第23話 海賊との遭遇
第1貿易船団は、順調に航海を続けている。うまく海流に乗れているため、10日ほどでテレク港街へ到着できる見込みだ。風任せではあるので、前後する可能性はあるが。
今回は船団を組んでいるということもあり、より東側へアプローチしつつ、地形・海底マップを更新する予定である。上空からの調査、しかも超高空からの走査のみのため、詳細な情報は取れていないのだ。将来的に陸上拠点を建設する可能性もあるため、沿岸部の調査は必須である。
「接岸できそうな場所は無いのよね」
「はい、司令。遠浅というわけではないのですが、湾になっている箇所は少なく、交易船を寄せられる場所はほとんどありません。崖があれば海底を掘る必要がないので、有望な候補になるのですが、ほぼありませんね」
一番条件が良さそうなのがテレク港街だが、当然そこを占拠して開発するというのは考えていない。別に覇権を目指しているわけではないので、できれば人が近づかないような場所のほうが望ましいのだ。余計な争いを行いたいとは思わない。
「となると、資源から近い場所で、海上拠点を作ったほうがいいのかもね」
「そうですね。沖までは桟橋で移動できるようにし、将来的に海底を掘り進めて港湾化する方針で選定しましょう」
自力で資源を獲得できれば、貿易は特に必要ない。元々、<ワールド・オブ・スペース>は開拓がメインコンテンツだ。交易もできなくはなかったが、基本的にプレイヤー同士は星系単位で活動しており、自星系を開発するほうが遥かに効率が良かった。ヘビーユーザーは資源星系を複数有し、交易も盛んに行っていたようだが、そもそも彼女はその域まで到達していないどころか、星系間の移動手段すら持っていなかったのだが。
この惑星の文明が大量消費時代に到達していれば、資源獲得を輸入に頼る選択肢もあっただろうが。少なくとも現時点で、資源採掘を大規模に実施している形跡は確認できていない。交易を拡大するよりも、鉱山を見つけ、要塞<ザ・ツリー>の持つ技術で開発した方が効率がいいというのが、<リンゴ>の予測である。
「磁気センサー搭載型の光発電式偵察機3機を投入できましたので、近々、鉄鉱山の発見はできるものと。ある程度場所を特定できれば、交易船団に調査機材を積み込み、実地調査を行います」
「そうねえ。できれば、原住民の拠点から離れてるといいわねえ…。無駄に争いたくないし」
「はい。原住民と遭遇した場合、高い確率で争いになるかと」
相変わらず、大陸は戦争が蔓延しているようだった。テレク港街が戦乱に巻き込まれていないのは、奇跡に思える。実際は、あのクーラヴィア・テレクという商会長の手練手管によるようだが。北大陸の南側沿岸部で、一定以上の規模で安定している街は、テレク港街および北諸島占領国家くらいだ。あの国家は軍事力が別格のため、分からなくもない。そうするとやはり、テレク港街の政治力は相当のものなのだろう。
「当面、テレク港街と貿易を続けて、鉱山開発に必要な資源を調達するって感じかしらねぇ」
「はい。海底鉱床の開発にはまだ時間が掛かりますので」
<ザ・ツリー>周辺の海底調査も進んでおり、資源分布も分かってきた。だが、有望な鉱床は全て深海1,000mより深い場所にあり、今の所採掘手段が無い。
「今ある潜水艇の能力じゃ、数十キロしか積めないんだっけ?」
「はい、司令。稼働時間の問題もあり、採算がとれるレベルではありません。交易にリソースを回すほうが、圧倒的に効率が良いですね。潜水艇1隻分の資源を回収するのに、400日以上掛かる想定です」
「それは…無いわね…」
「はい、司令。まずは地上鉱床の発見と開発が最優先です。資源を十分に確保できるようになれば、海底鉱床の開発も可能になります」
