第207話 空を覆う影
前面をズタズタに破壊された多脚戦車Aが、擱座する。
至近距離で、対地ミサイルや対戦車榴弾が複数炸裂したのだ。
ばら撒かれた金属片が装甲を破壊、内部機構にまで深刻な障害が発生している。
「怪我はないか」
「あ、ああ……」
周囲の狩人達を助け起こしながら、5番・ディセクタ=コスモスは声を掛けた。
今回の攻撃によって爆発加害が発生することは想定されていたため、全員が設置された防壁に隠れており、人的被害は発生していない。
他の3体の人形機械は、既に周辺警戒へ移行している。
まだ、影蟷螂の脅威が去ったわけではないのだ。
「すぐに避難準備を。警戒は引き続き我々が行う。魔物は、あの蟷螂だけではないだろう。あれの脅威も去ったわけではない」
地面が揺れる。
僅かな振動ではあるが、それは山脈猪が近付いて来ている証拠だ。
猶予は残っていない。
「……Aは無理か。Cが殿を務める。さあ、早く」
「分かった……! ……ああ、あのゴーレムにはまだあんたらの仲間が乗っているんじゃないのか! 大丈夫なのか!?」
狩人の視線が向けられているのは、擱座したAだ。
確かに、彼らには、あの中に人形機械が居ると伝えている。
仕方がない。
深刻な損傷を受けているため諸共に破棄するつもりだったが、人目があっては難しい。
<コスモス>はそう判断し、損傷した人形機械を回収することとした。
「1人乗っている。連れて行くから、問題はない。あなた方は村人を」
「……ああ。すまん、この村を守ってくれて助かった!」
防衛担当官と狩人達は、互いに肩を叩きながら走り出す。爆発音で聴覚がおかしくなっているのだろう。
それを見送ると、ファイブ・ディセクタは搭乗状態の18番・ディセクタを回収するため、Aに走り寄った。
遠隔操作で、内部に収納しているエイティーン・ディセクタを排出しようとする。
だが、ハッチの開閉機構にも異常が出ており、開放されない。
爆発。
緊急用の爆発ボルトを使用し、ハッチを吹き飛ばす。
当然、内部に収められていたエイティーン・ディセクタは重力に従って落ちてきた。
人目がないのは確認している。
ファイブ・ディセクタは、降ってきた人形機械を掴み、そのまま地面に落とした。
ざっと状況を確認する。
多脚戦車内部に飛び込んだ金属片が、非常に運悪く、首の下に突き刺さっている。
人形機械を格納するポッドは、多脚戦車のほぼ中央に配置されていた。通常の攻撃で、ここまで被害が及ぶことはまず考えられないのだが。
前面の装甲がほぼ崩壊した状態で、ばら撒かれた金属片が多脚戦車内の僅かな隙間を縫うように飛び込み、ポッドを貫通したようだった。
これは、今後、内部に生物を収容する可能性を考えると設計変更が必要になるだろう。あるいは、ポッドに装甲を設けるか、だ。
どちらにせよ、突き刺さった金属片が神経節を貫通しており、人形機械は動作不能状態に陥っている。
マイクロ波の受電機能自体はかろうじて生きているため、最低限、呼吸などの偽装は可能だ。何とか生き残った風は装えるだろう。
後は、キャラバンに合流できれば、修復することもできる。
今回、開拓村に派遣されている装備に使用されているAIは、全て光回路神経網を使用している。
破損して回収不可となった場合、他の機体にバックアップを送信し、自身は完全破壊、即ち爆破ないし燃焼によって放棄する想定だった。
多脚戦車Aおよびエイティーン・ディセクタの構成情報は全て転送済みで、情報的には完全に初期化されている。
その状態に問題がないことを確認し、ファイブ・ディセクタは元エイティーン・ディセクタを背負うと、村の中心に向けて走り始めた。
その後ろを、Cが殿として付き従う。
十分な距離が確保されたのを確認し、Aは内蔵電源を暴走させ各種電装を焼損。その後、内部に仕込まれたテルミット燃料に点火、中枢制御装置を完全に破壊した。
◇◇◇◇
擱座し、炎を上げるゴーレムを、呆然と眺める村人たち。
