第178話 冒険の道中
「このあたりが、魔の森の境界って言われてる所だ」
パーティーリーダーのレイダスが、振り返ってそう言った。
「ただの草原って感じだけどねぇ。ちょいちょい、魔物が出てきだすのがこのあたりなのよ」
ナディラは、隣を歩くサルファ――アルファ・サルファレアス=コスモスに説明する。
サルファは周囲を見渡しつつ、頷いた。
「確かに、植物が多くなっている。動物はいる?」
「この辺りなら、兎、鼠、鼬、狸、蛇、犬あたりを見ることがあるな。どれも動物で、魔物じゃあない。……魔物かそうでないか、の違いは知っているか?」
グラヴァーの問いに、アトロ――アルファ・アトロサンギニアス=コスモスが答える。
「知っている。体内に魔石を有しているかどうかというのが、その区別だ」
基礎知識、というわけでもないが、<パライゾ>でも最低限の情報収集は行っている。
魔物とやり合う必要のある街で聞き込めば、その程度の情報ならいくらでも手に入るのだ。
「ああ。この辺りに出てくる魔物なら、そうだな。豹か、ハイエナが出るとは聞いたことがある。実際に見たことはないから、この道の周辺にはほとんど近付かないんだろうがな」
一行は現在、前線基地から魔の森に向かって伸びる道を歩いている。
道と言っても、冒険者達が往復することで踏み固められ、草がほとんど生えなくなったというだけのものだ。
「駆け出しが兎罠を仕掛けたりすることもあるが、この辺で俺達みたいな冒険者が仕事をすることはない。小動物しか居ないし、魔物も出ない。魔素が薄くて薬草も生えない。だから、なるべく早くこの道は通り抜けてしまいたいのさ」
「なるほど。薬草というのは、奥地に行けば行くほど生えていると?」
6人は歩く。
その後ろを、その巨体からすると驚くほどの静粛性で、多脚機械が追従していた。
「基本は、だ。環境にもよるし、魔素溜まりっていう特殊な地形もある。どっちにしろ、魔素の濃淡が関係しているのは間違いないな」
「サルファさん達は、こういうのは詳しくないんだろ? これが魔素計だ」
レイダスが立ち止まり、後ろのサルファへ手にした装置を見せる。
「魔素が多いと、この針が右に振れる。魔素が少ない、たとえばノースエンドシティだったら、一番左に針がある感じだな」
「……これも、魔道具の一つ?」
「ああ。これの素材になるのは、森虎の魔石と髭だ。そうだな、1日くらい奥地に入れば、出会うこともあるかもな。今回は流石に無理だろうが」
「ノースエンドシティであれば、手に入れることは可能?」
「あー、そうだな。珍しいものだが、奥地に行くパーティーなら必需品だ。探せばあると思うぜ」
サルファやクリス、アトロは、気になったものがあればすぐに尋ねる。それに答えながら、一行は草原を横断していった。
魔の森の境界領域、その終わりが近付いてくる。
この辺りになると、2~3m程度の高さの低木が多くなり、林の入り口、といった風情だ。
「ここらから鹿やら猪が出てくる。普通は近付いてこないが、発情期とか子育て中だと突進してくることがあるから、注意だ。まあ、今の時期は大丈夫だ」
「注意しないといけないのは、大型の肉食魔物が増えてくることよ。この辺だと、縄張り争いに負けた若い個体なんかが急に来ることがあるわね。手負いだと凶暴になってるし、冒険者3年目くらいの試練かしらねぇ」
レイダスは、斥候役として数百mほど先行している。今、サルファ達相手に解説しているのはナディラとグラヴァーだ。
ナディラは、手に短槍を構え警戒中。
残りの4人は、邪魔にならないよう固まっている。
「そういうハグレが出て来てないか、ここで警戒するのがいつものやり方。でも、見た感じは今日は大丈夫そうね。ちょいちょい、ディアの気配があるし」
そんな雑談をしていると、ピィ、と短い笛の音が鳴り響いた。
