第174話 燃石の技術検証(2)
燃石の見た目は、ピンク色の水晶だ。表面は凹凸が多く、光が乱反射するためややくすんだ色合いになっている。
最大の特徴は、圧力を加えると発熱すること。
そしてその硬度は、正確には測っていないが、石英と同程度。
では、硬度を上回る圧力を掛けるとどうなるのか。
「まずはやってみましょう」
硬度計に燃石をセットし、力を加える。
「お? 変形するんですね」
徐々に加えられる圧力に、刃先が僅かに燃石に食い込むのが確認された。
しかしその後、鈍い音とともに燃石は破砕する。
「う、わっと」
破砕した燃石は、高温を発しつつみるみる小さくなっていった。
「すごい発熱ですが、一気に消えましたね」
砕けた燃石は、急激に発熱しつつ、その質量を無くして消えてしまった。
恐らく、発生した破片全てに高圧が掛かった判定で発熱したのだろう。砕けたことで個々の質量が減っており、質量消失が早くなったものと思われる。
「んー、一応塑性変形はするんですね。おっと、硬度計が壊れちゃいましたね。すごい熱量です」
燃石が発した熱で、硬度計の熱に弱い部分が完全に壊れてしまっている。樹脂部品や電線の被覆などが溶け落ち、金属部分も熱膨張でガタガタになってしまっているようだ。
「水中でやりましょう! 水中対応の装置がいりますねぇ」
というわけで、急遽水中用の加圧機の製造を<リンゴ>に依頼。
しばらく時間が掛かるため、出来上がるまでは手作業で検証を続けることにする。
まずは、水中で同じように高圧で破砕する実験を行う。
万力で挟み込み、力を掛けていく。
「ふーむ。水中であれば発熱は最低限。砕けた塊も、ほとんどが残ったまま。小さい破片は消えましたね! 砕くのは、水中であれば可能ですね!」
水中であれば、発熱現象が抑制される。
細かい破片を作りたければ、水中で破砕すればよいようだ。
それと、水中で加圧したため、塑性変形もしっかり確認できた。
万力との接触面が、僅かに平らに変形している。
「加圧機が出来たら、精密測定してみましょう! 削るだけじゃなく、可塑性があるなら多少形を整えることができそうですね!」
燃石は、加えた圧力によって発熱量が変わってくる。
しかし、自然に採掘したままのゴツゴツした形状では、均一な加圧が難しい。
接触面から加熱が始まってしまい、場所によって発熱量が変わってきてしまうのだ。
「まあ、最終的には発生する熱で燃石全体が発熱するようになりますがねぇ……」
その過程で何らかの損失が発生するようで、形の悪い燃石ほど、効率が悪い傾向がある。これも、まだ統計は取っていないため単なる予想だが。
「端面を平らにできれば、発熱効率が上がりそうです!」
ひとまず、効率の良し悪しを測定するため、端面を平らにした燃石塊を量産することにした。
水中で作業する必要があるため、一般的な工作機械は使用できない。
時間は掛かるが、ロボットアームを使用して1個1個削っていくしか無い。
「うーん……。思わぬ待ち時間ができてしまいました。……よし、発熱時の物性記録を少し解析してみましょう!」
燃石塊を加圧して発熱させた後、発熱が収まるまでを記録したデータの解析を行う。赤外線、可視光、レーダーポイント、重量、電磁波など、様々な物性を記録したものだ。
「側面を挟み込んで加圧。おっ。発熱が始まるのは、加圧面なんですね!
コンマ1秒程度で発熱は塊全体に遷移。ほうほう、この発熱伝播は質量に依存するのでしょうか?
後で、別の奴でも確認してみましょう。
ははぁ、塊の形が均一でないと、この発熱伝播速度が変わるみたいですね!
検証項目に追加しましょう!
発熱開始後、質量消失は……基本的には均一に減少。ただし、発熱開始時のみ、減るのは発熱箇所のみ。
質量消失は発熱と連動しています。やはり、質量が直接熱に変換されていますね!
