第201話 西部防衛線
「目標を確認。迎撃態勢に移行せよ」
『了解。迎撃態勢。目標視認。ロックオン』
「確認完了。射程に入り次第、迎撃を開始せよ」
『了解』
姿勢を低くした多脚戦車が、目標に射線を合わせた。ふらふらと羽ばたくその巨体の中心線に合わせ、電磁加速砲の砲身が細かく位置を調整する。
『目標、射程内。発射』
轟音。
ローレンツ力により音速を超えて加速された砲弾が、大気の壁を切り裂いて飛翔する。
『続けて第二射、発射』
胴体部と頭部を狙った2発のフレシェット弾頭は、狙い違わず目標点を粉砕。
重要な器官に大穴を空けられたビッグ・モスは、生命活動を停止して墜落した。
「撃墜を確認。回収部隊、Dチームを派遣する」
仕留めたビッグ・モスは、多脚重機部隊に回収させる。
ビッグ・モスは、貴重な資源だ。
戦費は相応に必要だが、見返りが期待できるというのは不幸中の幸いか。
「これで、記念すべき100体目か……。いや、すまない。本当に助かるよ」
「気にしないでいい。仕事だ」
防衛担当官の感謝の言葉に、ビピナタス=コスモスは無表情のまま頷いた。
「しかし、一気に数が増えたな。これがいつまで続くのか……」
今、ビピナタス率いるチームガンマが駐留しているのは、割り当てられた地域で最もアフラーシア連合王国に近い西端の村である。
「回収部隊より入電。Cチーム。レイリアータ担当官、荷物の到着だ」
「了解。そろそろ置き場がなくなるな……」
「強度は十分に高い。積み上げたほうがよいかもしれない」
「そうだな。普段なら考えられないが、この状況ではなぁ……」
射程800T、おおよそ1,200~1,300m程度。この防衛圏内に侵入するビッグ・モス――胡蝶は、全て多脚戦車によって撃墜されていた。
滑らかに動作するその巨体、どこか生物的な印象を受ける曲面で構成された、白い装甲に覆われたこのゴーレムは、当初こそ不気味がられていたものの、今となっては開拓村の守護神だった。
当然、それを操る獣の耳と尻尾を持った少女達も、大変な人気である。
『報告。連続射撃回数が既定値を越えた』
「了解。予定通り、砲身交換を実施する。MLT-E-04C-A、所定位置まで前進せよ。C-Bは警戒態勢を維持」
『ベータ、了解』
『アルファ、了解』
現在、1時間あたり10回以上の発砲が必要な頻度で、ビッグ・モスが侵入してきていた。
レールガンの砲身は、発砲するたびに表面がプラズマ化し、徐々にすり減ってしまう。
砲身が摩耗すると、命中精度の悪化、放熱性の低下や電気抵抗の増加など、加速度的に状態が悪化する。
安全マージンを大きく取っているとは言え、それでも1日に何度も砲身の交換が必要になっていた。
これが、高威力かつ低コストなレールガンの、唯一の欠点だ。
「今日は、これで2度目の交換か……」
「侵入個体数が増えている。仕方がない。予備部品はまだあるので、安心してほしい」
交代のために待機していたC-Aが、C-Bが陣取っている拠点に移動する。
拠点は、視界と射線を確保するため、開拓村の中で最も高い場所に設置していた。
不安定な岩場ではあるが、そこは多脚戦車の面目躍如だ。6本の脚で、ガッチリと大地に自身を固定している。
『アルファ、所定位置に到着。データ受信、引継完了』
「了解。C-B、後退を開始せよ」
『ベータ、了解。態勢を解除。後退を開始する』
チームガンマは、現在、多脚戦車を2台体制で運用していた。
これに、人形機械8体を付け、1チームとして活動している。そして、撃墜したビッグ・モスの回収用に、多脚重機を5台。他の開拓村に派遣されているチーム、アルファとベータも同じ構成だ。
もともと、1日おきに多脚戦車を交代させつつ防衛を行う計画だったが、ビッグ・モスの侵入数が増えているため、ほぼフル稼働で動かさざるをえない状況だ。
一応、明日には追加の多脚戦車が派遣されてくる予定である。
派遣戦力は制限されていたものの、この襲撃状況から追加要請が許可された形だ。
