第230話 ナグルファル
「あれよあれよという間に、こんなことになるなんて……」
「いかがですか、司令」
呆然とそれを見下ろす司令に、<リンゴ>が自慢気に紹介する。
「海上航空母艦、<ナグルファル>。搭載機数は最大で180機。頑張りました」
「凄まじいわねぇ……」
ざっとスペックを確認した限り、全長約18mの艦載機180機を詰め込めるらしい。それ以外にも回転翼機や多脚戦車もそれなりの数を搭載可能。
無人運用艦として、様々な装備が最適化されたからこその搭載量である。
「旗艦は戦艦<フリングホルニ>。パナス級巡洋艦2隻、ニグラ級巡洋艦4隻、ヘッジホッグ級駆逐艦6隻、アルマジロ級駆逐艦4隻。以上が、<ザ・ツリー>海洋第1艦隊の所属艦です」
「知ってるわ……溜め込んだ資源が一気に無くなったもの。さすがに戦闘艦は建造資材の量が桁違いねぇ……」
<ザ・ツリー>が生産している資源の多くが、主に戦艦と空母に注ぎ込まれたのだ。もちろん、必要十分な量の資源を採掘設備にまわしているため、短期間で回収可能ではある。
「全て新造艦ですし、新型の巡洋艦と駆逐艦も組み込みました。今後更に追加建造を行うためにも、十分な試験期間が必要です」
「はぁー……。これがあれば、貿易とかもっと捗ったかしらねぇ……」
イブは、これまでの苦労を思い出し、大きなため息を吐く。いや、彼女自身は特に苦労はしていないのだが。
これだけの大艦隊で、例えばレプイタリ王国に乗り付ければ、面倒な交渉などせず全面降伏させることもできただろう。やらないけど。
「今後の外交活動には活用しますか?」
「どうかしらね。相手の文明度にもよるし、下手に刺激して大連合とか組まれても厄介じゃないかしら」
強大な戦力は、相手を萎縮させてしまう。下手をすると、連合させてしまう可能性すらある。砲艦外交は慎重に手札を切らないと、相手との関係が酷くねじれてしまうだろう。これまでの経験から、イブはそう判断していた。
適度な力を見せつけるというのが、最も効果的なのだ。
「まあ、ひとまず艦隊が揃ったことをお祝いしましょう。後で艦隊行動も見せてくれるんでしょう?」
「はい、司令。観艦式も行いますし、洋上行動も、訓練を兼ねて実施します。実際、航行中の振動などはシミュレーションでも正確に再現することは難しいですので、実践あるのみです」
<リンゴ>の言葉に、イブは頷く。シミュレーションで全てを詳らかにするのは、現実的には不可能だ。たとえ演算能力的に可能だとしても、すべての条件が現実世界と同一でないと正しい計算結果にはならないからだ。
<リンゴ>はそのあたり、うまく情報を削ぎ落とし、演算結果とテスト結果を突き合わせて軽量なシミュレーション関数を定義している。それでも、人間1人で理解できる規模ではないだろうが。
「よし。じゃあ、今日は見学ね。暇だったらみんなも呼びましょ。今後、この艦隊はいろいろと使うことになるだろうしね」
「はい、司令。お茶の準備をしましょう」
◇◇◇◇
要塞<ザ・ツリー>の展望室に全員が集まり、丸テーブルを囲んでわいわいしていた。
「そういえば、こうやって集まってなにかするのも久しぶりかしらね」
「昼間に集まることは少なくなった。全員、何か別のことをしていることが多い」
イブのぼやきに、アカネが答える。
確かに、とイブはここ最近の状況を思い出す。
イブは<リンゴ>と共に方針の策定を行っていることが多いし、姉妹それぞれは自身の子株たる各地の戦略AI・戦術AIとリンクして情報収集しているため、直接顔を合わせて作業する機会はめっきり減っていた。
相変わらず夜はイブのベッドに大集合しているのだが、それはいつものことなので除外だ。
「まあ、今日は折角の<ザ・ツリー>正規艦隊のお披露目だからね。みんなでゆっくり見学しましょう」
『はーい』
現在皆で集まっているのは、<ザ・ツリー>の展望デッキだ。海面高はおよそ50m。全面ガラス張りの全天候型であり、背後以外は足元を含めて全て外の景色を確認できるようになっている。
