第190話 ビッグ・モス
森の国の北部森林地帯、国土の一部を含む地域一帯で、蝶の魔物が大繁殖していた。
魔物の名称は、ノースエンドシティの冒険者ギルドの文献の中で発見された。
過去に数度、討伐の記録があったのである。
ビッグ・モスは、雑食性だ。
特に幼虫のときは、土や石以外はほとんど、見境なく食べてしまうらしい。
成虫になると、森の木々、それも恐らく偽緑樹を好んで食す。ただ、他の魔物や動物、あるいは人間が捕食対象になったという記録もある。
「レブレスタでは、この魔物への対処を行っていると考えられます。東門都市での交易も活発化するでしょう」
「それはいいけど、対価は大丈夫かしら?」
「当面は貴金属や宝石を。しかしこのままですと、早晩、それらは底を突くと予想されます。早めに使節団を送り、交易品を調査する必要があるでしょう」
「もし、私達が援軍を送るとしたら、対価は何を要求することになるかしらねぇ?」
このまま放置し、最悪の結果となった場合。
隣国は魔物の巣となり、大量の難民が発生することになる。
そうなったらそうなったでやりようはあるが、長期的な関係を考えると、隣国とは良い関係を保ったまま、長く存続してもらった方がいい。
亡国の扱いは、面倒なのだ。
「国債、有り体に言えば借金。それとも、一部領土の割譲か。あるいは、租借地という手もありますね。何の役にも立たないものを輸入するつもりはありませんので、何か向こうが用意できれば良いのですが」
<リンゴ>は司令の意を汲んで、レブレスタへ救援を行うという方向で検討している。
ただ、現時点ではその出費に対するリターンが期待できないため、<ザ・ツリー>として大々的に介入できないでいた。
せめて、レブレスタ国内に何らかの鉱脈でも見つかれば、占領と称して戦力を送り込めるのだが。
いや、真実占領になるため、レブレスタからするとたまったものではないだろうが。
「ノースエンドシティ周辺で、一度、このビッグ・モスの討伐を行いましょう。弱点や耐久性などが分かれば、それを情報として伝えることができるかもしれません」
「そうね。そうね……。うーん、難しいわね。ゲームならイベントクリア報酬なんかをもらえるものだけど、こっちじゃそうはいかないしねぇ……」
そんなわけで、ひとまず航空戦力を使用して蝶の魔物の討伐を行うことになったのだった。
◇◇◇◇
「成虫を目視。全長12.3m。翼長14.8m。胴体長はおおよそ6m程度。手頃なサイズでしょう」
「うーん、でかい」
モニターには、風に舞うようにふわりふわりと森の上空を飛ぶビッグ・モスが映し出されている。<リンゴ>の解析によれば、科学的に説明できない飛行方法は観測されていないとのことだ。
つまり、ビッグ・モスは、あの巨体で空力に従って飛行しているということである。
「精密計測をしているわけではありませんが、恐らくビッグ・モスの体重は見た目よりもずっと軽いと想定されます。密度が低いため、浮きやすいのでしょう」
軽いということは、脆い、弱いということだ。だが、ビッグ・モスは弱そうには見えない。
「あの巨体を支える構造体は、魔法的に強化されていると考えられます。あの大きさであの挙動を行った場合、各所が破断するはずです」
「やっぱり、そこは魔物なのね。身体強化というか、構造強化が行われていると」
「はい、司令。その他の魔法的な事象は観測されていません。異常な加速を行っている様子もありません。また、一度着陸してしまうと再飛行するのが困難なのか、夜間も含めて空中で過ごしているようです」
ビッグ・モスは、風に乗って移動している。羽ばたきもあるが、森に降りてしまうと木々が邪魔で、うまく羽ばたきができないようだ。
フェアリーサークル内など、開けた場所で地上に降りている様子は確認できたらしいのだが。
