第171話 閑話(ディアラトライン王国)
ディアラトライン王国は、内陸国家だ。
北を麦の国、東をアフラーシア連合王国、南をソルティア商国、西をアイロニア王国に囲まれており、資源を産出する国土も、技術も十分に育っていない。
しかし、アフラーシア連合王国はさておき、3国と接しており、また国土内に大きな河が流れているという立地を活かし、物資集積を行う貿易国家としてある程度の繁栄を享受していた。
南北を貫く大河は広く大きく、北は麦の国、南はソルティア商国を繋ぎ、海洋までの航行を可能にしている。
西側にもそれなりに大きな湖があり、そことアイロニア王国との取引が可能な立地だ。
大河は塩と麦を運ぶ道となり、西からは鉄鉱石や鉄を運び入れる。
それらを自身の国へ集積し、各国へ輸出する。
多くの商人が国内を行き来し、それに伴い様々な物資も集まってきていた。
更に、近年は紡績にも力を入れている。
麦の国から輸入する良質な綿を使用し、大量の綿糸、綿布を生産しているのだ。
豊富な水資源を使用し、水車を使った自動機械も導入している。
最近は、レプイタリ王国から輸入した大型の蒸気機関を利用した工場も増えている。
燃料となる燃石は、アフラーシア連合王国側の荒野から採掘を行っていた。
特に最近は、燃石がレプイタリ王国に対して高値で売れるということもあり、かなりの外貨獲得手段となっていた。
だが、アフラーシア連合王国は謎の集団により全土が占領された。
燃石の採掘量を増やそうと力を入れ始めた最中であったため、アフラーシア連合王国の玄関街、西門都市から齎されたその情報は、首脳部に多大な衝撃を与えた。
折しも、燃石獲得拡大のため、優秀な外交官を派遣したタイミングだった。
ゆえに、その報告は誇大妄想や相手のブラフではない、と十分に信じられたのだ。
相手は、既に国境線を確定させている。
具体的には知らされていないものの、ディアラトライン王国が建設している採掘場は、そのほとんどを放棄せざるをえないと思われた。
既にいくつかの砦を、謎のゴーレム使いによって奪取されたという連絡が飛び込んできている。
西門都市の大使からの報告によれば、アフラーシア連合王国を占領した集団は<パライゾ>を名乗り、僅か1日にして西門都市、および近隣のグレートホースタウンを武装解除、占領を行ったらしい。
更に不確定情報ながら、既にアフラーシア王都まで占領が完了しており、周辺各国に対して全土掌握の通達が行われる直前であるとか。
そんな状況では、下手に手出しを行うのは危険だった。
ましてや、相手の戦力もわからない状況で、採掘場の奪還を行うなど愚の骨頂である。
まずは情報収集が先決だった。
このあたりの判断は、王国が長らく貿易国家として繁栄していたという歴史が大きく関わっている。
貿易は、即ち情報戦だ。
いち早く正確な情報を掴み、相手を出し抜くのが利益を出すコツである。
<パライゾ>は危険だ。
首脳部は大使の報告、および砦からの連絡により、即座に今後の方針を決定した。
それはまさに英断だった。
決して逆らってはならない相手、それが<パライゾ>である。
国外への対応は、それで問題なかった。
だが、彼らは国内の対応を見誤った。
なまじ自身が優秀であったため、地方の、それもアフラーシア連合王国の国境を担当する辺境伯の能力を、過信していたのだ。
辺境伯は、燃石の採掘停止による財源喪失を恐れた。
そして、<パライゾ>の力を過小評価した。
更に、王国首脳部への反骨心も大いにあった。
これを機に王族は辺境伯の力を削ごうとしていると思い込み、反発してしまったのだ。
ゆえに、自身の擁する精鋭を、常備軍を最大の採掘場奪還に向かわせてしまった。
首脳部がその事態を把握したときは、全てが終わっていた。
辺境伯の攻略部隊は壊滅。
<パライゾ>の操るゴーレム部隊が領内へ逆侵攻し、国境線を守る砦のほとんどが破壊。常駐兵力は、蹴散らされていた。
兵士そのものが積極的に狙われなかった、ということだけが救いだろう。
砦の崩壊に伴って死傷した兵も多いが、大半は逃げ出してその命を繋いだのである。
<パライゾ>は砦を破壊した後、略奪も追撃も行わず、そのまま帰っていったらしい。
王国が軍を編成し、現場に辿り着いたときは、完全に破壊された砦と、踏み荒らされた大地だけが残っていた。
<パライゾ>は僅か数時間で全てを蹂躙し、そのままアフラーシア連合王国側へ戻っていったらしい。
自然災害の如くであった。
当然、この事態を把握した首脳部は絶望した。
元々国際情勢は悪くなく、ディアラトライン王国の兵力は少ない。それも、ほとんどが国境警備に割り振られており、侵攻に即応できる軍は1000人に満たないのだ。
この状況で、もしも<パライゾ>が国内に侵攻してきた場合、対抗する手段が無いのである。
最悪、領土の割譲まで覚悟して、大使は<パライゾ>との交渉を行った。
結果、<パライゾ>は特に何の賠償も求めず、ただこれまで通りの取引を行うこととなった。
普通であれば、相手が弱腰と見て強気の態度を取るのが正解なのかもしれない。
相手は、国内に侵攻できるほどの兵力を持たないと判断できるからだ。
だが、<パライゾ>と実際に相対している大使は、そして大使を信頼している首脳部は理解していた。
<パライゾ>は、ディアラトライン王国に対し何の脅威も感じていないと。
国境を侵された事も、繰り返さなければそれでいいと、そして国境砦の破壊という警告のみで水に流すと。
まあ、恐らくは、次は無いという脅迫ではあったのだろうが。
逆に言うと、その程度で帳消しにしてくれるということだ。
当事者である辺境伯は喚いていたのだが、時勢も読めないボンクラである。
領民にも見放され、王族は切り捨てを決断した。
救援にと派遣した軍を使い、そのまま辺境伯とその一族を拘束。辺境伯領は取り潰しとなり、新たに王族直轄地として編入されることになった。
自身の行いにより、恐れていた領地接収を行われてしまったのだ。
余計なことをしなければ、アフラーシア連合王国との直接交易によって大いに繁栄するという未来があったのだが。
それはさておき。
燃石採掘という基幹事業の一つを失ってしまったディアラトライン王国は、国策の転換を余儀なくされる。
国内に鉱山などは多少存在するが、それを大々的に開発する技術もなく、そもそも埋蔵量も不確かだ。
そこで、綿糸および綿布の大量生産とその輸出に舵を切ることになった。
大型の蒸気機関を輸入し、生産工場を拡大する。
生産した綿糸、綿布を輸出し、燃料となる燃石を獲得する。
工場建設ラッシュが始まり、蒸気機関を扱う技術者も大量に必要になった。
蒸気機関は鉄の塊であり、工場自体も大量の鉄を使用する。
鉄の輸入から始まり、最終的には製鉄までも行うことになる。
これらに伴い、鉄製部品を製造する工場も多く作られた。
今後、ディアラトライン王国は、原料輸入・製品輸出大国として発展していくことになる。
また、綿布も単なる輸出にとどまらず、服飾生産技術も大いに向上した。
これに伴い、最先端のファッションを周辺国家へ提供する、ファッションリーダーとしての地位も確立される。
流行の最先端として中心的な役割を果たしたのは、皮肉にも、取り潰された辺境伯の領都であった。
なぜか、祭りで獣耳や獣尻尾を付け着飾る風習も出来上がった。