第228話 建造開始の叫び
「遂に……! 遂に、ここまで来たわ……!」
彼女はそれを前に、両耳と両手、尻尾を天に振り上げて叫んだ。
「これが、大型建造ドック! でかい! 広い!」
「はい、司令。コンクリートの養生に時間がかかりましたが、これで300m級の艦船建造が可能になりました」
要塞<ザ・ツリー>に併設して建造された、大型艦船用のドック群に足を運び、司令官は大興奮していた。
「苦節――苦節何日かは分からないけど、素晴らしい! これで進出がより捗るわね!」
「はい、司令」
建造ドックは全天候型だ。長さ400m、幅100m、深さ15mのドック全体を構造体で覆っている。内部では巨大な建造機械が縦横に移動し、記念すべき1隻目の建造が開始されていた。
「凄まじい迫力ねぇ!!」
「お姉ちゃん。中、中を見たい」
「良いわよ、行きましょう!」
オリーブに急かされたイブは、しっかりと手を繋ぎ直して歩き始めた。後ろから見る尻尾は、2人共激しく振られている。
しかも、かなりの早足であった。
「<リンゴ>。今作っているのは何でしょうか?」
「戦艦、<フリングホルニ>。フリングホルニ級1番艦です」
そんな2人の後ろを、<リンゴ>、アカネ、イチゴがゆったりと歩きながらついていく。
ウツギ、エリカは既に走り去っている。
「フリングホルニは、北欧神話で世界最大と呼ばれる巨大な船のこと」
アカネの解説に、<リンゴ>は頷いた。
イブが喜々として命名した、<ザ・ツリー>初の戦艦である。
「全長は321m、全幅68m。核融合炉4基を搭載し、完全自律行動を想定して戦略AIを複数運用します。艦隊旗艦として運用し、各地への派遣戦力として想定していますが、1番艦は基本的には<ザ・ツリー>の防衛を任務とします」
「<ザ・ツリー>の海上防衛戦力は、常々不足していると思っていた。これで安心できる」
「想定敵戦力の10倍は用意していたと思いますが……?」
「アカネの懸念は理解しています。イチゴの言う通り、必要な戦力は用意していますが、それで安心できるかは別の問題です。私としては、今でも派遣中の海上戦力の半分を戻したいと思っていますが」
「お姉さまが戦力を数値で判断して割り振るから、反論できない。アサヒではないけど、ファンタジーの理不尽さをもう少し恐れても良い」
手元にある戦力を泳がせるのは性に合わない。イブはそう言っているが、まあつまり、ゲーマーの性である。
差し迫った危機もない状態で、大戦力を防衛のみに利用するというのは、確かに忌避すべき状態ではあるのだが。
「哨戒機を増やすことで対応はしていますが、心配でした。実験艦という名目で、艦隊を<ザ・ツリー>周辺に留めることに同意していただけましたので、司令の安全度も高まるでしょう」
動かさない資産はゼロと同じ。
それが、イブの判断である。
だが、防衛戦力というのは、そういうものではないのだ。そこにあることに意味がある。
現在は、資源収支にも余裕が出ていた。ここらで、<ザ・ツリー>そのものの防衛について再考すべきなのだ。
「とはいえ、司令も魔物との戦いを重ねるたびに、防衛戦力についてはリスクヘッジを考えておられるようです。第2要塞も、石油港も、常駐戦力は増強されていますので。本拠地が後回しになっているのは危険ですが、資源収支を考えるとどうしようもないというのは理解できます」
「今のところ、魔物は縄張りを侵さない限りはぶつかる可能性は低い、と分析されていますので、<ザ・ツリー>は他地域に比べると幾分安全度が高いというのも事実ですね」
「少なくとも、レイン・クロインのような徘徊型以外の脅威はない。この調子で防衛網を建設できれば、<ザ・ツリー>は盤石になる」
アフラーシア連合王国内の鉱脈開発と、海底資源回収も順調だ。必要な元素は順調に蓄積していた。回収プラットフォームと、戦力増強へ回す資源の分配は、<リンゴ>が適切に采配している。
地上では巨大な円盤が大地を削り、海底では化け物のような回収機が這い回っていた。
そして、そんな現場が順調に拡大しているのだ。
