第162話 アサヒ・オン・ステージ(2)
「ここまでは、現在観測できている理不尽な現象の解説でしたが!」
アサヒは、ここでスカートのポケットから取り出した丸メガネを、スチャ、と装着した。
「次は、テレク港街で行った実験の結果を発表します!」
「あらかわいい」
「ありがとうございますお姉さま!! <リンゴ>に作ってもらいました!」
そして、表示するのは実験に至った経緯。
「さて、何度か魔法戦士がこの火球の魔法の演習を行っているところを記録しました。
その結果、この火球を使う人物、ここでは術者と呼称しますが、術者によって火球の現象が変わるということが確認されました。
具体的には、これです。
ひとつ、火球の威力。発生する熱量、温度の違い。
ふたつ、火球の速度。手元に発生してから的にぶつかるまでの速度。
みっつ、火球の弾け方。弾ける範囲、飛び散る火花の数、速度。
全て個人によって異なり、共通項も見つかりませんでした」
対象の人数は5名。
試行回数、それぞれ100回。
同一個人による火球では有意な差は見られず、差異は統計学、および周囲気温、湿度などの影響による誤差範囲内。
しかし、これが対象個人間での比較になると、同一と判定されるものは観測されなかった。
「そこで、この火球はそもそも同じ魔法なのか、という疑問が出てきました。
火球、と呼んでいるだけで、実は別の魔法なのではないか。
そもそも魔法は、同じ名称で同じ現象のものが発生するのかどうか」
「むしろ100回も撃たせたの?」
「お姉さま、無理強いしたわけではありません! 彼らが普段から訓練を行っていると言うので、観測させてもらっただけです!」
「ならいいけど……?」
「はい! それで、この火球を、誰に教わったのか、どうやって習得したのかを聞き取り調査しました!」
「それ、聞いて教えてくれるもの……?」
「はい! 皆、快く教えてくれました!」
満面の笑みで、アサヒはそう答えた。
<リンゴ>は首を振った。
「<パライゾ>から、命に関わるものでない限りは開示するよう命令しました」
「無理やり聞き出してんじゃん」
「そんなはずはありません!!」
自信満々のアサヒに、司令官はため息を付き、続きを促す。
「はい!
それで、聞き取り調査の結果ですが!
基本的には魔法の師匠から、火球の効果や威力、イメージを教えられ。
魔法を使って火を灯す、という訓練から、徐々に飛ばす、弾けさせる、といった技能を伝授した、とのことです!
あとは、できるようになれば自分で練習を繰り返す。
思ったとおりに炎を作り、飛ばし、弾けさせる。
そんな修行を行った、ということでした」
つまり、何かの呪文を唱えることで画一的な効果が発生するわけではなく、地道なトレーニングによって習得できる、ということだろう。
「個人の資質がどれほど関わっているか、というのは、申し訳ありません、現時点では不明です。
同じ練習量でも、上達が早い場合もあれば、全く上手くならない場合もあるようで、これはセンスの有無なのか、外的要因なのかも不明です。
とはいえ、個人のセンスとか、生まれながらの資質とか、そういったものに左右されている可能性は高いと予想しています!