とはいえ、その高さから見ても、裸眼では艦隊の詳細を確認することはできない。目で見える範囲で艦隊を動かすのは、さすがに危険だからだ。
「上空に展開したドローンからの映像です」
<リンゴ>が、航行中の艦隊の俯瞰映像を表示させる。
現在、海洋第1艦隊は輪形陣を組んで高速航行中だった。
戦艦フリングホルニ、その後ろに空母ナグルファル。この2隻を囲む形で、パナス級巡洋艦、ニグラ級巡洋艦が配置され、さらにその周囲をヘッジホッグ級駆逐艦、アルマジロ級駆逐艦が固めている。
「見事な輪形陣ね!」
その映像に、イブは大はしゃぎであった。<リンゴ>も実に満足げである。
フリングホルニおよびナグルファルは基本はウォータージェット推進を行っている。水面下に複数の噴出孔を有し、常に最大の加速を行えるよう水流を調整可能だ。
そのため、巨体にも関わらずかなりの高速を発揮できる。
既に、現時点で時速70kmを超えていた。
「<リンゴ>。もっと加速できるみたいだけど、今日はやるの?」
諸元に目を通していたオリーブが、<リンゴ>に尋ねる。彼女は最近、アサヒと組んで陸上戦艦を設計していたため、水上艦のスペックは把握していなかったらしい。
「はい、そのつもりです。巡航はひとまず問題なさそうですので、次は高速航行モードを試しましょう」
フリングホルニ、ナグルファル両艦は核融合炉を搭載しており、発生する膨大な電気エネルギーをプラズマジェットタービンで推進力に変換している。
これらを全力稼働させることで、凄まじい加速力を発揮することが可能なのだ。
「輪形陣解除。各艦は所定の位置に退避」
ただ、ウォータージェットという性質上、全力稼働させると噴射口後方に膨大な水流を撒き散らすことになる。特に、全力稼働時は効率度外視で噴出するため、隊列を組むのは難しい。
単純に水流が乱されるため、後方の艦艇が速度を維持できなくなるのだ。
「エンジン出力上昇中です」
横並びとなったフリングホルニ、ナグルファルの後方に、白い航跡が発生する。同時に、両艦の航行速度もぐんぐんと上がっていった。
「時速80kmを突破、加速継続中です。各センサー値、異常なし。構造体変形値は想定範囲内です」
巨艦が加速する。設計のやや古いヘッジホッグ級の最高速を超え、なお余裕があるようだった。
「ヘッジホッグ級は高速化改修を行うか、更新する必要があるわねぇ」
「はい、司令。高速航行は想定通りの性能を発揮しています。今後はこの速度を基準に、各艦を改修・更新していく予定です」
船体構造にも余裕があり、燃料の重水素も大量搭載が可能だ。長期間にわたり最高速度を発揮できるため、艦隊全体をそれに合わせて見直す必要がある。
幸い、マイクロ波給電により航行エネルギーは自前で、事実上無制限に供給可能だ。
高速打撃艦隊として運用可能だろう。
「最後に、航空母艦ナグルファルによる搭載機全展開を行います」
安定航行のためやや速度を落としたナグルファルの甲板が展開し、4本の電磁カタパルトが姿を表す。
「おお、艦載機!」
「連続射出かー! 腕が鳴るねぇ!」
自動機械群の指揮操作を得意とするウツギとエリカが、その光景を見てはしゃぎだした。実際、艦載機を制御する戦術AIは、彼女らを基盤としたU級、E級が使用されている。
2人がかぶりついて見つめるモニターの中、カタパルトから次々と艦載機が射出されていく。射出速度は3秒に1機程度か。それが4系統あるため、180機の展開は135秒、2分少々で完了だ。
カタログスペックはイブも把握していたが、実際に見せられると、とんでもない速度である。生身の人間が乗っていないからこそ可能な荒業だ。
ナグルファルの周囲は、蒸発後に再凝集した冷却材により、まるで煙幕でも焚かれたかのように真っ白に煙っていた。
「艦載機180機、正常に展開完了。特に問題は観測されませんでした。放熱機能も正常に動作しています」
「うーん、圧倒的ねぇ……」
数分で180機もの戦闘機を展開可能。この戦力であれば、いつぞやのワイバーンが襲ってきたとしても、問題なく撃墜可能だろう。
もちろん、それを想定しての戦力算出ではあったため、当然なのだが。