尤も、許可を渋っていたのは中央の一部の高官であり、現場は熱望していたのだが……。
「ビピナタス殿も、そろそろ休憩した方がいい。集会所に食事も準備させている」
「そうだな。そうさせていただこう。アルファ、私は休憩に入る。防衛圏に侵入した敵性個体への攻撃を許可。独自判断で迎撃を実行せよ」
『了解。指揮権移譲を確認。お疲れ様です』
ビピナタス=コスモスはヘッドマウントディスプレイを取り外し、軽く頭を振った。
まとまっていた髪がさらりと広がり、解放されたロップイヤーが垂れ下がる。
「案内をお願いしても?」
「もちろん。どうぞ、こちらに」
◇◇◇◇
切り開かれた森の道を、支援物資を満載したキャラバンが進む。
先頭には多脚戦車が1台、続いて多輪戦車が2台。その後ろに護られる形で、多輪輸送車が4台続く。
殿は多脚戦車が1台、多輪戦車が3台。
ただし、多脚戦車は6脚のうち1脚を胴部に折りたたんでおり、速度こそ落ちていないもののややぎこちない動きで追随していた。
「予定通り、野営地へ到着する。我々は故障部品の交換を行う故、申し訳ないがお相手はできない」
「ええ、分かっています。我々に気を使っていただかなくても結構ですよ。こちらこそ、無理をお願いしていて申し訳ない」
キャラバンには、交渉担当として4人の森の国人が同行していた。
貿易交渉担当、という名目だが、実質は監視役、と見せかけて道中の集落などで便宜を図るための人員だ。
中央のうるさい高官を黙らせる為、長老会が寄越してきたのである。
特に断る理由はないため、彼らはここ2週間ほど、ずっとキャラバンと行動を共にしていた。
街道途中に設けられた野営地に、一行は展開した。
移動中に脚部が故障した多脚戦車が、部品交換のため駐機状態となる。
多脚は可動部が多く、また相応に負荷が掛かるため、機械部品の故障が比較的多く発生する。
そのため、可動部を丸ごと交換できるよう、各部がモジュール化されているのだ。
交換用の架台に故障脚部が固定されると、電動ロックボルトが開放される。架台ごと移動し、巨大な脚部が引き抜かれた。
高さ2m以上、太さは70cmもある巨大な部品だ。とても人間というか、人形機械単独で持ち上げられるようなものではない。
「まるで生き物のように滑らかに動くが、ああやって見るとやはりゴーレムなのだな」
「突き詰めれば、馬車と変わらんということだろう。壊れた所を交換さえすれば、すぐに動かせるようになると」
そんな部品交換の作業を眺めつつ、交渉担当達は自分たちで椅子やテーブルを用意する。
今日は、この野営地で夜を明かす予定だ。
この道中も3回目であり、手慣れたものだ。同行する少女達のため、彼らはそのまま食事の準備も行っていく。
まあ、本来、人形機械には凝った料理は不要ではあるのだが、さすがに殊更にそれを見せる必要もない。むしろ、虐待と誤解されかねないため、見た目相応の装備が配備されていた。
そうして夜営の準備を行っている最中、展開していた戦車が一斉に動きを見せる。
警戒網をくぐり抜けたビッグ・モスが、識別圏内に侵入してきたのだ。
ほとんどの個体は、ホットスポットのある3つの開拓村周辺に引き寄せられるのだが、稀に、そこから逸れた個体が現れるのだ。
そして、その逸れ個体のほとんどは、こうやって移動中のキャラバン隊によって討伐されていた。
森の国の西部地域は、<パライゾ>派遣部隊の活躍により、ほぼ完璧に防衛されている。
一方、北部から東部に掛けての地域は、そのほとんどが放棄されているようだった。
戦線を後退させつつ、徐々に戦力を集結させているという状況だ。
後退させればさせるほど、戦力密度は高くなり、防衛は容易になっていく。ある程度後退させた後、ある程度大きな街に籠城してビッグ・モスの群れを討伐、その後反転攻勢を行うというのが、北部・東部戦線の基本戦略らしい。
西部戦線の戦力の大半を抽出、北部・東部へ投入できているため、この後退距離をかなり短く抑えることが出来たとか。
レブレスタのスタンピード防衛戦は、佳境を迎えていた。




