第19話 荒くれ者の襲撃
小舟が、交易船<パライゾ>にゆっくりと近づいてくる。
空には雲ひとつなく、星明かりである程度夜目が効くのだろう。明かりを灯すことなく、<パライゾ>のランプを頼りに進んでいるようだった。
<パライゾ>は、船首と船尾に衝突防止用のランプを灯している。文明レベルに合わせ、油を使ったものだ。その他は、特に点けていない。2時間に1回程度、ランプを持たせた人形機械を見回らせているが、その間隙を突いて小舟は近付いていた。
(どこかで、襲撃計画は立案されていたようだ)
見回りが終わっておよそ30分後、ちょうどよい時間を見計らって行動を開始している。たまたま、と侮るよりも、計画的だと警戒したほうがよいだろう。
<リンゴ>は人形機械を動かし、小舟が来る方向に合わせて4体を配置。残り2体を、遊撃としてメインマストの根本に潜ませる。
(全員が乗り込んだのを確認してから、一気に制圧する)
逃げられても面倒なため、誘い込むことを決断。
小舟はそのまま、<パライゾ>の船腹に横付けされた。何らかの通信手段があるのか、4隻が横付けした後、ほぼ同時にそれぞれから鉤縄が投げられる。
「あっ…」
モニターを見ていた司令が声を上げた。
鉤縄の一つが、うまく引っかからずに落ちそうになったのだ。
<リンゴ>は慌てず、待機しているコミュニケーターを操作し鉤を捕まえ、船べりに引っ掛ける。鉤縄を投げた男は一瞬硬直し、その後安堵の息を吐いた。失敗しかけたことに気付いたらしい。そして、それを見ていた横の男に頭を叩かれていた。
「いや、まあ、別に失敗してもよかったんだけど…」
「余計な手間ですから」
4隻の小舟から、縄を伝って男達が登りだす。1人が登りきり、周囲を確認。合図を送ると、2人目が登り始める。コミュニケーターはロープドラムや救命装置などの影に潜んでおり、侵入者たちは気付いていない。
小舟の5人のうち、4人が登りきった。1人は船に残るようだ。侵入した4人のうち、1人はロープの確保を行っている。3人が、周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩き出す。
コミュニケーターは姿勢を低くさせたまま、彼らの後ろをついて行かせる。
どうやら、彼らは全員合流後、次の行動を起こすつもりのようだった。船首側、回転砲塔の下あたりに集まり始めた。
「では、そろそろ。生け捕りにできるのは3人だけです。それ以上を目指すと、取り逃がす可能性があります」
◇◇◇◇
巨大な大砲の下で、仲間を待つ。
情報によると、この船の船員はかなり数が少ないらしい。しかも、乗っているのは女ばかり。正直、楽な仕事だと思う。こちらは、ケンカ慣れした男達が全部で20人。実際に襲撃に参加するのはそのうち12人だが、今回は奇襲だ。1人1人無力化すれば、この程度の船なら簡単に制圧できるはずだ。
「…来たか」
星明かりの中、ゆっくりと周囲を警戒しながら近付く人影が確認できた。シルエットしか分からないが、船尾側から登ってきた仲間だろう。手を大きく振ると、右手を上げ下げし始める。符丁の確認だ。こちらも、両手を振り返して合図する。
「…よし、揃ったな」
4グループが合流した。さすがに12人が集まると、砲塔の下では手狭だ。暗闇の中、星明かりだけでは全員を確認するのも難しい。
「どうせ、逃げる場所はないからな。打ち合わせ通り、少人数で…そうだな。4人で中に入る。あとは外で待機だ。逃げ出してきたら袋にしちまえ」
「おう」
全員捕まえたら、ゆっくりお宝を漁ればいい。交易品もたっぷり積んでるはずだし、いくらか、港と取引で金や宝石を手に入れているのを確認している。こんな美味しい獲物を放置しているのが、信じられなかった。さっさと襲って、根こそぎ奪えばいいのだ。
「よし、じゃあ中に入るやつを決めるぞ。そうだな…。お前と、お前…」