反物質との対消滅って訳でもないのに質量が熱に変わるとか、意味分かりませんねぇ……」
ちなみに、核分裂や核融合も、質量が熱に変換されるという現象が発生する。乱暴に言うと、エネルギー保存の法則により、反応前の質量と熱エネルギーの総和が、反応後の質量と熱エネルギーの総和と等しいということだ。
「でも、この燃石は核反応や核融合を行っているわけではありません。そもそも、構成分子が消失したにしては発生する熱量が少なすぎますね。
やはり、燃石は通常の分子構造ではないと推測できます!」
燃石の元素の同定はできず、何度やっても一定した結果が出ない。
これは即ち、電子、陽子、中性子からなる原子ではないと考えられるのだ。
「一応、電子顕微鏡で観察はしましたが、見た目は通常の物質なんですよねぇ。一応、単一の原子が並んでいるようには見えるんですが」
見たところは、原子が規則的に並んでおり、原子、ないしそれに近い何かが集まって出来ているというのは間違いない。だが、その正体が不明だ。
「物性というと、少なくとも電気は通さない。結構電圧を掛けたんですが、絶縁破壊が起きる気配もありません。良質な絶縁体として使えたりしませんかね?」
細かいところは<リンゴ>に丸投げするとして、アサヒは考える。
「魔法的な解釈をすると、例えば、魔力で構成された原子のように見える何か。原子ではないので電気は通さないし、従って絶縁破壊も起きないとか。うーん、ただの妄想ですね。まあ、それはいいでしょう」
いくつか、端面を整えた燃石が出来上がったため、実験を続けることにする。
「さて、この万力にピッタリのサイズですね。では加圧していきましょう!」
それから、アサヒは様々な加圧、発熱の記録を行っていった。
発熱によって失われる構造体は、表面から。内部の構成体は失われないため、スカスカになったりはしないということだ。
また、高圧を掛けると、加圧面が崩壊しながら急速に発熱する。この場合は、超高温になるのは加圧面だけで、内部は通常の圧力印加時と同様の発熱を保つ。
しかし、加圧面の高温化による加熱が発熱を促すようで、結果的に塊全体が急速に消失しながら発熱していく。
そんな組み合わせをいくつか試していた中、アサヒは重要な現象を発見した。
「んっ? 両端が発熱……んっ?」
単なる思いつきの組み合わせで、2つの燃石塊を万力で挟み込んで加圧したのだが、発熱を開始したのが万力と接する両端のみに見えたのだ。
「んー……。水中でやってみましょう」
燃石を2個挟み込み、加圧を行う。反応自体に、おかしな所は見られない。
だが、加圧をやめて万力を外しても、2つの燃石は外れる様子がない。
「いやー、これは大発見では? ちょっと調べてみましょう」
2個の塊を両側から加圧した場合、両側はもとより、中央の接触面にも圧力は発生する。即ち、両側と中央で発熱が始まるというのが、これまでの観察から予想される結果だ。
しかし、そうはならなかった。
発熱は両側から発生し、中央部は発熱しなかった。
「ふーむ……。見事にくっついていますねぇ!」
端面を接触させた燃石塊は、その接触面が綺麗に融合していたのだ。通常の物質では、こんな現象は発生しない。一切の不純物を取り除き、原子単位で表面を一致させれば接合できるかもしれないが、こんな適当な環境で、継ぎ目も観察できないほど融合するのは異常だろう。
「これはこれは! 単に押し当てれば融合するんでしょうか?」
条件を色々と変えて検証を続けた結果、結晶融合の条件が判明した。
燃石同士を接触させた状態で圧力を加えると、接触面が融合する。
表面積の12分の1以上が融合した時点で、同一の結晶扱いとなる。
水中以外で加圧した場合、発熱と質量消失が発生するため、事実上融合は不可能。
水中で加圧する場合、一定以上の大きさであれば失われる質量はほぼゼロ。
接触面は一致している必要があるが、表面凹凸が100分の1ミリメートル程度であれば、塑性変形により完全に融合する。
「なるほど。砂状だとさすがに難しそうですが、数cm程度の塊であれば、うまく組み合わせれば綺麗に融合できそうですねぇ!」
こうして、アサヒの調査により、巨大燃石の製造方法が確立されたのだった。




