになりますので、通常は完全自律行動となります」
海中では電波は著しく減衰する。レーザーはそれよりましだが、せいぜい数百mといったところだろう。音波であればかなり遠方まで届くが、特に低周波は指向性が無いため、余計な何かを刺激する可能性が拭いきれない。
よって、ブルーフィンは基本的に、短距離以外は自律行動を行うことになる。
「内蔵炉は色々と検討しましたが、現時点では、燃石を使用したスターリングエンジンが最も効率が良いと判定しています。燃石のエネルギー密度は非常に高く、同じ体積の石油燃料と比較しても数十から数百倍の熱エネルギーを発生させることが可能です」
「……ん? ってことは、あのブルーフィンは燃石搭載してるってこと?」
「はい、司令。アサヒは<ザ・ツリー>初の魔導機関だとはしゃいでいましたが、運用実績が乏しいため全面採用は見送りました。燃石に関しては、未知の特性が多すぎますので」
そういえば、レプイタリ王国内で、燃石利用のスターリングエンジンを使用した車両を走らせているとか言っていた気がする。そちらである程度運用データを取得し、今回、ブルーフィンの動力として採用したということだろうか。
「理論的には、トン単位で合成した燃石であれば年単位で戦艦を動かせる動力になる、と言っていましたが、巨大な燃石を合成した場合の影響が不明ですので、今のところ許可していません」
「へ、へえ……」
そういえば、燃石はくっつけることが可能、とは報告を受けていた。レプイタリ王国へ輸出している燃石は、まさにその特性を利用して製造したものである。
ただ、<リンゴ>の懸念の通り、巨大な燃石を作ったら自重で発火するとか爆発するとか、物騒な状態になる可能性は十分にあった。
やはり、アサヒは野放しにしてはいけない。意外なところで、イブは決意を新たにしたのだった。




