第210話 戦後処理
空中護衛艦シリーズ4番艦、クレイオスの砲撃により、山脈猪は進路を反転し、森の奥地へ帰っていった。
元々、ワイバーンのブレスにびっくりして逃げ出しただけであり、我に返れば元の棲み家に戻ろうとするだろう。
散々砲弾を撃ち込んでも無傷で帰っていくだけ、というのは癪に障るが、ああいう魔物として諦めるしか無い。
例の通穿のような、魔法的攻撃であればあの防御を抜くことも可能なのかもしれないが。
単なる弓矢の攻撃で、レールガンを弾き返した伏蟷螂の魔法障壁を貫通したのだ。1人の力でそれが可能なのであれば、魔法という技術を<ザ・ツリー>勢力が習得した暁には、この世界で敵は無くなる、かもしれない。
今のところ、魔法技術を使用するには魔石と魔物の部位をセットで用意する必要があり、資源の絶対量に不安があるのだが。
「まあ、一段落ってところね」
ビッグ・モスの大繁殖から、ワイバーンによる怪獣大決戦、そして魔物たちによる死の行進。
スタンピードそのものは小規模に留まったため、森の国への影響は限定的だ。しばらく、魔の森の勢力分布がしっちゃかめっちゃかになる程度だろう。
「避難民達は、無事に後方の街へ辿り着きました。恐らく、戦える者で再編成し、村の奪還に移るものと想定されます」
「そりゃあ、そうねえ。手伝って上げなさいよ。格安でね」
「はい、司令。魔物の素材を求めます」
ビッグ・モスの死骸を買い取り、発生した費用を還流し、防衛費用に当てる。
これが、当面の間続行される傭兵契約だ。
とはいえ、さすがにこれだけの対価で全面協力というのも、森の国側の体面が悪い。
防衛が落ち着いた後、感謝の気持ちという体で何らかの報奨を出す、というのが、首都リンダの長老会の言葉だった。
その言葉を全面的に信じているわけではないのだが、まあ、感謝状程度で終わらせられれば、それはそれで色々な事の口実になる。
正当な対価を貰えれば、当然、言うことはない。
どちらに転んでも、<ザ・ツリー>にとっては当面の利益となるだろう。
その後、開拓村ラーランの村人達は、狩人と防衛担当官、そして<パライゾ>戦力による村の奪還作戦を行った。
多脚戦車の背中に彼らを載せて移動する、戦車跨乗だ。
多脚戦車の移動特性上、胴体部はほとんど上下しないため、乗り心地は悪くなかったはずである。
道中で出くわした大型の動物やはぐれの魔物を狩りつつ、彼らは無事にラーラン村へ戻ってきた。
村を空けたのは数日程度であり、結局、魔物に防壁を破られたということもないため、村の中はきれいなものである。
一部、動物などに荒らされているところもあったが、概ね無傷と評して問題ない。
あとは、周辺の山狩りを行い、安全を確認するだけだ。
多脚戦車が居座れば、ある程度の魔物も撃退可能だ。
周辺に強力な魔物が住み着いていなければ、すぐにでも村人達の帰還も叶うだろう。
◇◇◇◇
「さて、此度のスタンピードの結果は見えたか」
「恙なく、のう」
「嬢ちゃん達様々じゃな」
「厄介な急進派も抑え込めた。こちらが介入する前に自滅に追い込めたんじゃ、最上の結果と言ってよいのではないか?」
「他国の戦力に頼り切った形になったがの」
「ほっほっ。それは最初から覚悟しておったろうに」
「嬢ちゃんらがおらねば、此度の結果、どうなったと思う?」
「そうさのう……。領土は縮小。兵士の半分が戦死。急進派の発言力が増し、他国からは足元を見られ、経済もガタガタ。総動員を発令して、数十年は国力回復に努めねば、国としての体も危うくなったかもしれん」
「まあ、そんなものか。国内の大粛清も必要になったかもしれんな」
「嬢ちゃんらが敵対的じゃったら、そのあたりで軍事侵攻されて全土併合、もあったかもしれんなあ」
「それはそれで生きやすかったかもしれんぞ?」
