第175話 ノースエンドシティ
「……魔の森に調査に出たい?」
「そうだ。魔の森に生息する魔物の生態は、非常に興味深い。積極的に調査を行いたい」
ノースエンドシティに存在する"冒険者ギルド"のギルド長は、現在の支配者である<パライゾ>の代表者と会談を行っていた。
相手は、狐の耳と尻尾を持った、長身の女性である。ブラウンの癖毛が特徴の彼女が、現在の<パライゾ>駐留軍の渉外担当のようだった。
「……。それは、我々の持つ情報を提供せよという要請か?」
「いや、案内人などを付けてもらうだけでよい。調査はこちらで行う」
ノースエンドシティにおいて、冒険者と、彼らがもたらす魔物という資源は、街存続の生命線だ。武力で支配下に置かれたとは言え、全てを差し出せと言われて素直に承服できるものではない。
だが、<パライゾ>の代表者は、そういった横柄な態度を取ることはついぞ無かった。
「調査が主だ。魔物を狩り尽くす意図はないし、そういう意味では、あなた方の仕事を奪うつもりもない。ただ、魔物、ひいては魔の森について最も詳しいのは、あなた方冒険者であると認識している。ゆえに協力を要請している。もちろん、適切な報酬は支払うと約束しよう」
彼女らは、力をもってこの冒険者の街を制圧した。
故に、住人たちは<パライゾ>に対し一定の敬意を払っている。
彼女らが、住人たちに対し理不尽な暴力を振るわず、それだけでなく食料や布など必要な物資の提供まで行っているということも、その評判に一役買っていた。
ギルド長は思案する。
冒険者ギルドは、粗野で暴力的な冒険者という人間たちを力でまとめ上げるために生まれた組織だ。
日々魔物と戦いを繰り広げる彼らは、一般人とは隔絶した力を持っている。
彼らが暴力をもって訴えれば、戦いを生業としない人々では太刀打ちできない。
しかし、彼らが好き勝手に振る舞えば、たちまち街は崩壊してしまうだろう。
冒険者ギルドは、力をより大きな力で抑え付けるという方法で、ノースエンドシティの秩序を保っていた。
「……。分かった。ウチで一番理性的なやつらを付けるよう手配しよう。だが、森に入るにしても、最低限の実力は無いと困るぞ」
「問題ない。基本性能は、この街を制圧した兵らと同じだ」
ノースエンドシティを制圧した兵士。それは、現在も街角を定期的に巡回している、狐の耳と尻尾を持った人形機械だ。
彼女らは、抵抗する冒険者たちを丁寧に無力化していった実績を持っている。
「そうか。それなら、まあ、問題はないだろう。多少反骨心がある者が混じるかもしれんが……」
「問題ない。ねじ伏せる」
「……そうか」
ギルド長は、力に訴える傾向が強いとは言え、曲がりなりにも組織のトップだ。
<パライゾ>から要請があれば、どんなに苦々しく思っていたとしても、応えざるを得ないと理解できている。
冒険者たちのほとんどは、力を示した<パライゾ>に叛意を抱くことは無いだろう。
だが、一部は未だに、反発しようとしている。
特に、魔の森で大半を過ごすような生粋の冒険者の中には、自身のプライドから<パライゾ>を認められない者もそれなりに居るのだ。
「報酬は、そうだな。我々はこの街の通貨を十分に得ていないため、基本は現物支給となるが問題ないか。1週間以内には、我々が店を開店させる予定もある。そこで使用できる通貨を渡しても構わないが」
「あー……。そうだな。ギルドに物資を回してくれるというのであれば、金で支払っても構わん。そこから見繕ってくれ」
<パライゾ>は、街を支配したにも関わらず一切の略奪行為を行っていない。
つまり、彼女らは現金を持ち合わせていないということだ。言われてみれば、その通りである。
あと、店を出すというのは初耳だ。何を売るつもりなのか。
「店舗については、別途相談させてもらうが、主に食料や生活必需品を予定している。もちろん、既存の商売人にも十分配慮はするので、安心してほしい」
「あー……そうだな。考えていただけるのならありがたいが」
ペースを乱されっぱなしだ。ギルド長はため息を吐いた。
