第200話 スタンピードの始まり
傭兵業を開始し、<パライゾ>に割り当てられたのは森の国の西側にある村々であった。
今回提供する戦力は、多脚戦車<ホッパー>を8機。2機1組で4チームを派遣する。
「国境線近くに配置した高高度給電ドローンの範囲内ですので、電源車は不要です」
「首都も、一応給電範囲内なのよね」
首都リンダは、最も近い国境線から、直線で350km程度。アフラーシア連合王国側は無人の荒野が続く不毛の大地だが、上空にドローンを飛ばすだけであれば問題ない。
そして、首都よりも西側に位置する場所での活動であれば、十分にエネルギーの供給が可能だ。
「それにしても、本当にすんなり通ったわね。普通、もっと問題になると思うんだけど……」
森の国は、迅速に<パライゾ>の傭兵派遣を許可、要請してきた。
通常、国防に関する問題を即日で他国に預ける決定など出来ないだろう。
だが、それをやってしまったのが、長老会の12人だ。
既に、蝶の魔物の増殖速度が、対応可能な範囲を超えていると理解していたのだろう。
単機で街全体を防衛可能な多脚戦車の力を理解し、損得勘定を行い、傭兵派遣の受け入れを決めたのだ。
ただ、ある程度現場の理解を求める必要もあるため、ひとまず4チームが要請された。
魔の森に食い込んだ、4つの村。
これらは、もう少し事態が進むと、完全に放棄せざるを得ないと判断されていたらしい。
相互防衛が可能なほどには近くなく、単独で防衛を続ける必要があり、しかも前線のためひっきりなしに襲来がある。
ここを放棄し、もっと南の街に移動し、戦力を集中したほうがよい、と想定されていた。
これらの村を、配置されていた戦力を移動させてなお防衛できるのであれば、これほど良いことはないという判断だろう。
引き上げた戦力は別の場所に充てることが可能だ。貴重な時間を、更に稼ぐことができる。
また、<パライゾ>による防衛が証明できれば、他の村の戦力を浮かせることもできるのだ。
他国の戦力を国内に引き入れる、という問題に目をつぶれば、だが。
「国内向けには、万が一<パライゾ>によって侵攻されても、逆にレブレスタ側の戦力は集中されているため防衛、反抗もしやすい、という論調で進めているようです。最悪、領地の放棄となっても、もともと守りきれないと判断していた地域ですので、プラスマイナスゼロと」
「強引だけど、国民向けにはそれなりに通りそうな話、なのかしらね」
「レブレスタ国内の言論は、ある程度制御されているように観察されます。特定の反政府勢力以外は、コントロール下にあるのでしょう」
冷静なトップが長期間にわたって君臨しており、国民の教育、あるいは洗脳も浸透している。
国家としては非常に安定しており、あるいは何もなければ、数十年、数百年後には大陸の覇権を取っていたかもしれない。
だが、現在は、魔物の大発生により国家存亡の危機に面していた。
「少なくとも、防衛対象の村までは輸送車を通せる道が必要よね」
「最低限の街道は開通しているようですので、補強、拡幅を行いつつ交易路を整備することになるでしょう。弾薬や修理部品の輸送が必要です」
「ついでに、生活必需品の運搬も頼まれたのよね」
正確には、買い付けた食料や生活用品を、村々で販売する権利を認められたのだ。
とはいえ、レブレスタ国内のキャラバンは、戦時体制によりほぼ壊滅。物資輸送が滞り始めているのが現状だ。
そうなると、当面の間、<パライゾ>の輸送キャラバンが生命線になるということだ。
「当面は多脚戦車、多脚輸送機を使用しつつ並行して道路の拡幅を。整備完了次第、多輪車両による輸送を開始できるでしょう」
多脚機械は不整地の移動に大きな力を発揮するが、道路があるならば、エネルギー消費的にも車輪による移動のほうが有利だ。
複雑な機構も不要となり、故障率も下がるし、整備性も上がる。
「それと、ビッグ・モスを素材とした魔道具というものも、レブレスタ国内で製造されているようです。それらもある程度対価として受け取れると聞いています」
