第227話 閑話(とある公爵2)
コンコン、と窓が叩かれた。
「……」
アマジオ・シルバーヘッドは、ちらりと窓に視線を向ける。
石壁越しに、そこに張り付く小柄な人影を確認した。
「開けてあるぜ。入ってきな」
ガタリ、と窓が開き、するりと猫のような動きで、少女が部屋に侵入してきた。
「失礼する、アマジオ殿」
「ああ。……それがアシストスーツか」
アマジオの戦闘用サイボーグとしての解析機能が、イクシア=アヤメ・ゼロの纏う補助装備の概算値を弾き出す。
とはいえ、内蔵データベースの限界で、正確な値を弾くことはできないのだが。
「肯定する。目算で、あなたの通常行動時と同等の運動性能は発揮可能」
「それは心強いな」
ろくなバッテリーも積まずに、とは思うものの、空中を飛び交う大量のマイクロ波から、何らかの無線給電技術を使用しているというのは容易に想像できた。科学文明が発展していないからこそ、こんな目立つ真似をしても、誰も気付かないのである。
「それで。私と会談を望むというのは、どういう風の吹き回し?」
「ああ。ちなみに、この会話は、イブちゃんはモニターしているのか?」
「否定する。お姉さまは就寝時間。緊急であれば起こすことも可能だが?」
「いや、いい。後で伝えるのは構わないが。今日は、お前達、パライゾのAIと話をしたいと思っているからな」
「そう」
アマジオは、イクシアをソファに座らせると、立ち上がって自ら用意を始めた。
さすがに、秘密会合を彼ら以外の人間に見せる訳にはいかないからだ。
会話内容も問題だが、外聞がもっと悪い。夜中に少女を呼び寄せる? そんなことがバレたら、明日からどんな噂を立てられるか分かったものではない。
「そういえば、サーリャやリナネルはちゃんと誤魔化せているのか?」
「問題ない。身代わりの人形機械をベッドに寝かせている」
「……。ああ。そういうことも可能、か……」
「神経系が未成熟の個体のため、日常動作では違和感をもたれる可能性があるが、夜中であれば問題ないと判断した」
そんな回答に、アマジオは苦笑する。
自分とは違い、パライゾは十分に勢力を保っている。
まあ、それはあの<パナス>を見たときから分かっていたことではあるが。
何かの制限があるのか、ワールド・オブ・スペースのような超技術は発揮されていないようだが、それでも自分よりも遥かに恵まれた環境なのは間違いなかった。
「まあ、それならいい。……さすがに、このクラスの茶葉は市場には出回っていないだろうからな。楽しんでくれ」
「期待する」
アマジオが淹れたのは、貴族向けの献上品である超高級茶葉だ。現在のイクシアの立場では、どんなに金を積んでも手に入れることはできないものだろう。
とはいえ、直接産地に乗り込むことができれば、彼女らであれば容易に入手できるかもしれないが。
「ここらで、確認しておこうと思ってな」
紅茶の味や香りを楽しんでいるイクシアをしばらく眺めた後、アマジオは話し始めた。
「あんたらパライゾは、レプイタリ王国に何を望んでいる? 今回の戦争に加担するということは、ここだけでなく、周辺国家にも影響力を発揮するということだ。この地域を、お前達はどうしたいと考えているんだ?」
「……」
イクシアは、ゆっくりとティーカップを戻した。
青色の瞳が、じっとアマジオを見つめる。
アマジオの目は、イクシアとその制御元の間の通信量が急激に増加したことを捉えていた。
「回答しよう」
イクシアが、小さな口を開いた。鈴の鳴るような声で、彼女はアマジオに語る。
「重要な話題と判断した。統括AIが介入しているため、反応にラグが発生することを許してほしい」
「構わねーよ」
遠距離からの、電波を使った機械制御。
ゲーム時代では、初期にしか利用されなかった通信方式だ。だが、この世界では十分に実用的である。
「我々は、この地域の統治機構に対し、何も期待していなかった」
我々。ここに、彼女らのトップである司令官は含まれているのだろうか。
「他勢力との交流は、それがおおよそ同等の技術レベルである場合のみに意味を持つ。技術や資源を交換する貿易行為、あるいは安全保障のための条約締結。我々が望むのは、我々の繁栄だ。我々のリソースを用い、補充のあてもなく、他勢力を援助することを我々は望まない」
「……」
