第223話 最新型の寝台列車
生まれて初めて鉄道という乗り物を見て、そしてそれに乗り。
サーリャはこれまでの人生で最もはしゃいでいた。
「おおっ! すごい、すごいな! 動いたぞ!」
「動いた」
警笛とともにゆっくりと動き出した機関車に、駅の見送り台に詰めかけた民衆が一斉に手を振る。サーリャも、窓から身を乗り出し、一生懸命手を振った。
「屋根に登ったら目立つかな!?」
「ダメ。何を言っている」
本当に窓から身体を出そうとするサーリャを、イクシア=アヤメ・ゼロは必死に止めた。人形機械は人間をベースに製造されたロボットであるがゆえ、その膂力は見た目相応だ。
本気でふりほどこうとする自分より体格の勝る相手を押さえ込むのは、どれだけの演算リソースを持っていようと困難極まる。
「……ごめんなさい」
「あなたがその身体能力に自信を持っているのはよく分かったけどそれを発揮するのは時と場合を選ぶこと。乗客が許可された場所以外で客車の外に出ることは禁止されている。軽率な行動は控えるように。そもそも既に走り始めた列車の外に出るなど言語道断。もし手を滑らせでもしたらあなたは時速20tfで地面に叩きつけられることになる。全力で走る馬車の屋根から落ちたらどうなるかくらい想像はつくはず。そもそも落ちなくても電信柱など障害物がたくさんある。まかり間違ってそれらに接触でもしたら取り返しの付かないことになる。分かってる?」
「……もうしません」
まさか、初手でお説教をしなければならない事態になるとは。
イクシアはため息を吐き、項垂れるサーリャの頭を撫でた。
「次から気を付けて。反省したなら、繰り返さなければいい」
しばらく撫で続けると、やがてサーリャはぷるぷる震えだし、そしてイクシアにがばりと抱きついた。
イクシアは、特に動じることもなく、そのままごく自然に抱き返し、背中撫でを開始する。
「い、いい子だなイクシアちゃん! ほんとにいい子だな! もう離さない!」
「離す。身動きできない」
……というようなやり取りがあり、サーリャはすっかりイクシアに懐いていた。
大丈夫か。チョロすぎないかサーリャ。
「食事は、食堂車で提供される。時間は11時から13時の間で、後で乗務員が時間を確認しに来る。それ以外の時間は、食堂車はカフェテリアになる。ここのカフェメニューは専属の料理人が創作した新作がほとんど。とても興味深い」
「イクシアちゃんは食べるのが好きなのか?」
早口で説明するイクシアと手を繋いだまま歩きつつ、サーリャが尋ねた。
「……。そう。好きと言って間違いない。美味しい食事は心を豊かにする」
「まあ、私も好きだが。でも、昨日の夕食は驚いた。あんなたくさん種類が出るんだな」
サーリャとイクシアは、食堂車を目指して廊下を歩いている。
食堂車は、客車先頭と後ろから2両目が割り当てられている。そのうち、先頭のものはVIP専用。今、目指しているのはその車両だ。
「王都の方で今流行している、フルコースというスタイル。料理を一品ずつ供していくもの。時間は掛かるが、常に出来たてを食べることができるという利点がある。料理そのものをじっくりと味わうこともできるから、レストランでは好まれている」
「そうなのか。首都はやっぱり進んでいるな……」
イクシアは小柄だが、足腰はかなり強い。それは、彼女よりも頭一つ大きいはずのサーリャが取り押さえられたという事実からも間違いない。
すたすたと食堂車を目指して歩く速度は、サーリャの通常の歩く速さとそう変わらない。つまり、かなりの早歩きだった。
完全に、カフェテリアに意識が行っている。
「いらっしゃいませ。カフェテリアをご利用でしょうか?」
食堂車の入り口には、警備も兼ねて乗務員が詰めている。
「そう。2-12のイクシアとサーリャ。入ってもいい?」
「はい、どうぞ。お席も確保しております。ごゆっくりお寛ぎください」
部屋番号と名前での本人確認か。乗車前に席を予約していたため、すんなりと通される。
サーリャは恐縮しつつ、先を行くイクシアに引っ張られて食堂車に足を踏み入れた。
「わぁ……」