シルエットの中から適当に4人を決めようと、指差し始めたところで。
男は、違和感を覚えた。
「…。まて、もしかして全員きたのか? 1人は残しとけって…」
暗すぎて見えにくいが、周りに集まった人数が多すぎるように感じたのだ。
「いや、俺らのところは残してるぞ」
「こっちもだ」
「ひい、ふう、みい、…」
「あ? 人が多いってお前よぉ…」
ざわざわ、と男達は騒ぎ出し、そして。
ガチャリ、と金属音が響き渡った。
一番外側にいた人影のうち、4人が同時に1歩下がり、構えた。
「おい、何やって…」
◇◇◇◇
うまいこと、全員が一箇所に集まっている。ちょうどバレたことだ、と、<リンゴ>は人形機械を操作し、自動小銃の引き金を引いた。
銃口から飛び出したライフル弾は、至近距離から男達の体を蹂躙する。精密に計算されて射出された弾丸は、想定された誤差の範囲内で、その仕事を全うした。瞬く間に命を刈り取られた襲撃者達が、甲板に転がる。直後、自動制御のサーチライトが残った男達を照らし出した。
「なん…!!」
叫ぶ間も無く、今度は駆け寄ったコミュニケーターに銃床で殴り飛ばされる。視界を潰され、銃声でパニックになっていた男達に抵抗するすべは無かった。的確に頭部を殴られ、脳を揺さぶられた彼らは、悲鳴を上げる事すらできず、膝をつく。
「司令。甲板上は制圧完了。小舟の制圧も開始します」
「残り8人ね」
2体のコミュニケーターをその場に残し、遊撃の2体と合わせ、1人1隻を担当させる。甲板上の4人は、コミュニケーターそれぞれの銃撃で即時射殺。小舟に残る見張り役は上から銃撃してもいいが、小舟も破壊しかねないため、下に降りる必要があると判断。船べりを飛び越え、片手片足をロープに引っ掛け滑り降りる。
「おわっ! おい、なにが…」
マズルフラッシュ。
3発の銃弾に胸部を撃ち抜かれ、男は吹き飛ばされた。何が起こったか理解する暇もなかっただろう。4隻の小舟の上で、4人の男がほぼ同時に処理された。
「クリア」
改めて走査を行い、意識を奪っただけの3人、コミュニケーター6体以外に生命体が残っていないのを確認する。予想通りとはいえ、実に呆気ない幕切れだった。
「終わった? …これからどうするの?」
男達20人による襲撃、17人は殺害、3人を捕虜。通常、船上は治外法権とみなすのが一般的ではあるが、寄港中にどういう扱いになるのかは不明だ。領主の胸三寸である可能性は高いが。
「言質をとっている訳では有りませんが、基本的にはお咎めなし。うまく交渉すれば、賠償も引き出せるかと」
「その心は?」
「これまでの交渉で、非常に有利な立場となっていると考えています。こちら側がわざわざ港の人間を襲う必要もありませんし、相手もそれが理解できる程度には理性的な人間かと」
<リンゴ>の分析に、彼女はへえ、とだけ返した。正直なところ、それほど気にしているわけでもない。交渉決裂時は、さっさと逃げ出せばいいだけだ。それなりに栄えており、かつ要塞<ザ・ツリー>に最も近い港というだけで選んだ場所だ。周辺情勢から考えて、指名手配情報が回るとも考えにくい。戦乱のせいで、各街間は情報断絶と言っていいほど交流が途絶えている。
「夜明けを待ち、ボートで捕虜と死体を港に運びます。相手はあまり素行の良くないグループのようですので、まあ、なんとでもなるでしょう」
「そう。…ふぁ。じゃあ、私は寝るわね…。適当に起こして、結果を聞かせて頂戴」
「はい、司令」
寝室に戻った彼女を見送り、<リンゴ>は内心、安堵の息を吐いた。
画像や音声には気を使ったが、相手は襲撃者とはいえ人間だ。殺害に関して何らかの過剰反応が出る可能性もあったが、ひとまず問題ないようだ。情緒不安定になった司令を慰めるという展開にも心惹かれるものはあったが、当然、何事もないのが一番だ。
関係にアクセントを求めるのは倦怠期が来てからでいい、と酷く偏った認識で、<リンゴ>は人形機械の操作を再開した。