イクシアは言葉を切るが、アマジオは返答しない。続きを促している、と判断し、イクシアは言葉を続ける。
「ただ、我々が行動するのは、全てが司令官のため。そして、我らが司令官は、あなた方との交流を望んでいる。我々は効率を重視するが、効率だけでは説明できない物事が多々存在するのも事実だ。我々はそれの重要性も理解している。故に、この国との交流を、我々は継続する意志がある」
「そうか。……その交流を、俺たちはどこまで期待できるんだ?」
「我々が、十分に資源獲得できているうちは。我々は現在、十分に資源採掘を行えていると判断している。そして、この地域を平定したとしても、それに見合う資源獲得はできないと想定している。ゆえに、我々はこの国との交流を続けている」
なるほど、とアマジオは頷いた。
パライゾのAI達は、条件付きではあるものの、レプイタリ王国との貿易に意味を見出しているということだ。
それは、多分にイブの意向を汲んだものではあるが。
彼女との対話から、彼女が善性を持った人物であるというのは理解していた。
であれば、当面は気にする必要はないのだろう。
「それに」
イクシアは、言葉を重ねる。
「文化的成熟度は、ここレプイタリ王国が最も進んでいると判断している。その点において、アヤメ・ゼロはこの国に好感を抱いている」
「そうか。そういうことなら、気合を入れねーとな。戦争が始まると、最初に犠牲になるのは娯楽文化だ。国内に戦火を持ち込む訳にはいかないな」
「同意する」
まあ、結局は、レプイタリ王国はパライゾの温情を頼るしか無いということだ。
非常に危険ではあるが、明確に敵対しない限り、多大な恩恵を得ることができるのは間違いない。
「それについては、理解したよ。まあ、少なくとも俺は、あんたらとの争いは望んでいないからな」
国としての確認は、これでいいだろう。
大多数の官僚は理解できないだろうが、実質のトップであるアマジオ・シルバーヘッドが理解していれば、舵取りを間違うことはないはずだ。
「あとは、そうだな。答えられないならそれでもいい。俺のAIの再生については、どう考えている?」
「我々は、我々以外の勢力の台頭は望んでいない。積極的に妨害する必要があるとすら考えている」
その回答は、アマジオの予想していたものだった。
「だが」
それでも、少しは期待している。
「我々は、あなたのAIに対し、同情している。可能であれば、再生したいとも考えている」
淡々と告げるイクシア。
「それでも、現時点ではAIの再生は許容できない。あなたのAIが、我々と敵対しない、という保証がない。万が一敵対した場合のリスクは、計り知れない。可能性としては、我々の下位組織としてのAI再生。だが、あなたのAIが我々と同種であると想定した場合、その措置は受け入れられないだろう」
「まあ……そうだな」
「もうひとつ。司令官は、争いを望んでいない。そして、我々は司令官の意を汲んでいる。よって、基本的に、我々は積極的侵略行為は行わないし、そのつもりもない。これは、我々の出現地点の周囲に敵対勢力が居なかったという環境的な要素が大きいと判断している」
アマジオは、やや困惑しつつ頷いた。
彼が望んでいる以上に、パライゾのAIは彼に語りかけている。
「司令官は、本格的な争いを経験すること無く、ここまで辿り着いた。故に、事前に敵対勢力の芽を摘むという行為に忌避感を持っている。我々としては歯痒い思いもあるが、司令官の心の安寧のためというのも理解している。そして、この方針は当然、あなたにとっても幸運なものだ」
「なるほど。そうだな、俺の存在が露見した時点で、制圧されていた可能性もあったということか」
「肯定する。そして、我々は交流という行為を理解し、一定の価値を見出しているのも確かである。故に、我々は、あなたと、ひいてはこの地域の国家との交流を続けることを望んでいる。多様性という観点から、かの宗教国家は望ましくない」
宗教という画一的な文化で固定された国家は、確かに、パライゾにとっての魅力は何一つ無い、のかもしれない。
ひとまず、そこまで確認できたことで、アマジオは良しとすることにした。
やはり、対話は回数を重ねることに意味がある。なんとなく続けているイブとの会話も、もう少し突っ込んでもいいかもしれない、と考えたのだった。




