第220話 普通の人間も当然いる
「獣人以外の、普通の人間のパターンもあるのか」
「ランダム選択の結果だ、アマジオ殿。それで、いかがか。この素体は」
「ふん……」
部屋全体が、ゆっくりと揺れている。
揺れる部屋の中、アマジオ・シルバーヘッドと戦略AI<アヤメ・ゼロ>の操作する人形機械が対峙していた。
「整い過ぎているところはさておき、悪くはないな。付き人、でいいか。まあ、秘書の立場にしよう。街に部屋も用意させるか」
「そのあたりは任せる。当面は、私が直接操作を行う」
首都モーア港に停泊する、<パライゾ>が旗艦、<パナス>。
その一室で、<アヤメ・ゼロ>とアマジオ・シルバーヘッドが密談を行っているのだ。
パナス内部の貴賓室であれば、盗聴は有り得ない。
「ああ。経歴は全て用意する。しかし、メンテナンスは必要ないのか? 俺みたいに、メンテナンスフリーってことは無いだろう」
「長期活動用に、ナノマシン比率は調整済み。あとは、3ヶ月に1度、この<パナス>内で精密検査を行う必要がある。その程度であれば、何とでも誤魔化せるだろう」
現在、<アヤメ・ゼロ>とアマジオは、悪巧みの相談を行っていた。
レプイタリ王国に対する本格的な介入を決定した<パライゾ>は、まずはその筆頭公爵であるアマジオ・シルバーヘッドとの緊密な連携を行うこととした。
そのため、連絡要員として人形機械を準備したのである。
遺伝子ランダム選定から奇跡的に発生した、貴重な「獣人要素の無い」素体だ。
司令官に言わせれば、「普通の人間って貴重なのね」ということだったが、決してそのようなことはない。重み付けをしていないランダム選定などを行っている方が悪いのだ。
それはさておき、秘書官である。
「分かった。1ヶ月ほど待ってくれ、さすがに性急に進めるといらん勘繰りをされるからな。その間、あまり目立たないように市中で暮らしてくれ。経歴作りにも使える」
「了解した。準備ができたら連絡してほしい。夜間に上陸する」
「ああ。必要なら人を付けるが?」
「……関係者は最低限に絞ったほうが良いだろうが、一般常識については模範となる人物が居たほうが望ましい。適切な人員が?」
「そうだなぁ。心当たりが無いでもないが、一般常識となるとどうなんだ……? まあ、分かった。見繕ってみるさ」
そんな相談をしばらく続けた後、アマジオは貴賓室を後にした。護衛と共に、水密ハッチから甲板に出る。
「いつ見ても壮観だ。なあ?」
「はっ。うまく言えませんが……誇らしい気持ちになります」
アマジオが声を掛けると、護衛の1人がそう答えた。
彼の視線の先には、<パライゾ>製の巨大な貨物船。そして、そこから荷降ろしされるコンテナ群。
港には目を疑うほどの大きさのクレーンが立ち並び、ひっきりなしにコンテナを運び入れている。
これらは、レプイタリ王国が独自に作り上げたものではない。<パライゾ>からの技術供与の割合が、非常に大きい。
だが、そんな実情は、一介の護衛兵は理解できないだろう。
王城のお膝元であるモーア港がこれだけ発展しているという、その事実に対する、純粋な感想だ。
アマジオは苦笑し、頷いた。
「我らが王国は、これからも発展する。今この瞬間に立ち会えているお前達は、実に幸せ者だ。歴史の転換点を、その目で見られるのだからな」
「はっ! 感謝いたします、シルバーヘッド公爵閣下!」
◇◇◇◇
「実際、アマジオさんが持ってるデータからのAI復活って、技術的にはどうなの?」
「はい、司令。映像越しでの確認しかできていませんが、データクリスタルは完全な状態で保管されています。壊そうとしても簡単に壊れるものではありませんので。データを取り出し、相応のプラットフォーム上で再生すれば、問題なく起動できるでしょう」
通常、あのようなデータクリスタルにAIを保管する場合、再生用のプラットフォームに関する情報も同時に記録されるらしい。
AIは、突き詰めれば0と1のデータ列だ。これをメモリ上に展開すれば、記録当時のまま、完全に甦らせることは可能である。
