第166話 叡智の講堂
アフラーシア王都の上層部とその戦力を押さえた<パライゾ>部隊は、完全掌握のため、次の一手に取り掛かった。
まずは治安維持のため、これまでほとんど使用していなかった二足歩行の警備機械を導入する。
使用していなかった理由は単純で、必要無かったからである。
支配下に置いていた街はどれも規模が小さく、大した戦力も持っていなかったのだ。
そのため、適当に設置した監視塔のみで全ての把握が可能であり、適切に人形機械を投入することで治安を維持できていた。
しかし、さすがに王都の規模になると、手が足りなくなる。
「管理社会ねぇ」
その光景を見た彼女は、そう呟いた。
制御装置を収めた一抱えほどの大きさの胴体部から、逆関節の脚部が二本生えている。
前面部には、複数の関節を持ち、伸縮可能なフレキシブルアームが1本備えられており、両側に暴徒鎮圧用のスタンガンを装備。
上部にはセンサー類が集中しており、簡易の飛行ドローンもくっついている。
歩行時の高さは、およそ1.5m。
おおよそ、大人の肩の高さ程度であろうか。
これ1台で、周囲数百mの監視・制圧が可能な処理能力を持っている。
もちろん、非武装の民衆相手、という但し書きは付くのだが。
そして、この警備機械が、人形機械に付き添った状態で、大通りをのしのしと歩いていた。
こんな得体の知れない物が動き回っているせいで、人通りは少ない。
「数日中には、情報が行き渡るよう調整しています」
既に浸透済のスパイ網から、発信力のある有力者などは把握済みだ。
そういった情報のハブとなる人物に対し、人形機械が直接説明と、場合によっては説得を行っている。
情報が行き渡れば、人形機械は順次引き上げる予定だ。
「食料の運搬も再開しました。戒厳令も同時に解除できるでしょう」
「人形機械も増産はしてるけど、現地人に任せられるのが一番楽だしねぇ」
行政府の掌握は行っているが、<パライゾ>からの派遣人員は徐々に減らしていきたい。
最終的には、トップに対する指令のみで街が、国が回っていくというのが理想だろう。
そのためにも、人心掌握は欠かせない。
「と言っても、王都も思ったほど人口は居なかったけどね」
「この文明レベルであれば、妥当かと推測します。基本的に、食料生産量に依存しますので」
アフラーシア連合王国の食料生産地は、主に王都南に位置する小麦の丘都市である。
小魚を多く獲れる広大な湖が近くにあり、魚肥を使った小麦生産を行っている都市だ。
ちなみに、湖には小魚しか居ないため、魚肉の利用は進んでいないようである。
水揚げできる小魚の量はある程度決まっており、そこから生産可能な小麦の量も、減ることはあっても増えることはまずない。
アフラーシア連合王国の国土はほとんどが荒野であり、畑を増やそうにも、そもそも植物が育たないのだ。
「化学肥料を入れれば、一気に増やせそうだけどね」
「スラム街の住人たちを労働力にすれば、可能かと」
大型重機を入れればすぐに、かつ大規模に生産可能だろうが、大量の小麦を作ったところで特に利用用途はない。
であれば、<パライゾ>のリソースは極力使用せず、現地人に働いてもらうのが良いだろう。
「まあ、その辺はいいように進めてもらって。王都近郊拠点は、順調かしら?」
<ザ・ツリー>が、アフラーシア連合王国を制圧したのは、結局、横槍を気にせず好き勝手開発するためだ。
国土のほぼ真ん中に位置するアフラーシア王都近郊に、ハブとなる大型拠点を建造するのが、当面のタスクである。
「はい、司令。既に予定していた重機の空輸は完了しています。滑走路の整備は、48時間以内に。例のワイバーンは、簡易倉庫に搬入済みです」
「王都で騒ぎになったってのは聞いたけど、実際どんなもんだったの?」
墜落したワイバーンを回収し、王都近郊拠点へ空輸したのだが、その姿は当然ながら、王都から丸見えだった。
そのため、かなりの騒ぎになったと報告だけは聞いていたのだが。
