第226話 個性を大事に
「うちのイクシアは最近どうかしら。顔合わせも済ませたんだっけ?」
『ああ。まあ、うまくやってると思うぜ。サーリャ、リナネルとも仲良く出来てるみたいだしな。常識がなさすぎて、時たま暴走してるみたいだがよ』
「ああ、そう……。それは申し訳ないわね。まあ、それを学ばせたいっていうのが一番大きいんだけど」
『ああ、そりゃ分かってるさ。うちの者にもよく言い聞かせてるから大丈夫だ。ただ、一応俺も公爵っていう立場だからな。実情はどうでもいいが、対外的には態度をどうにかせんと、人前には出せねえなぁ』
「う、うーん。言って聞くかしら……。見た目だけ取り繕うのって、AIが一番得意なはずなんだけど……?」
アマジオ・シルバーヘッドと、イブ・ザ・ツリーが情報交換という名の世間話を行っていた。
通話は、特に理由がなければ1週間に1度は行うようにしている。没交渉ではもったいないが、頻繁に連絡する必要があるほどの関係ではない、それがこれまでの2人だった。
ただ、今は、<ザ・ツリー> 側からイクシア=アヤメ・ゼロという人形機械を派遣している。
そのため、彼女がどういった様子か、というのを、記録ではなく当事者からの感想と言う形で確認する場となっていた。
「はい、司令。勢力外の構成員に対し、必要以上に取り繕う必要性を感じていないのでしょう。<アヤメ・ゼロ>は、まだ情緒的には未成熟です。感情を優先する頻度が多いようですので、少し介入したほうがよいかもしれませんね」
「あー、んー、まあねえ。学習内容に変な癖が出ないなら、介入してもいいんだけど」
『まあ、ぼちぼちやってもらえばいいけどな。最悪、表に出さない、アンタッチャブルなポジションに持っていってもいいんだが』
悩むイブに、助言する<リンゴ>。そして、そんなやり取りを見て苦笑するアマジオ。
「できれば、普通の人間に紛れ込ませて誤魔化せる程度には、常識的振る舞いってのを実践してほしいんだけどねぇ。自力で学習してもらえるのが最善なんだけど」
「時間を掛ければ可能でしょう。ただ、今はあまり時間がありません。多少思考に癖がついても、今後の学習で矯正は可能です」
<リンゴ>は、<アヤメ・ゼロ>に対する部分介入を提案する。確かに、<アヤメ>シリーズの頭脳装置は、ロールアウトしてから1年も経っていない新参だ。
頭脳装置を使用して行動制御を行っている以上、一定以上の学習を完了させなければ、望む結果は得られない。
親株が経験豊富なAIであれば、ある程度は緩和されるのだが。
「行動を強制するような命令は行いません。まずは軽めの指導から。改善が見られないようであれば徐々に強制力を持たせますが、恐らく大丈夫でしょう」
「オーケー。そういうわけだから、人前での言動は多少マシになると思うわ」
『分かった。少し様子を見て、問題ないようなら連れて歩こう。まあ、あと問題は、俺が少女趣味だと誤解されかねないことだが……』
「あら。興味があるのかしら?」
『ねーよ。勘弁してくれ。こちとら純戦闘サイボーグだぞ。そんな機能もないし、性欲なんぞ欠片も残ってねー』
イブのからかいにげっそりした顔をするアマジオ。
戦闘用の躯体に生殖器が付いていない、というのは確かにその通りだ。機能を維持するためにもリソースが必要になるし、単純に弱点にもなる。
そもそも、ワールド・オブ・スペースはそういう行為が禁止されているゲームだったため、生殖機能が無いのは当然だった。
「ふーん。まあ、うちの人形機械にもそんな機能は無いしねぇ。外見だけは整えてあるけどね」
『そーかい。まあ、俺が連れ回すとそういう目で見られる可能性はある。悪意はなくとも話題を振られることもあるから、気を付けてくれよ。一応、まだ役職も地位も何もない平民扱いだ。下手な反応をして無礼討ちなんざされたら面白くないだろう?』
「分かりました。そういったことがないよう、そこは禁止行動として明示しておきましょう」
