第225話 差し入れ
偵察ボットから送られてくる映像には、長閑な村が映っていた。
「これといって特に何もない、のかしら?」
「はい、司令。ここでは麦を生産しているようですが、その他特筆すべき特徴は何もありません。労力は村人と、飼育されている牛によります。その他、休耕地で羊や山羊、豚などの家畜が放牧されているようですね」
偵察の結果、プラーヴァ神国では史実のノーフォーク農法のような四圃輪栽式農法が採用されているようだった。農業技術は、比較的進んでいると見てよいだろう。
「偵察できる範囲で確認しましたが、農地はほぼここと同様。農民達も真面目に農作業に勤しんでいますね」
「うーん……。本国の食料生産は順調。やっぱり、国力が高いわね」
更に、農村の広がる土地にも、必ず教会を中心としたネットワークが存在している。
「立派な教会と、それを中心とする街。その周辺に農地が広がっている、という構造の都市群が多いですね。見たところ、娯楽産業はあまり発展していないようです。宗教による統制でしょう」
「宗教でうまくまとまってるのかぁ」
教会では、週に1度、大規模な集会を行っていた。周辺の農民たちは、その日は休日らしく、朝から教会のある街へ移動し、説法を聞き、教会の準備する食事を摂り、夕方まで歓談を楽しみ家に帰る。食事では、アルコール類も提供されているようだった。
「時折揉め事も発生するようですが、聖職者によって迅速に制圧されていますね」
聖職者は、何かしらの魔法を使用しているようだった。暴れる成人男性を軽々と取り押さえているのだから、間違いないだろう。身体能力が強化されていると思われる。
「教会は、病院の機能もあるようです。そして何より、教育機関としての役割が大きいですね。村落にも派出所のようなものがあり、小さな子供たちをまとめて預かっています。その後は、5歳か6歳位で、教会のある街で預かるようです」
親たちを農作業に専念させるためか、乳離れした幼児達は村の中心でまとめて面倒を見ているらしい。そして、ある程度の年齢で、教会の寄宿舎に預けられる。
親との面会は、週に1度の休日に行っているようだ。
どの家庭も、親子関係は悪くないようにみえる。
「教育が良いのでしょう。大人は農業に専念させ、食料生産の安定化を図る。子供たちは画一化した教育を施し、宗教概念を説教し、親の愛情も同時に教え込む。ある種の管理社会ではありますが、肉体的にも精神的にも健全に過ごせる仕組みができているようです」
「うーん……。まあ、その辺はどうでもいいけど、うまくやっているってことよね」
「はい、司令。革命の兆しもありません」
病院の機能、というのも重要だ。
どこを見ても、怪我人や病人が少ないのである。
「恐らく、魔法を使った何らかの治療行為が行われているのでしょう。確かにサナトリウムのような終末期の患者を収容している場所もありますが、人口に比べて患者が少ないように思われます。運び込まれた怪我人が、数日で退院するという事象も確認できました」
聖職者は、何らかの魔法を使って農民を治療している。
それも、おそらく無償での施しだ。
当然、運営自体はお布施という名の税金により賄われているのだが、それでも農民たちにとっては無償奉仕と同義である。教会が信頼を得ているのも、納得できる。
「魔法のせいで、いろいろと予想が難しいってのはよく分かったわ」
「街には偵察ボット群を侵入させています。もう少し時間を掛ければ、より詳細な情報を手に入れることができるでしょう」
「オーケー。んじゃ、次は戦場ね。そっちもボットの投入ができたんでしょう?」
「はい、司令」
プラーヴァ神国内は、浸透拠点を中心に偵察を進めている。別の拠点候補も選定中で、そのうち国内事情は筒抜けにすることができるだろう。
問題は、戦場の情報収集である。
「戦場の前線は常に変動していますので、迅速な展開と撤収が重要です。今のところは、海岸に近い場所を主に偵察しています。海中からボットを進出させることができますので」