「虫が素材の道具……」
ビッグ・モスは、魔石と共に構造材として使用することで、柔軟性と硬さを併せ持った理想の素材になる。これまでは討伐数も少なく、超高級品扱いだったが、ここに来て供給量がオーバーフローしている。
どうも、高速馬車のような、耐久性が求められる乗り物などに使用されるらしい。
今後、レブレスタがこの危機を乗り越えたならば、国内の輸送事情が一変する可能性がある。
「はい、司令。我々が現在主に使用している構造材の、およそ3倍の強度を示しています。これを使用すれば、例えば多脚戦車の重量はおよそ半分に。宇宙往還機に使用すれば、燃料消費量を劇的に改善できます」
「うーん、なるほど? ロケットに使うっていうのは、悪い手ではないわね。多脚戦車とかだと、数がちょっと心配だけど」
「ロケット本体の軽量化に、大きく寄与するでしょう。計画に取り入れることにします」
「お願いね。アサヒにやらせるといいわ」
「はい、司令」
◇◇◇◇
胡蝶――ビッグ・モスが、溢れた。
既に、その予兆はあった。
絶対防衛線、と定めたラインを、幾度となく魔物は越境していた。遊撃戦力でなんとか仕留めていたものの、これが続けばそう遠くないうちに破綻するだろう、と誰もが理解できていた。
そして。
日に日に数を増やすビッグ・モス。
繁殖に使用されるホットスポットには多数の卵が産み付けられ、育ちきった幼体は蛹を経て、次々に成体に羽化していく。
持続的に生存可能な許容量を越えたビッグ・モスの群れは、新天地を目指し、雪崩を打つように、外へ外へと移動を開始した。
群れは円状に外に向かうが、北側は既にビッグ・モスやその他の魔物が蔓延っている。そうすると、最終的な移動方向は、南側。
即ち、森の国国内である。
「予想より少し遅かったけど、始まったわね」
「はい、司令。我々の介入で討伐数が多くなったことと、移動させたレブレスタ軍によるローラー駆除がうまく嵌っていたようですね」
レブレスタは国内で動員可能な戦力をほぼすべて投入し、ビッグ・モス狩りを行っていた。成体を撃ち落とし、ホットスポットの幼体を狩り尽くす。
それでも、そもそもの発生源である魔の森の奥地までは手が届かず、対症療法でしかなかったが。
国民を避難させる時間は、稼ぎきったといったところだろう。
後は、決戦のみである。
「とはいえ、すごい数よねぇ。狩り尽くせるのかしら」
「南に下るほど、魔素溜まりの数も少なくなるようです。例えば、王都リンダは国内でも有数な魔素濃度のホットスポットがあるとか。そういう、ビッグ・モスが集まりやすい場所に軍を布陣し、狩っていくという方針のようですね」
一部の街は放棄し、守りきれる戦力で籠城、周辺のビッグ・モスを狩り尽くしたら北上する、という戦法のようだ。
これらは、迅速に実行する必要がある。
そうでないと、放棄したホットスポットで、更に成体が発生してしまう。
最悪の事態になる前に、戦力を集中し一気に数を減らす、というのが当面の作戦だ。
「でも、そもそもの発生源が大変なことになってるけど……」
司令官が見上げるのは、レブレスタに隣接する魔の森の空撮画像だ。
そこにマークされているビッグ・モスの成体は、数百匹では済まない個体数である。
「大発生は一時的なもので、今後の成体増加は一定数に抑えられます。あとは、時間を掛けてゆっくり前線を押し上げていくのでしょう」
この死の行進、ビッグ・モスに限らず、これまでの歴史の中でたびたび発生しているらしい。魔の森に隣接し、それを開拓し、徐々に生存圏を広げている森の国だからこそ、この問題への対処法は、ある程度確立している。
「今回は、我々の助力により、後退距離が短く済んでいるようです。その分、国力にも余裕があります。理不尽な素材の供給勢力としては、これからに期待が持てますね」
「そうねえ。素材が増えれば、オリーブとか、アサヒの理解度も深まるかしらねぇ」




