第180話 日帰りアドベンチャー
時刻は昼過ぎ。
一行は、前線基地で用意していたサンドパンを手早く食べ、次の目的地へ向かって歩いていた。
「あのサンドパン、美味いな。乾パンと干し肉とは大違いだ」
「見た感じ日持ちはしなさそうだけど、どうなのかしら」
サンドパンは、非常に好評だった。
大体において、冒険者が森の中で食べるものは、日持ちする乾パンや干し肉、ナッツ類。あとは、その辺で採取した野草や果物、小動物を捌いたもの。
1日目だけでも、しっかりと味付けされたサンドパンを食べることができるというのは、どうやら革命的らしい。
「ふむ」
検索。
「具材の水分が多いため、保存には向かない。冷蔵できれば別だが」
「れいぞう?」
「冷やしておくということ」
「ああ……」
ちなみに、アフラーシア連合王国では冷蔵という概念はほぼない。
通年気温が高い地域であり、雪が降ることも殆どないため、氷室という文化もないのだ。
湧き水は冷えているため、そこで冷やすというのは行われることもあるようだが。
もう少し文化が発達すれば、湧き水を使用した冷蔵庫なども開発されていたかもしれない。
<パライゾ>が文化汚染をする気満々のため、そういった地域性のある文化は、今後、ほとんど育つことはないだろう。
悲しいことだ。
「しかし、あのバックパッカーに荷物を載せられるのはいい。負担が全く違う」
「ほんと。すっごい楽だわ。奥地に連れていけないのだけが残念ね……」
一行が歩いているのは、比較的木々の少ない平地である。
バックパッカーは小型の多脚機械だが、成人の胸ほどの高さで、幅・長さは3m程度ある。少々の不整地であれば平気で踏破するだろうが、さすがに木々が密集して機体を通す隙間もないような所は、ついていけないだろう。
「バックパッカーはあまり役立たない?」
今回の臨時パーティーは、<パライゾ>が単独で魔の森を探索するための試金石だ。
バックパッカー、ないしそれに準じる機械では奥地に行けないのであれば、そもそもの計画を見直す必要がある。
「いや。奥地に行くなら、ベースキャンプを作りながら進んでいくことになる。そのバックパッカーがあれば、荷物の量を格段に増やせる。木々を伐採してでも、連れていく価値はある」
「なるほど。ベースキャンプ用の荷物運びか。長期間の探索となると、ベースキャンプを中心に活動する?」
「そうだ。数日ごとに、戻るか、進むか判断しつつになるが。道を作りながら奥に進んでいくのも、人数が多い同盟であればやっている。俺達は、そこまではしたことは無いが」
レイダス達のパーティーは、単独での探索を主に行っている。
他のパーティーと協働することはほとんど無いらしい。何でも、以前アライアンスした際に取り分で非常に揉めたらしく、それ以降は基本単独パーティーで行動しているとのこと。
3人が慎ましく生活する分には、十分な収入を確保できるらしい。
「大掛かりな探索をするなら、そういう方法も考えられる。ただ、あまり騒ぐと魔物を引き寄せるというのが通説だ。何をどこまでやって大丈夫なのかは、分からない。だから、俺達は極力、静かに行動している」
「理解した。とはいえ、まずは森の歩き方からだ。あなた方の案内は、非常に参考になる」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。あなた達も、そう言う割にはちゃんと歩けてる気がするけど、経験はあるのかしら?」
「訓練はしている。……レイダスが戻ってくる」
「え?」
斥候役として先行していたレイダスが、前方から走ってきた。
サルファは豹ベースということもあり、耳が良いのだ。
「ここでひとまず止まれ。魔物の痕跡があった」
「戻ってきたってことは、スライムかしら?」
こちらを積極的に襲うような魔物が居た場合、逆にレイダスが全員を呼びつける決まりだ。
魔物は気配察知能力が高く、こちらが見つけた場合、まず間違いなくこちらの存在も知られているらしい。
そのため、背を向けた時点で襲われる可能性が高いため、攻撃役を呼び寄せるのがベストなのだそうだ。