「陸上だと、母機の隠蔽が難しくなるものねぇ……」
いよいよとなれば、夜間に航空機を飛ばすことになるのだろうが。
今のところは、海からボット群を放出・回収するという方法を取っている。
「現地に生息する海鳥を模倣した鳥型ボットを使用しました」
カモメによく似た海鳥が多数生息しているため、それらに似せたボットを戦場に放っているということだ。
「解析しているのは、プラーヴァ神国側の戦士たちのスペックです。個人個人による違いはありますが、平均すると、走る速さは時速40~60km。瞬間最高速度は、80kmを超える個人も観測されました」
「二足歩行で? ウチでいま運用してる奴より高性能じゃん……」
「はい、司令。また、戦闘中は身体構造が強化されているようです。矢玉が直撃しても傷を負わず、素手で石壁を破壊することも可能です」
戦場に作られた馬防柵などは、そのまま正面からぶち破る。
石壁に守られた街であっても、体当たりで破壊する。勢い余って生き埋めになり、仲間が掘り起こして引っ張り出すシーンもあった。
それでも、目立った傷を負っているようには見えない。
「投石、投槍などによる遠距離攻撃も可能のようです。探知能力も優れており、物陰に隠れた相手の兵士を、ある程度の距離から投槍で障害物ごと串刺しに、という状況も何度か確認されました」
「マジで単騎で戦車みたいな奴らね……」
神国兵は、身体構造強化、探知能力強化、膂力強化、このあたりは全員が発揮できるようだ。更に、個人個人で何らかの魔法現象を操ることができる。
「最も多いのは、火球を放ち爆発炎上させることができるというものです。その他、水を生み出す者や、風を操る者。電圧差を操る者も確認できました」
「電圧?」
「はい、司令。1例だけですが、電磁パルスが確認されたため、瞬間的に高電圧を発生させていると考えられます」
「びっくり人間じゃない」
そして、最も厄介と思われるのが、何らかの治癒を行う者達だ。
「目に見えて傷が塞がる、骨折が治るなど、魔法現象によって外傷を治癒することが可能な力があるようです。神国兵は戦闘状態ではほぼ無敵なようですが、移動中など、不意を突かれた際に負傷することが確認できました。戦場で矢を弾いた人間が、不意打ちで矢に貫かれるという事象が記録されています」
「ふーん。じゃあ、この身体構造強化とかは意識しないと使えないってことかな」
「はい、司令。それと、持続時間に制限がある可能性もあります。無制限に使用できるなら、常に使用すれば良いだけですので」
「意識しないと発動が切れる……とすると、戦場でももっと負傷者が増えるか。ってことは、制限時間っていうのが有力かしらね」
「はい、司令」
とはいえ、不意を打って怪我をさせたとしても。
魔法による治癒が可能なのであれば、迅速に戦力の復旧が可能ということである。
「神国兵を無力化するには、全員の気を失わせるか、分断して孤立させるか、あるいは不意を打って即死させるか。あとは、処理能力を超えた飽和攻撃を行うか。そのあたりしか対応方法がないということになります」
「厄介ね。そりゃ、そのへんの小国じゃ太刀打ちできないわ」
少人数を多人数で囲って攻撃し続ければ倒せるかもしれないが、それまでに膨大な死傷者が発生する。その状況で、兵士たちが逃げ出さずに最後まで攻撃を仕掛けることができるか、ということだ。
訓練された職業軍人であれば、あるいは。だが、相手国の殆どが徴兵された一般人である。
「ゲリラ戦を仕掛けるしかありません。それであれば、最小の犠牲で済むでしょう。ただ、ゲリラ戦ですと神国兵への嫌がらせ以上にはなりません。侵攻を遅滞させることはできますが」
そもそも、神国兵が少人数複数グループでの侵攻を行っており、むしろそちらこそがゲリラ戦の様相を呈している。
「ゲリラ戦で主要都市が落とされるとか、意味分かんないことになってるみたいだけどねぇ……」
これを押し返さなければならない各国首脳陣の心労は如何許りか。
「アマジオさんに差し入れしておかないと」




