第198話 専用弾頭
「3匹がこちらに向かっているということだが、胡蝶は群れるのか」
「はっ。そういった話は聞いたことがありません。単独でしか目撃は無いものと」
結局、外交官筆頭、ティアリアーダ・エレメスは<パライゾ>へ緊急避難的な防衛要請もどきを行った。
外交官筆頭というのは国内の地位でいえばほぼトップではあるのだが、残念ながら国防案件は管轄外である。
よって、外交使節団に認められる防衛権の無条件発動を、この街周辺に限って認めるという書面を準備したのだ。
通常、防衛権は同行する外交官の指示の下で認められるものであるが。
要は、「生命または資産を守る行動であれば、何をしても構わない」という免状を渡したのだ。
普通、こんなものを出したりしない。
ただし、今回に限れば、既に街の放棄は決定事項であり避難も始まっている。
最悪、防衛行動によって街に被害が発生したとしても、街の完全放棄よりも大きな被害は発生しないという判断である。
とはいえ、実際に何らかの問題が発生した場合は、ティアリアーダの政治生命は終了することになるだろうが。
「多脚戦車Aが目標を捕捉。距離、およそ1ET」
ホッパー・アルファは、使節団に同行する護衛多脚戦車の1番機である。
6本の脚を折り曲げ、脚先を地面に突き刺して機体を固定しつつ、胴部を地面すれすれに下ろして重心を下げている。
上部回転砲塔のレールガンは、既にソウルバタフライの1匹に照準されていた。
「正確な距離が分かるのですか? こんなに見えにくい時間帯なのに……」
アルボレア=ヒースに話し掛けるのは、情報提供役として推薦された、この街の狩人組合の筆頭狩人、ランクスだ。
ただ、残念ながらソウルバタフライとの戦闘経験はなく、通り一遍の知識しかないらしい。
とはいえ、森に生息する様々な動植物に対する知識は豊富だし、そもそもソウルバタフライについて通達された情報以上を持つ人物も居ないことから、彼以外に適任は居なかったのだが。
「正確に距離を測定する術がある。ところで、普段群れないソウルバタフライが群れているのは、どんな理由が考えられそうか?」
「ええっと……。虫の蝶、で考えると、そうですね。例えば、繁殖なんかありそうですが」
アルボレアの問いに、ランクスはすぐにそう答えた。
おそらく、ずっと考えていたのだろう。
魔物は魔物としての特異な生態を持っているが、元になった動植物の性質も多分に表す。
「明らかに、1匹を2匹が追い回しているようなんです。考えられるのは生殖行動くらいですね。その他、魔物特有の生態だった場合は、私にはさっぱりです」
「なるほど。オスかメスかは倒してみれば分かる。了解した」
既に、街の住人たちの避難は始まっている。
騒ぐ住人たちを、兵士階級が追い立てるように移動させていた。
家財道具を持ち出す余裕など、当然無い。
迎撃に成功すれば、火事場泥棒はさておき、基本的には被害は発生しないのだ。
そして、失敗すれば、どのみち全て失われる。
時間は残り少ない。
拒否する住人も多いが、権力と暴力で無理矢理にでも避難させる、とのことだった。
森の国は貴族制ではないものの、それに似た権力構造である。そのため、街長の要請に逆らうことはできないらしい。
「……本当に、倒せるのでしょうか?」
相手が少女、ということもあり、ランクスは不審げに尋ねる。
傍らの警備機械や、前方で攻撃態勢を取る多脚戦車が居なければ、完全に侮っていただろう。
流石に、多脚戦車の威容には怯えているようだった。
「実際に、この国のソウルバタフライを仕留めたことがあるわけではないが」
アルボレア=ヒースは、額に跳ね上げていたヘッドマウントディスプレイを片手で下ろした。
カチリ、と軽快な音が鳴り、装備表面を光の線が走る。
もちろん、ただの演出だ。光らせる意味は特にない。
「本国に参照を行い、ビッグモスの討伐記録があることは確認できた。現在の装備で、十分に対抗可能だ。心配することはない」
淡々とした彼女の返答に、やや不満そうではあるが、彼は押し黙った。
外交官筆頭、即ち外交省の外交部最上位の人物に、直々に命令されたのである。