魔法使いを親に持つ子供は魔法使いになりやすく、そして子供の頃から慣れ親しんでいたほうが習得も早く、威力も大きくなるようです」
聞き取り調査、ということで、アサヒはその結果を表示する。
結局、幼少の頃から鍛えたほうが優秀であり、成人してから始めるとなかなか難しいらしい。
そして、独学よりも師が教えたほうが上達も早く、また画一的な現象が発生しやすい。
「ですので、魔法に必要なのは、明確なイメージではないか、という仮説を立てました!」
アサヒは、独自の魔法観に基づき、魔法現象を予測した。
体内魔力、という概念があることは確認している。一日に撃てる火球の回数はほぼ一定で、個人によってその上限は異なる。
体内魔力の量、そして火球を発生させるイメージ、火球を発生させたいという意思が揃って、初めて魔法が発現するのではないか、という予想。
「魔力量の計測方法はまだありませんが、魔法戦士曰く、魔力が減ってくると体がだるくなるとのことです。
だるくなるということは、体内になにか変調が発生しているということですので、バイタルモニターで何らかの現象を捉えられないか、これは継続して検証中です!」
「検証中って。何かやらせてるの?」
「司令。訓練で火球を撃てなくなるまで繰り返させ、その状況を逐一モニターするということを数日前から実施しているようですが」
どうやら、魔法戦士5名は、ずっとアサヒに付き合わされているらしい。
「……いいけど。手当は出してるのよね?」
「はい! もちろんです、お姉さま! この最強美少女たる朝日の最高の笑顔をッあいたッ!!」
さすがに調子に乗りすぎたか、<リンゴ>にはたかれるアサヒ。
「あなたがやらないので、私の方から日当の割増と、食糧や酒などの嗜好品の優先配当を行っているのです。今のところは友好的な関係ですが、あまり無理をさせないように」
「アサヒ、限度は守りなさいよ」
「……は、はいお姉さま。大丈夫です、1日8時間労働は厳守しています!!」
「8時間やらせるとか鬼か!」
「司令、大丈夫です。アサヒに付き合うのはそのうち2時間程度で、残りは日常業務です。貴重なサンプルですので、無駄に消費しないよう監視は行っています。ご安心ください」
「お、おう……」
そんな人道的な会話を行った後。
アサヒは、さらなる実験結果を表示した。
「それで、イメージによる魔法の構築、これを検証するため、A群とB群に分けました。
A群は、それまでと同じ訓練を。
B群は、こちらで用意したイメージ映像と理屈の講義を行いつつ実践するという内容を。
それぞれ、2週間ほど続けました」
その結果。
「B群の使用する火球の魔法が、個人間の差異が少なくなるという、有意な結果を得ることができました!!」
特に、的に当たった後に爆発する現象について、繰り返し同じ、かつ理想的と思われる爆発映像を毎日確認させることで、安定して同じ結果を出すことができるようになった。
魔法の構築がイメージによるとすると、確かに、スロー再生によって細部まで確認できる映像を提供することは、イメージを作り上げる事に大きく寄与するだろう。
「さらに、B群は1日に撃てる火球の回数も、有意に上昇が確認されました。
仮に、火球を撃つことで体内魔力が減少する、と考えると、火球1発で消費する魔力の量が減ったのではないか、と想定されます!
これは、イメージが明確になったことで魔力消費量が軽減したのではないかと考えられます!」
「うーん。まあ、納得はできるわね。とはいえ、仮説でしょう?」
「はい、お姉さま! あくまで仮説であり、仮説で説明できそうな現象が確認されたというだけです! 仮説が間違っていないらしい、と言えるようになるには、もっとサンプル数が必要になりますね!」
サンプル数、すなわち魔法の使用者のことだ。
テレク港街は、戦力として5名の魔法戦士を確保していた。現在、テレク港街は<パライゾ>の活躍により非常に安全で安定した街になっている。
そのため、戦力は治安維持用の最低限で済むため、彼らはアサヒの実験に付き合うことが出来ていた。むしろ、役目が出来たということで喜んですらいるらしい。
アサヒは喋りたがりなため、彼らともそれなりに良好な関係を築いていた。
彼らも、自身の使う魔法という現象を的確に説明できるアサヒという存在に感謝しているようである。
「サンプルといえば、例のつよつよ騎士とか、ノースエンドシティの冒険者達とかは使えるのかしらね?」
「はい、お姉さま! 是非、火球以外の魔法も観測したいです! 特に、身体能力が向上するようなものについては!
脅威生物達の方も、可能な限り解析はしていますが、まだまだ分からないことばかりですので!」
アサヒは火球の説明で興奮しているが、どうやら脅威生物の方も並行して研究しているらしい。