「そもそも、現状でも嬢ちゃん達に軍事侵攻されて、抗しきれるかね?」
「無理じゃろうなあ」
「聞いたか、嬢ちゃんらは空の船まで持ち出したらしいが」
「噂としての。あの山脈猪を追い払ったとか言うておったが」
「アレが複数飛んでおるんだろう? 無理じゃ無理じゃ。ゲリラ戦で嫌がらせがせいぜいじゃろ。空から見れば街は丸見えじゃ。拠点をことごとく潰されれば、あとは集落で隠れながら生き残るしかないじゃろ」
「そもそもアレを撃ち落とせる気もせんしな。大きいものを飛ばせるなら、小さいものも相応にあるじゃろ。我らの飛行兵も、絶対数が足りんの」
「まあ、対抗方法は専門家に任せるとしてな。此度の報酬はどうする?」
「報酬か……。とても、国内の資金で賄えるものではなさそうじゃな」
「出せんことはないぞ? ただ、嬢ちゃんらからすると、使えぬ金というだけでの」
「額面だけ揃えてものぅ。むしろ、我らが嬢ちゃんらから買いたいくらいじゃからな」
「利子付きの債権も悪くはないが」
「権利関係でもよいかもしれんのう。関税の減額、魔道具の優先輸出権、国内通行権、あとは飛行権か」
「悪くないかもしれんな。更新制とすれば価値の制限も可能じゃ。それなら、報酬も過不足無く揃えることができるか」
「当面、あの開拓村の警護を依頼してもいいかもしれん」
「実質、地方領主みたいなものじゃな」
「もう、好きにさせてよかろ。そもそも、条約で縛るにも力が足りんわい」
「実質属国化もありと?」
「そうまでは言わんがね。あの娘っ子達は、我らに干渉してくると思うか?」
「そこまでは分からんよ。だが、我らを支配下に置こうとしているとしたら、あまりにも迂遠過ぎる。ある程度は妥協してもよかろうよ」
「依存さえせねば何とでもなる。通常の国家であれば難しい舵取りとなろうが、我らであればうまく調整できるであろう」
「ふむ。では、債権か時限付きの国内権利で選んでもらうか」
「しかし、そうなると西はお嬢ちゃん達に完全に押さえられるか」
「東を狙うか? そもそも、国土の拡張には魅力はないがの」
「国境は変えんでよかろ。国防に余力が出るということじゃ。東に力を入れやすいなら、憂いもなくなろう」
「しばらくは、魔の森も騒がしいじゃろうて。西に力を振り分ける必要がなければ、攻略も楽になるじゃろ」
「正直、嬢ちゃんらの目的も分からんままじゃ。できれば、対話を続けたいところじゃが」
「大使館でも作るかね。租借地として渡しても構わんのではないか」
「そうじゃな。便宜を図る見返りに、我らの茶飲み話に付き合ってもらおうぞ」
「ほっほっ。ええのう、張り合いが出るわい」
◇◇◇◇
森の国を襲った死の行進騒動は、一応の収束を見せた。
放棄した街や村は大半を奪還し、被害は最小限に抑えられた。
獲得した魔物素材を(主に<パライゾ>に)売却することで、国全体としてはむしろ黒字になっているかもしれない。
それでも、これまでどおりの生活、というわけにはいかなかった。
戦時体制への移行に伴い、経済活動は軒並み停止。
村や街を放棄したことで、火事場泥棒も発生していた。
生活基盤を破壊された国民も多い。
当然それらは国からある程度の補償は出るが、すぐに仕事を再開できる者は少数派だった。
当面、国内インフラの正常化が目標になるだろう。
魔の森も、生態系は大きく変化している。
狩人達の活動も控えめになるため、何らかの支援が必要だ。
そして、これらの対策として、<パライゾ>に大いに期待が寄せられた。
レブレスタの国難に対し、積極的に支援を行う姿は多くの国民の心を掴んだのである。
当然、そこには長老会からの情報操作はあったのだが。
元々、獣人という種に対する一種の憧れのようなものがあった国であったため、<パライゾ>の少女達はすんなりと受け入れられたのである。