絶対に、失礼がないように、彼女の要請には可能な限り迅速に応えるように、と。
多少不満があろうが、不審があろうが、他国民として侮りがあろうが、決してそういう言動をしてはならないと。
まあ、実際のところ、彼女の指示で多脚戦車、レブレスタ人らに言わせれば巨大なゴーレムが自在に動くのを見れば、わざわざ不興を買おうとは思わないだろうが。
ちなみに、流石に万が一があるためティアリアーダ・エレメスは後方に控え、筆頭補佐のバルアデーガ・ティギリスは避難民とともに街を出ている。
また、安心感を与えることも目的とし、核融合炉搭載電源車が殿を務めることになっている。そのため、アリスタータ=ヒースは、そちらに同行していた。
「あなた方が使う弓矢のように、まずは遠距離で攻撃を行う。射程はおよそ800T。魔力溜まりに引き寄せられる、とは聞いているが、あの3匹が生殖行動で動いているのであれば、無視する可能性もある。その場合は追跡する必要がある」
「分かりました」
射程800Tというのが必中距離なのか最大距離なのかで、彼女らの使うゴーレムの性能がある程度分かるだろう。彼女らの力の一端を、その目で確認してほしい、と外交官筆頭に直々に頼まれていたランクスは頷き、観察に戻った。
そんな彼も、<パライゾ>所属機械群により、詳細に観察されている。
◇◇◇◇
胡蝶はふらふらとした軌道のまま、順調に多脚戦車が布陣する街の北側に近付いてきていた。
軌道はゆらゆらしているものの、確実にこちらを目指している。移動点をプロットして平均化すれば、ほとんど迷いなくこちらに近付いているのが分かる。
筆頭狩人、ランクス曰く、この周辺で発見されているホットスポットは、この街の南の草原のもののみ。
周辺一帯にホットスポットが無いのであれば、こちらに向かってくるというのは頷ける話だ。
「目標との距離、750T」
「攻撃はしないんでしょうか?」
既に、先頭のソウルバタフライは、射程と説明した800Tを割っている。
「3体全てが射程内に収まってから、攻撃する。逃げられると面倒」
「なるほど……」
やがて、後方に続く2体も、800Tという射程内に収まった。
ソウルバタフライは、地上の人間や多脚戦車に対しては興味を示さない。
雑食性ではあるのだが、人間は、彼らに比べてあまりにも小さい。歯牙にも掛けないとは、このことだろう。
「撃つ」
空中を舞うソウルバタフライに合わせて細かく照準を合わせていた多脚戦車の主砲が、破裂音と共に砲弾を射出した。
弾頭の音速突破に伴う、ソニックブームだ。
射出された弾頭は、対ビッグモス用に開発された高速金属投矢弾。
約4,000m/sで飛び出した弾頭は、おおよそ800mほど飛翔した時点で時限信管が作動。内蔵された金属矢60本を吐き出した。
命中。
いくつかの矢は体表を滑るが、そのほとんどは計算通り、ソウルバタフライの表皮を貫通した。
距離が近かったため、穴だらけというわけにはいかないものの、胸部に大穴が空いたのだ。
さすがに致命傷である。
バランスを失った先頭のソウルバタフライが、錐揉み回転を始める。
「次弾装填、完了。発射」
次の目標は、最後尾。彼我の距離はおよそ1,200m。
「命中」
今度は少し距離があったため、フレシェットは十分に拡散していた。
だが、空気抵抗で速度が落ちたのか、有効打は少ないようだった。
それでも十数本は体表を貫通、表皮の破片や体液が、パッと空中に飛び散った。
「最後」
3発目。真ん中のソウルバタフライには、フレシェット弾群が頸部に命中。頭部が半ば千切れるように折れ、これも恐らく即死。
最後尾の個体は即死ではなかったようで、逃げようとする素振りを見せたものの、そのまま力尽きて墜落した。
時間にして、およそ3分。
3体の胡蝶は、全てが討伐された。
<ザ・ツリー>の用意した新型弾頭は、十分な成果を出した。
強すぎず、弱すぎず、ちょうどよい威力でビッグモスを倒すことができる。
レブレスタに対してある程度説明しやすく、射程も意図的に抑えることが可能で、有効射程内であれば必要十分な攻撃力を持つ弾頭である。
なお、対ビッグモス、以外の用途は特に見出せていない。