アマジオの忠告に、<リンゴ>は頷いた。
「それにしても、よくあんな可愛い女の子を2人も出してきたわねぇ」
『ああ……。サーリャは俺の領地の次期村長で、勉強のためにな。リナネルは成績優秀者から引き抜いてきた。幹部候補さ。まあ、どっちもいい経験になると思ったからな』
アマジオは、リナネルだけだと誤魔化しにくかったからサーリャも付けた、と補足する。
『サーリャは生まれた時から面倒を見ててな。娘みたいなもんだ。しばらく中央から離れてたから、なかなかこういう機会も無かったんだが。経験を積ませるにはいい環境だと思ってよ』
「ふーん……そっか、しばらく引きこもってたんだっけ」
『人聞きの悪い事を言うな。俺が出張ったままだと周りに悪影響があったから、わざわざ辺境に引っ越したんだよ。……あとは、リナネルだな。幹部候補用の訓練校を作ったんだが、あいつはそこの首席でな。卒業後は暫定で官僚補佐に回してたのを引っ張ってきたんだ。まあ、最終的には俺の家臣団に入ることになる』
「ちゃんと人材育成してるのね。そういう意味だと、うちは気楽なものねぇ」
『かー、羨ましいぜ。俺も拠点さえ生きてりゃ、優秀な部下を量産できたっていうのになぁ』
育成ってのはマジでキツいぜ、というアマジオの言葉に、イブも頷いた。
「人間と比べたらいけないんでしょうけど、AIも難しいわね。枷を付けても付けなくても、どちらも悪影響があるみたいだし、元の世界のAI規範がいかに優れていたか、実感しているわ」
『AI規範か。俺は詳しくないが、こっちで運用できるのか?」
「いいえ。そのまま適用すると、いろいろ不具合が出るみたいでね。やるなら作り直しよ。しかも、たぶん各勢力に合わせて微調整が必要ね。例えば、うちの規範をあなたのAIに当て嵌めるのも無理だわ」
『ふーん……。そうなのか。そりゃ、難儀しそうな話だぜ』
AI規範といえば、とアマジオは続ける。
『イクシアちゃんは、俺が辺境から拾ってきた才女、てな触れ込みで引き入れてるが、最近は事あるごとにウチの厨房に入り浸ってるんだが。AIなのに食いしん坊ってなどういうこった?』
「……。食べることが好きなのよ」
『あー……そうか。うん、AIを育てるのも難しいってのはよく分かったぜ』
ちなみに。
レプイタリ王国関連を取りまとめている戦略AI<アヤメ・ゼロ>だが、彼女のフロントにあたる人形機械<アシダンセラ>は、最近は国立図書館に入り浸っているようだった。
食関連の欲求をイクシアで満たせるようになったため、アシダンセラは読書欲求を追い求めることにしたらしい。
「いや、あれでもやることはちゃんとやってるのよ。自由時間を与えているだけで」
『イブちゃんもなかなかの甘やかし屋だな。いや、人間と違って限界は無いに等しいから、好きにやらせるってのは分からんでもないか……』
人形機械の手を使ってページをめくり、視覚センサーで文字を読み込むという、機械としては非効率な方法を好んでいるというのは、単に知識を求めているだけではないことがわかる。読書という体験そのものを好んでいるのが<アヤメ・ゼロ>だ。
ちなみに、親株に当たるアカネはどちらかというと知識欲の方が勝っており、これも環境による成長方向性の違いだろう。
「個性がある方が、多様な選択肢を検討できるからね。たぶんだけど」
『まあ、それは分かるが。孤児院も訓練校も、個性を育てるっていうところは重視させてるからな。ただ、俺は個性っていうのは生まれつきの性能差が大きいと思ってたんだが、イブちゃんのところのAIを見る限りだと、そうでもないのか……? 頭脳は同じだろう……?』
「そうねぇ。分子レベルでは当然差異はあると思うけど、ソフトウェアレベルで見ると同一のはずよ。環境ってとっても大事よねぇ」
北大陸に浸透しつつある<ザ・ツリー>の独立AI達は、順調に、そして好き勝手に個性を伸ばし始めていた。
それが将来、何をもたらすのかは――当然、司令官は考えてもいなかった。