「レイダスね。安全確認が終わったわ。私達も進みましょう」
ちなみに、後ろからバックパッカーがついてきているというのもあり、野生動物たちは普段よりかなり遠巻きに様子見しているらしい。
こんな重量物がのしのしと歩いているのだから、さもありなん。
「木の近くは気をつけてね。蛇が落ちてくることがあるわ」
「分かった」
ナディラの忠告にアトロが頷き、間髪入れずに傍の木の幹を蹴り飛ばす。ミシリという音が響き、枝葉が激しく揺れる。
突然の行動に驚くナディラ、グラヴァー。
更に、木から落下する何かを、アトロが掴み取った。
「蛇が居た」
首を掴まれた蛇はどうすることもできず、せめてもの抵抗か、アトロの腕に絡みついていく。
「……凄いな。いや、流石に俺でも気付かないぞ、これは」
「蹴りの威力が尋常じゃないわねぇ……」
別々の視点でアトロを評価する冒険者の2人。
<パライゾ>側の3人は、アシストスーツは身に付けているが、力量評価という意味で現在はアシスト機能は使用していない。
アトロは器用に、自身の尻尾を第3の足として大地を捉え、蹴りの威力を強化したのだ。
そして、それを一目で見抜くナディラの観察眼も、侮れない。
「普通の蛇?」
歩きながら、アトロは蛇をじっくり観察している。
「無毒のクサヘビだな、そいつは。それで成体だから、食いでも無いし、皮も使えない。毒にも薬にもならない奴だ」
「そうか」
掴んでいた手を離し、軽く腕を振るアトロ。
蛇はするりと体を解き、腕の振りで遠くに飛んでいった。
「……アトロ、さんもだけど、戦うのは得意なのかしら?」
「アトロでいい。体を使う、ということにおいては得意と言っていい。戦闘は可能。ただ、いわゆる魔物に対して有効な体術なのかどうかは分からない」
サルファ・クリス・アトロと後ろのバックパッカーは、情報的に直結されている。情報処理自体もバックパッカー搭載の演算装置を使用しているため、人形機械単体よりも遥かに能力は高い。
4機のセンサー情報を統合して処理できるため、空間把握能力は高く、それに精密な機体制御を合わせれば、並の敵対存在など鎧袖一触にできるだろう。
ただ、その予想を覆しかねない力を持っているのが、魔物という種なのだが。
「こっちだ! 魔物の痕跡はないぜ。それと、この先に小規模な魔素溜まりがあるから、そこで採取をしていこう。しばらく冒険稼業はできてなかったからな、いろいろ期待できるぜ」
「ちょっとレイダス、そういうことを言わないの!」
冒険稼業ができなかった、というのは、<パライゾ>がノースエンドシティを制圧していたからだ。
敵対的行動でない限りは特に制限は行っていなかったが、それでも自身の拠点が大変なことになっている状況で、普段どおり魔の森にアタックするような強者は極少数だ。
それを当て擦っているような事をポロリとこぼしたレイダスに、慌ててナディラがフォローする。
「おっとすまん! サルファさん達に文句を言ったわけじゃねえ、同業が少ないから儲けが期待できるって意味でな……」
「サルファでいい。それと、批判などではないことは理解している。気にしないでいい」
大きく息を吐くレイダスとナディラ。グラヴァーは我関せずといった風情で、ずんずんと歩き続けている。
「もうレイダス、その軽い口、この依頼の間だけでいいから閉じておいて!! ほんともう、信じられない!」
「いやぁ……マジですまん」
途中、木々の密生地を避けるために迂回などしつつ、彼らは目的の場所に到達する。
「ここが、ノースエンドシティから一番来やすいホットスポットだ。普段は冒険者達が帰りに寄って採取していくような所だから、ほとんど何も残っていないけどな。今日は取り放題だろ」
「教えてもらっても?」
「もちろん! グラヴァー、頼むぞ!」