サーリャ達の部屋がある客車も含め、車内はよく整備されている。落ち着いた色彩の絨毯が敷き詰められ、壁の装飾もひとつひとつが調和するよう整えられていた。サーリャも権力者の一員であるため、実家もそれなりの金の掛け方がされているのだが、さすがにこれほど凝ってはいない。
だが、食堂車は、さらに力が入っているようだった。
客車は落ち着いた雰囲気で、色もどちらかというと濃い、シックなイメージ。
食堂車は明るい色で纏められており、窓から差し込む陽の光で輝いて見えた。
「イクシア様、サーリャ様。お待ちしておりました。お席へご案内いたします。ご注文はカウンターでもお請けできます」
「カウンターへ行く」
「かしこまりました」
今の流行りは、カフェテリア形式の注文だ。カウンターで何かを頼む、という行為そのものが人気になっている。当然、そういった流行に疎い客も居るため、従来どおり席での注文も可能だが。
「こんにちは、素敵なお嬢さん達。良い時間を」
「こんにちは。あなたも、良い時間を」
「こ、こんにちは」
先に入っていた別の客に挨拶され、イクシアは平然と、サーリャは目を丸くしつつ返答する。
通常、レストランなどで別の客に挨拶されるようなことはない。特に、男性から女性へ声を掛けるなど、マナーの問題で言語道断だ。
だが、この食堂車は別世界。
時代の最先端の列車という新たな世界に、乗客は皆浮かれている。それに、ここは1号食堂。利用者は全て、身分のはっきりとした上客たちだ。
暗黙の了解で、この楽しい列車の旅を気持ちよく過ごすため、その気持を共有するため、こうやって声を掛けるのだ。
「す、すごいな……なんだか、別の国に来たみたいだ」
「楽しむといい」
サーリャにとって、夢のような時間が過ぎていく。
列車に揺られながら食事を摂るという体験も、普段はできないものだ。列車の振動で皿が跳ね、狙いが外れたフォークが音を立てる。食事時間は速度を落としているらしいが、それでも揺れる車内での食事は難易度が高い。
だが、そんな環境も旅の醍醐味だった。食堂車の乗客たちは、そんなアクシデントも楽しんでいた。もちろん、サーリャも楽しんだ。テーブルマナーを失敗して楽しめるとは、なんと優しい世界なのか。
そうして、列車の中で2泊を過ごし、3日目の昼、寝台列車は首都モーアに到着した。
「おおー、揺れないな……。何か変な感じがする……」
「体が慣れるまで時間がかかる。走ったらつまずくかもしれないから、気を付ける」
完全に保護者と化したイクシアにガッチリと手を握られ、サーリャはプラットフォームに降り立った。これから自分の荷物を受け取り、既に到着しているはずのリナネルと合流しなければならない。
「荷物はあっち。サーリャ。サーリャ」
「イクシアちゃん、すごいな、すごいな! 人がいっぱいだ! こんな高い天井、初めて見たぞ!」
「分かったから行く。また後で見ていいから」
いちいち足を止めるサーリャを引っ張り、イクシアはずんずんと進んでいく。人の群がる荷物貨車を後目に、VIP用の受付を通り、自分達用にまとめられた荷物を確認。問題ないことを確認し、今度は送迎スペースに案内される。
少女2人だけで移動するのは目立つが、常に駅員が付いているため、特に問題はなかった。少しだけ、上流階級の間で話題になる程度だろう。
そして、真新しい駅舎の通路を進み、その先。専用の送迎スペースに、リナネルが待機していた。
「お疲れ様、サーリャ。その様子だと、楽しめたようね。それから、あなたが……」
「リナネル。お初にお目にかかる、私がイクシア」
「……ええ、あなたのことも、アマジオ様からお聞きしているけど……。サーリャ、ずいぶん仲良くなったのね」
「あ、あー……」
サーリャとイクシアは、いまだにがっちりと手を繋いでいた。サーリャがちらと視線を向けるが、イクシアは手を離すつもりは無いようだった。
全く信用されていない。
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします
てんてんこ
本年も、「腹ペコ要塞は異世界で大戦艦を作りたい」をよろしくお願いいたします!!
きっと、今年は激動の1年になりますね!!