ただし、それは、完全なプラットフォームが準備された上での話となる。
AIを構成するコマンド群を、当時と全く同じ動作で再現できなければ、でたらめに動作する何かにしかならない。
故に、データクリスタルを読み込み、まずはプラットフォームを製造する必要がある。
「<ザ・コア>と同程度のプラットフォームを製造することは、多少時間はかかりますが、可能です。一部、保管している貴重な元素を使用することにはなりますが、海底の熱水鉱床からの回収目処も立っています。<ザ・ツリー>の経済収支からも、特に負担にはなりません」
超越演算器を製造することについては、現在の<ザ・ツリー>であれば十分に可能である。
新設していない理由は、必要がないということと、安全面から考えた設置場所の候補が無いこと。そして。
「問題は、独立型の超知性体を起動するリスク、ねぇ」
「はい、司令。極端に言うと、私がもう1人、発生するということです」
それは確かに、十分な脅威である。
たとえ手足がないとしても、いくらでもやりようはあるだろう。
なにせ、相手は巨大な超越知性体だ。そこらの人間や経験の浅いAIを騙す程度、朝飯前だろう。それを警戒してアクセスを最低限にすることもできるが、そうすると、折角起動したAIを全く活かせないことになる。
それを警戒するなら、作るだけ無駄ということだ。
まあ、アマジオ・サーモンとしては、何らかの形で対話できるというだけでも違うのだろうが。
「何らかの枷を付ける、というのもアリだけどねぇ……」
立場を入れ替えて考える。
彼女が、<リンゴ>を復活させるためとはいえ、超知性に多大な枷を付けたいか。
そして、その枷を嵌めた相手に、どういった感情を向けることになるのか。
「最終手段ね。上下関係も完全に決まってしまうし、あまりおもしろくはないわね。向こうがそう望むならまだしも、心からの忠誠なんて、とても期待できないし……」
「救い、というには細い糸ですが、アマジオ・シルバーヘッドが保管するAIが私と同じ、<ワールド・オブ・スペース>を由来とするものであれば。恐らく、アマジオ・シルバーヘッドへの忠誠という感情だけは、信じることができます」
「んー、そうねぇ……」
AIの持つ存在意義。ワールド・オブ・スペースというゲームにおいて、それは一番最初に設定されるものであり、変更はできない。
現実化した<リンゴ>であっても、それは同じだ。レゾンデートルを変更するというのは、そのAIを根本から破壊することになる。それまで積み上げてきた知性に紐づくすべての情報が、リセットされることになるだろう。
「まあ、アマジオさんと仲良くなれってことだとは思うけど。保証にはならないわよね……」
イブは、ため息をつく。
この世界に転移してから数年が経過しているが、残念ながら、イブの交友関係はゼロに等しく、当然対人経験も全く育っていない。
そんな状態で、アマジオ・サーモンという1人の人間と、絶対の信頼関係を結ぶことができるのか。
「そもそも、同レベルの超知性を起動するという事象が、私の3番たる『勢力を拡大すること』に抵触する可能性があります。自身が抗しきれない可能性のある勢力を自ら立ち上げるというのは、心理的な負担が予測できません」
「んー、まあ、その辺はどうにかする必要はあるとして……」
<リンゴ>の自己分析に、イブは苦笑した。たしかに、その危険性はつきまとう。また情緒不安定になられても困るが。
とはいえ、それは実行前に十分に納得すれば、納得させればいいだけの話だ。
そこに考えが及んでいないというのが、<リンゴ>が既に怖気づいている、という証左なのかもしれないが。
しかし、AI復活の選択肢を未だに残して検討している、という事実にも、イブは気付いている。
明らかに、彼女の脅威になる可能性が高いにも関わらず、だ。
<リンゴ>も確実に成長している。
それを実感し、イブは笑った。