無敵に思えた村の守護神も、強大な魔物には太刀打ちできない。
そんな沈痛な空気も、姿を見せたもう1体のゴーレム、そして足元を歩く少女を見つけたことで吹き飛んだ。
「ああっ……!」
1人の少女は、もう1人の少女に背負われている。力なく揺れる両足に、その場の全員が最悪の事態を想定した。
が。
「心配ない! 意識を失っているだけだ!」
避難民に付いていたディセクタ=コスモスが、声を張り上げる。
「さあ、順に荷車へ! 親子は多脚重機の背にあがりなさい!」
そうだ。彼女の言うとおりだ。
魔物の脅威は未だ去らず。
寝物語に聞くだけだった、伝説級の魔物、山脈猪が村に迫っている。
「……狩人達は、すまんが乗り切らん! お前たちには走ってもらうぞ!」
「ええ、休む暇もなしですかい!」
村人、そして狩人達。避難民は作業用のゴーレムの背や荷車にすし詰めになり、体力のある者はそのまま走り出した。
「街道を! 2時間もあれば、こちらに向かっている補給部隊と合流できる! あちらは全員載せても余裕がある、少しの辛抱だ!」
「お嬢ちゃん、こっちに乗って! えい、あんたは走りな! あたしらを守ってくれた英雄様だ、走らせるんじゃないよ!」
「……感謝する」
意識のない少女を、数人の村人が荷車を空けてマントや服を敷き、簡易のベッドを作って寝かせる。ずっと背負ったままにさせるのは、さすがに忍びなかった。
「だ、大丈夫なのかい?」
「怪我もあるし、意識もないが、応急手当はしている。無事にキャラバンに合流できれば、問題ない」
寝かされる少女の首には、真新しい布が巻かれている。血が滲んでいるわけでもなく、大きな怪我をしているようには見えないが、それでもピクリとも動かない少女に、同乗する女性達は口々に心配の声を上げた。
「大丈夫。出発して!」
付き添いの少女が声を上げ、荷車を引くゴーレムがゆっくりと歩きだす。とはいえ、歩幅が歩幅だ。人の小走りと同じ程度の速度になる。
舗装まではされていないものの、道はキャラバンの往復である程度均されていた。
順調に移動できれば、何とか魔物たちから逃げ切ることができるだろう。
乗り心地はあまり良くないが、背に腹は代えられない。
少女達にも、しばらく不便をかけることになる。
「影蟷螂もほぼ居なくなったな……」
前方と殿に戦闘ゴーレムが付き、安全を確保している。
だが、突然横から魔物が飛び出してこないとも限らない。
並走する狩人、そして<パライゾ>の少女達は、武器を構えたまま走り続けることになる。
小走り程度とはいえ、彼らはついさっきまで防衛のためずっと戦い続けていたのだ。
さすがに、このまま2時間走り続ける体力は残っていなかった。
「半分ほど変わってやれ! 流石に走りっぱなしじゃ倒れちまうぜ!」
「おう、俺は走れるぜ!」
「あたしだって体力にゃ自信はあるんだよ!」
そんなことを言い合いながら、村人達は街道を避難する。
着の身着のままだが、その雰囲気は比較的明るい。
彼らを守る<パライゾ>が、あまりにも頼もしいのだ。
逃げ切れば、彼らの言うキャラバンと合流できれば、後方の別の村まで安全に移動できるだろう。物資も、支払いの問題はあれど当面は問題ない。
<パライゾ>が、十分すぎるほどに用意してくれているのだ。
こうして、開拓村ラーランの村人は全員、1人の脱落者もなく避難を完了した。
街道を走り続け、こちらに向かっていたキャラバンと合流し、全員が<パライゾ>の用意した巨大な乗り物に収容された。
ひとまず、逃げ切ることはできるだろう。
だが、あの山脈猪という強大な魔物は、まだそこに居る。
一息ついたことで、いまだに続く地面の振動に改めて気付いてしまった。
「さすがに、あんな魔物はどうしようもない……」
呟いたのは、誰だったか。
それをきっかけにしたという訳では無いのだが。
そんな彼らの頭上に、影が差す。
見上げた誰もが絶句した。
上空に、なにか、巨大な。
とてつもなく大きな何かが、飛んでいた。