「目視範囲に他個体無し。攻撃を開始します」
攻撃機は、地上目標ないし低速飛行目標用のティルトローターだ。飛行速度を抑えることができ、必要に応じてホバリングでの攻撃を行うことができる。
機首下部に据え付けられた火薬式の多連装機銃が、直径7mmの機銃弾をばら撒いた。
普通の動物がこんな猛射を喰らえば、何の抵抗もできずにミンチになるのだろうが。
「機銃弾が跳弾しています。表皮に弾かれていますね」
「さ、さすがファンタジー……」
全体的に丸みを帯びた形であり、その大きな羽自体も攻撃機に対して斜めになる位置だ。
銃弾の突入角度の問題もあるだろう、弾丸は全て表皮を滑っており、ダメージは与えられていないようだ。
「機銃で撃たれても平気で突っ込んでくるって、下手するとウチの攻撃機より強いんじゃ……?」
「どんな攻撃手段を持っているかにもよりますが。防御面のみで見れば、我々が運用する機体よりも頑強ですね」
目標のビッグ・モスは、機銃に撃たれたことに気付いたようで、その巨大な翅をばさりと動かし、攻撃機へ進路を取った。
どうやら、有効な遠距離攻撃手段は持っていないらしい。
これは朗報だろう。
「近接手段のみかしら。あの巨体で体当たりされるだけで、こちらはバラバラだけど」
「空力に頼っていますので、行動も予測しやすいですね。単体であれば、我々が苦戦することはないでしょう」
とはいえ、直径7mmの機銃弾を比較的近距離で直撃させても小揺るぎもしないというのは、純粋に脅威だった。
少なくとも、歩兵クラスの携行武器だと、有効打を与えるのが困難ということだ。
「攻撃武器をグレネードに変更します」
機銃弾が使えないなら、次に試すのは大口径弾だ。
機銃と同軸に据え付けられた、60mmグレネードランチャーを使用する。
弾頭は榴弾。爆発によって飛び散る破片による加害を目的としたものである。
「攻撃を開始しました」
打ち出された榴弾は、近接信管によりビッグ・モスの至近で爆発。
金属破片がばら撒かれる。
「有効打……には、なっていないようですね。単純に、表皮の硬度が破片の打撃力を上回っているのでしょう」
「うーん……。所詮は対人兵器かぁ。もっと強力な砲を直接当てないとダメかな?」
よくよく考えれば、直撃した機銃弾が弾かれているのだ。
至近とは言え、同じく火薬で吹き飛ばされる金属片程度でダメージを与えられないというのは、当然と言えば当然である。
一応、爆発の圧力によって進路が安定しなくなるという効果はあるようだが。
「近付かせないよう、牽制射としては使用できますね。撃破には至りませんが」
立て続けに榴弾が直撃ないし至近で爆発しているものの、目立った損傷は確認できない。
「まあ、順当にレールガンかしらね」
「はい、司令。レールガンによる直接射撃を行います。弾種、徹甲弾。キャパシタチャージ開始。完了。発射」
攻撃機の側面に据え付けられた、短砲身レールガン。そこから、初速4,000m/sで砲弾が射出された。
「貫通しました。有効な攻撃と認めます」
発射された砲弾は、ビッグ・モスを正面からぶち抜いた。
その衝撃で、ビッグ・モスの胴体が爆散。翅や脚が吹き飛び、バラバラになったその身体はくるくると空を舞い散る。
「おおう……。スプラッター」
「映像処理を行いますか?」
「いや、それほどでもないけどね」
少なくとも、初速4,000m/sの徹甲弾では、オーバーキルと判明。
これだけ粉々になると、素材としては使用できないだろう。
また、肝心の魔石も、これでは回収できない。
「もう数匹、引き続き討伐しますか?」
「そうねぇ。素材として回収したいし、丁度いい攻撃方法も考えないとね。今度は爆散させないように」
「はい、司令」