近場に鉱床が見つかれば良かったのだが、そう甘くはなかったという話だ。海からの資源回収は、当面、藻場のみとなる。セルロースの原料にしている海藻は、生育速度も早く増産も順調だ。管理設備を拡大し、高効率で育成収穫できる施設を計画中である。周辺海域には富栄養の海流が流れ込んでいるらしく、海藻育成には最適の環境だった。
「すっかりセルロースのエキスパートねぇ」
「そう、ですね…」
分子構造を調整し、高硬度の建材を開発したりもしている。製造プロセスが非常に複雑になるため量産には至っていないのだが、鋼鉄と遜色ない強度を持った組成も発見できた。鉄鋼材を入手するほうがどう考えても安く付くものの、絶対量が不足している現状、この超硬セルロース材も増産する方向で研究中である。
総セルロース製の戦闘艦が建造されるのも、近いかもしれない。実際に作ると鋼鉄製より高額になるはずだが、響きだけ聞くと非常に安っぽいのが玉に瑕である。
「さて、次の交易は、どれだけ鉄を入手できるかしらねぇ…」
「そこそこ備蓄されていることは確認できていますが、あとは周辺からかき集めているようですので、そちらに期待です」
この分だと、戦艦を作る目処が立つのは、何年後になるか。
<リンゴ>は全力で、資源探査に当たるのだった。
「司令。海賊を発見しました」
「…海賊?」
テレク港街へあと数日、という場所を交易船団が航行している。上空で周囲を監視していた光発電式偵察機が、その船影を捉えたのは必然だっただろう。どうやってか第1貿易船団を見つけ出し、近付いていく船が1隻。
「海賊旗を確認できます。帆船ですが、航行速度はこちらより速いようです。数時間で追いつかれると思われます」
「…。うちの船、帆船としてはほぼ限界速度が出せるはずよね?」
「はい、司令。理論上は。そうなると、相手は理論の埒外にあると考えてよいかと」
「魔法、かしら」
その帆船は全長85m、マストは5本も立っており、そして帆を一杯に張りぐんぐんと速度を上げているようだった。風や海流から見ると、軽貿易帆船級と条件は変わらない。速度を極めた形状にしているわけではないが、海賊船に勝てない理由にはならないだろう。不自然な増速が行われているため、おそらく魔法かそれに類する力が働いているものと思われる。
いまだ船上から視認できる距離ではないのだが、その船は堂々と海賊旗を掲げていた。もしこちらが普通の交易船であったならば、風下から追い上げてくる海賊船は恐怖でしか無かっただろうが。
「あと数分もすれば、主砲の射程に入りますが」
「視界外攻撃で撃沈させるのは、さすがに可哀想だと思うけど…」
マスト上から見ると、おおよそ15km程度がその視界になる。相手もマストが立っているので、30kmくらい離れていても、理論上は視認可能だ。ただ、大気の状態による視界不良もあるため、おおよそ20km程度が識別可能距離だろう。
軽貿易帆船級が装備する150mm滑腔砲の最大射程は20kmを優に超える。<リンゴ>の有り余る演算能力を持ってすれば、20km以上離れた状態で直撃させることも不可能ではない。
「初実戦投入には、手頃な獲物かもしれません」
スイフトから確認する限り、回転砲塔は装備していないようだ。いわゆる戦列艦という区分の戦艦だろう。そうすると、攻撃のためには並走して有効射程に近づく必要があるはずだ。戦列艦の有効戦闘距離は、数百mと言われている。射程だけなら1km以上あるだろうが、狙って砲弾を当てられるのは、せいぜい100m~200m程度。それでも、バリスタなどに比べれば威力が段違いで、この技術レベルの世界では脅威には違いない。
「水密は十分に設計していますので、数発程度の直撃があっても撃沈されることはないかと」
「まあ…。人形機械の損耗にだけは気をつけて。今回は、最悪失ってもそこまで痛手は無いわね」
「はい。多少鉄鋼材を失う可能性はありますが…」
「実戦データの取得を優先しましょ」