1隻あたり10万トン以上と考えられる、戦艦建造のための資材は十分に回収できる目処がたっている。後は、量産するだけだ。
ドック内に足を踏み入れる。
<リンゴ>達が向かう先では、イブ、ウツギ、エリカ、オリーブが一塊になってわちゃわちゃしていた。興奮状態で押しくら饅頭になっているらしい。
眼下では、門型の建造機械が戦艦の船体を直接出力していた。予定では、1週間で船体の出力が完了する。その後、さらに1週間程かけて各装備の艤装を行い、進水させる。
そして、このサイズの建造ドックは全部で3設備。つまり、全力稼働させることで、週刊戦艦が可能ということである。
しかも、乗員の習熟期間は不要だ。建造開始から、おおよそ3週間程度で戦力化が可能ということである。
とはいえ、戦艦単独での運用はさすがに難しい。随伴艦や、打撃力の要となる航空母艦も必要だ。
この建造ドックに問題がなければ、2番目、3番目のドックで空母や補給艦などの建造を開始する予定である。
「<リンゴ>。アサヒが提案していた、陸上戦艦は目処が立っている?」
「アカネはよく見ていますね。はい、現在シミュレーションを実行中です。移動可能な大型設備は、ギガンティア級と異なり頑強性は遥かに上です。広大なプラーヴァ神国を侵略する場合は、陸上戦艦を拠点に戦線を押し上げるというプランは検討に値します」
「……お姉様がよく口にされる浪漫という概念はあまり理解できないのですが、陸上戦艦は浪漫だ、とおっしゃっていましたね」
両手をつないでくるくる回り始めた4人を眺めながら、<リンゴ>達は会話を続ける。
ちなみに、わざわざ口頭で情報交換している理由は、単なるレクリエーションだからだ。
業務であれば、この程度の会話はミリ秒で終了する。
「そうですね。浪漫もありますが、資源獲得という点で見ればそれなりに有用です。防御設備建造まで、陸上戦艦の防衛力と動力を供給できますので。その後、陸上戦艦は次のポイントへ移動。母艦としての機能も持たせることができますので、小型機械類の大量運用よりも行動範囲は格段広がります」
「問題は、移動速度。ギガンティア級に比べると、展開速度がネックになる」
「なるほど。とはいえ、逆に、ギガンティア級で制圧後に進出する戦力としては、非常に有用なのでしょうね。母艦として使用すれば、制空権の維持もできますし」
今の資源収支であれば、陸上戦艦の量産も可能である。
問題は、主戦場となるプラーヴァ神国への陸上戦艦の輸送だろうか。
<ザ・ツリー>の北大陸における根拠地は、今のところアフラーシア連合王国内にしか存在しない。
そのため、陸上経由と考えると、間に何カ国かが存在するのだ。流石に、あまり交流のない国家の領土内を、陸上戦艦で通過する訳にはいかないだろう。
街道を通ることもできないため、普通に蹂躙である。
「海上輸送になるでしょう。航空輸送するには遠すぎますし、運搬量にも限界があります。現地で組み立てるのも難しいですので、大型の母艦で直接送り込むのが最も効率的です」
「一応、魔の森経由の進出は考えられる。アサヒは不確定要素が高いと警告していたけど」
「魔の森を通すと、未知の魔物を刺激する可能性がありますからね。そこを陸上戦艦のような巨大な移動機械を動かすと、確かに何が起こるか予想も付きませんね」
魔の森は、北大陸南部の国々の北側を塞ぐように、東西に伸びている。どの国も、魔の森の開拓には成功していない。よって、魔の森の中に道を切り拓いて通過しても、妨害される心配はない。
当然、どんな魔物が飛び出してくるか分かったものではないため、アサヒも含めて全員がそのルート開拓には反対している。
「有用な資源が眠っている可能性が高いため、いつかは挑戦する必要があるでしょう。ですが、今は準備が整っていません。無用なリスクは避けるべきですね」
3人は会話で遊びつつ、他の姉妹たちを見守っていた。
彼女らの視線の先には、オリーブを肩車、ウツギとエリカをそれぞれ片腕で抱えたイブがよたよたと歩いている。獣人の特性故か、彼女らは見た目より遥かに力強いのだ。