「ああ、スライムの群生地だ。低濃度のホットスポットみたいだぜ。前回はこんなところには無かったから、新しくできたんだろ」
そして、このあたりに出没する魔物の中で最も無害で、最も稼げないのがスライムなのだ。
スライム、という存在は、<パライゾ>の諜報網上では把握している。
しかし、名称以上の情報は、あまり集まっていない。
スライムが多い地域は、魔物も多い。十分に注意する必要がある。
「ホットスポットは増えるもの?」
「あー。どうだろうな。増えることもあるし、消えることもある。昔からある場所は、消えることはないみたいだが」
新しいホットスポットは、できたり消えたりが激しいらしい。
故に、斥候役のレイダスは、常に魔素計を確認しているようだ。
「今日は、魔物を見るのは初めてだな。アレがスライムだ」
レイダスの指差す方向を見ると、何か不定形のゼリーのようなものが、ゆったりと動いているのが見える。
大きさは、目算で5リットル程度か。バケツ一杯分程度、というのが分かりやすい。
「あんな感じのが、ここら一帯にたくさんいる。一応無害だが、スライムが多いと魔物も集まってくるらしくてなぁ。普段なら駆除するか、そもそも近寄らないようにするかだが。一応案内役だからな。この辺なら強い魔物が出てくることもないし、ちょうどいいかと思ってな」
「駆除は可能?」
「ああ。あいつらは斬っても叩いても死なないが、小さくすると勝手に消えるんだ。そうだな、だいたい両手でひと掬いくらいの大きさにできればいいかね」
そういうわけで、ナディラとグラヴァー、<パライゾ>の3人が駆除に当たることになった。レイダスは警戒役である。
「棒でも何でもいいけど、叩いたり切ったりして分割すればいいよ。小さめのやつなら、足で踏んでもいい。そしたら弾けて、勝手に消えるから。手とかについても、そのうち消えるから気にしないでいいよ」
ナディラはそう説明しつつ、実際に足元のスライムを勢いよく踏みつけた。
べしゃりとスライムは弾け、周囲に飛び散る。
「……体積が減っている」
その様子をじっと見つめていたクリスが呟いた。
飛び散ったスライムは、徐々に小さくなっていく。実際、小さな欠片は蒸発するように消えていった。
「気をつけなきゃいけないのは、何かを取り込んでるスライムね。こいつら雑食で、何でも体の中に取り込んでるの。死骸とか取り込んでるやつを今みたいに潰したら大変なことになるから、気を付けてね」
スライムの体自体は消えても、取り込まれていたものはそのまま残る、ということらしい。たしかにそれは、大惨事だろう。
「やってみる」
落ちていた木の枝で、サルファは足元のスライムを叩いた。
警棒などの打撃武器もあるが、地面を叩くにはリーチが短い。
即席の棍棒で叩かれたスライムは2つにちぎれる。この個体はやや大きく、2分割されてもまだ活動していた。
もう一度棍棒を叩きつけることで、スライムは動きを止め、徐々に小さくなっていった。
「興味深い」
「まあ、不思議よねぇ」
「スライムだけは、一番意味の分からん魔物だ。他の有名なやつは、身体がちゃんとあるんだがな。スライムは消える。倒しても何も残らないのに、魔物を呼び寄せる。厄介な存在だ」
「うまく使えば、魔物寄せにはなるがなぁ。大抵、必要以上に寄ってくるから、駆除か回避がおすすめだぜ」
そうして周囲のスライムを駆除していき、見える範囲にスライムが居なくなったのを確認する。
「結構数が居たな。つっても、この感じだとできて1週間ってとこか。薬草は……まあ、ほとんどねーな」
「1週間位じゃ、育ってても誤差ねぇ」
「あと2週間ほどすれば、いい採取場所にはなるだろう」
薬草は、ホットスポットで野草が育つことで変異する。
であれば、出現したばかりのホットスポットに薬草が殆どないのは当然のことだろう。
「よし。そろそろ、日帰りできる限界だな。今日はこのくらいでいいか?」
「十分だ。とても勉強になった。明日以降もよろしく頼む」
「おう。まあ、その辺は無事に帰り着いてからだな。あんたらの力も分かったし、次からは泊まりがけでもっと奥地に行っても構わねえぜ」
「検討する」
そうして一行は、日帰りの冒険を終えたのだった。