相手は支配者だと、いろいろと覚悟して会談に臨んだのだが、徒労に終わっている感がある。
駆け引きなど、あまり考える必要は無さそうだった。
「それから、調査団の拠点となる補給基地を、郊外に建造させてもらう。土地の使用に関して、気にする必要が有るか?」
「壁の外なら、街道の上とかじゃなけりゃ好きに使ってくれ。街の中は、商業ギルドあたりが仕切ってることが多いがな。ウチは見ての通り、壁の中じゃないと満足に寝ることもできないからな」
魔の森に近いという立地上、どうしても周囲に魔物が出てくることがある。
塀に囲まれた街の中でないと、確かにまともに生活はできないだろう。
「そうか。では、基地建設は好きにさせてもらおう。
そうそう、これまでは色々と要請していたが、段階的に解除していく方針だ。自警団による活動も、近々再開の許可が降りるだろう。
代わりに、我々による巡回は減らすことになるが」
「……了解した。今後、あなた方はどんな立場になるのかね」
ノースエンドシティの実質のトップは、この冒険者ギルドである。領主は存在しない。商業ギルドの力もそれなりにあるが、冒険者ギルドに比べると、影響力は一段落ちる。
その権力構造に、<パライゾ>はどう絡んでくるのか。
「そうだな。まあ、領主のような存在と認識してほしい。ただし、基本はこれまで通り、あなた方の自治に任せることになる。我々が口を出すのは、明確に我々に対して反抗の兆しありと判断したときだけだ。例えば、そうだな。我々に対するレジスタンスの鎮圧を、あなた方が失敗したような場合に、我々は実働部隊を派遣することになるだろう」
「……。滅多なことでは干渉しない、という理解で良いか?」
「その認識で間違いない。我々の目的は圧政でも搾取でもない。敢えて言うならば、土地だ。幸い、アフラーシア連合王国は土地だけは広いだろう? そういう意味で、我々はあなた方とは共存できると考えている。反抗するなら鎮圧するが。基本は、好きにやってもらって構わない」
<パライゾ>の目的の一部が伝えられたのは、これが初めてかもしれない。
ギルド長は、<パライゾ>の目的について理解しようと、必死に頭を回転させる。
「王都や他の街との交流が、今は途絶えているが、それも再開するのか?」
「許可しよう。街道も、近々整備を始める。今後はより行き来が楽になるだろう。ああ、心配はしなくていい。他の街も我々が制圧済みだが、ここと似たようなものだ。徐々に日常に戻ってもらえるだろう」
ギルド長が、<パライゾ>の放任主義を心から理解できるには、まだまだ時間がかかりそうだった。
◇◇◇◇
ノースエンドシティは、その北側から西側にかけて湖が隣接している。これは、生活用水という意味もあるが、魔物の侵入を防ぐために重要な立地だ。
そして、その東側。2kmほど離れた場所に、ギガンティアから空中投下された重機が工事を開始していた。
これを制御するのは、一足先に設置された戦略級AIである。
今回AIとして選択されたのは、オリーブの神経接続網をコピーして作られたO級AI<コスモス>である。ただし、制御装置として選択されたのは、頭脳装置ではなく、光回路神経網を使用した大型の演算装置だ。
頭脳装置と比べて、容積的におおよそ8倍程度の大型となるが、全情報を量子化可能で、バックアップや外部機能統合などに柔軟に対応可能な演算装置である。
今回、魔の森の調査に当たり多数の端末を運用する必要があるが、ブレイン・ユニットを使用するとその個体が失われた場合に貴重な情報が損失する。
そのため、バックアップやリアルタイム同期が容易な、電子回路ベースの演算装置を使用することにしたのだ。
その制御と統括にも、親和性の高い電子回路ベースの光回路素子が必要になる。
思考の柔軟性、という意味では、ブレイン・ユニットとさほど遜色ない演算能力を持っているため、これまでの運用経験も十分に適用できるだろう。
<コスモス>は、当面、調査浸透用の装置製造を担当することになる。