「はい、司令。建造物の高さが低いため、ほぼ全域から観測されていたようです。おおよそ、あんなものを仕留める勢力には勝てなくて当然だ、という論調の言論が蔓延しましたので、威圧効果は抜群でした」
「いやまあ、いいんだけどね」
王都制圧直後、周辺管理用に、I級戦略AI<イチョウ>が設置された。
さすがに<ザ・ツリー>から2,000km以上離れた拠点を遠隔で制御するのは、ロスが大きすぎるのだ。
第2要塞ですら、ラグの問題で全力を発揮できていない。
まあ、こちらは遠隔制御など様々な技術検証用途ということもあり、固定された戦略AIを用意していないのが原因なのだが。
そして、<イチョウ>は、王都の治安維持の一環として、分かりやすいイベントを開催したというわけだ。
伝説の<ドラゴン>すら打倒しうる力を持った勢力が、このアフラーシア連合王国を完全に占領したと喧伝したのである。
「現地人統治のためのノウハウは、順調に蓄積しています。今後は、統治用AIとしてI級を投入していきましょう」
「そうね。ウツギやエリカもそろそろいい感じだし、独立部隊の運用もできそうかしらねぇ」
◇◇◇◇
それは、僅か1日で建設された、荘厳な講堂だった。
外側も、その内部も、輝かんばかりの白色に統一されており、緻密な幾何学模様が表面を覆っている。
ドーム状の建物は綺麗な円形を保っており、市民達は誰も、これほど精緻な建物を見たことがなかった。
「こ、ここは……」
そして、その講堂の前に集められたのは、アフラーシア王都を代表する公爵達である。
長年にわたって国の舵取りを行ってきた重鎮達が、重武装の人形機械達に囲まれ、講堂を見上げていた。
「今後、我々からの指示はこの講堂内で行う。3日に1度、必ずここを訪れること。特に指示がない場合は、これを続けること。問題なければ、我々は最低限の人員を残し、この王都から引き上げることになる」
「……」
そう説明されても、彼らには何とも答えようがない。
「既に実感してもらっていると思うが、抵抗しなければ、無下に扱うことはしない。不足している物資があれば、我々が融通する。ただ、これまでのように好きに動けないということだけ、理解してもらえればそれで良い」
これまで、彼ら公爵達は抵抗を試みなかったわけではない。隙を見て、あるいは真正面から、彼女ら<パライゾ>の支配を破ろうと抵抗したのだ。
しかし、その試みは全く成功しなかった。
全力で抗ったにも関わらず、彼女らはいとも容易く、彼らを無力化していった。
とはいえ、それも圧倒的な武力があってこそ。
<パライゾ>が、アフラーシア王都に対して多くの労力を割いているのは間違いない。
そして、未来永劫、武力で押さえつけるというのも難しいと、公爵たちは理解していた。
ゆえに、彼ら公爵たちへ、絶対の恭順を要求しているのである。
「それでは、中へ。入るのは、公爵、あなた方3人と、そうだな。供は2人まで許可する」
そして、選ばれた9名が、講堂の正面扉前に立つ。
「内部で指示に従うこと。我々は外で待つ」
彼らの目の前で、ゆっくりと扉が左右にスライドしていく。そこが開ききったところで、9名はおずおずと、その中に入っていった。
彼らが足を踏み入れると同時、床にライトが点灯する。それは、一直線に、中央に設置された祭壇のような何かに向けて、道標となった。
「……行くしか、無いか」
内部は、ひんやりとした空気に満ちていた。
一行が動き出すと、背後の扉がゆっくりと閉まっていく。
やがて、彼らは講堂の中央に到着した。
ブン、と音がし、一行の目の前に、巨大な映像が表示される。
それは、<パライゾ>の使用する、狐の耳を持った女性の横顔を模した意匠のアイコンだった。
『ようこそ、公爵一行』
講堂内に、音声が響く。
『私が、これからあなた方との対話を行う<ユィマイア=イチョウ>です。
私の使命は、あなた方を導くこと。
そして、このアフラーシア連合王国に平和をもたらすこと。
3日に1度、扉が開かれます。
安心して下さい。
我々は、あなた方の繁栄を望んでいます』




