第157話 貫通
「タイタン被弾」
『タイタン、ダメージコントロールを開始しました!』
「ぐぬぬ」
ワイバーンの放ったブレス攻撃により、自身の射出したミサイル数基が至近で爆発。垂直発射装置とその周辺の外装が吹き飛んだ。
ブレスの薙ぎ払い自体は、幸い大きな損壊は発生していない。
直撃を受けたミサイルが、熱によって弾頭と燃料を爆発させたのだ。
「飛散燃料による延焼を確認」
『消火装置作動! 発射管内のミサイル、強制パージ!』
隣接する垂直発射装置に装填されたミサイルが、ロック状態で放出される。火災による誘爆防止の処置だ。更に、艦内に張り巡らされたカーボンナノチューブワイヤーが張力を調整、破孔周辺の構造体の強化が行われる。
「消火完了しました。ダメージ分散機構、正常に動作中」
『ワイヤー張力、許容範囲内。応急修復装置群が対応を開始しました!』
当然、この間にワイバーンを野放しにしているわけではない。未だ無傷のオケアノスからは全力の射撃が続き、タイタンも被害が及ばなかった砲台は砲弾をばら撒き続けている。
「さすがに、ミサイル数発くらいじゃ墜ちないでしょうけど……」
タイタンシリーズの頑強さというか、ダメージコントロール技術については、司令官も承知している。
構造補強のため、艦内全体に張り巡らされたカーボンナノチューブワイヤー。そして、ワイヤー張力の調整による局所ダメージの分散化機能。
カーボンナノチューブは熱に弱いという弱点はあるが、そもそも可燃物を満載した艦である。
消火装置は、十分に配備されていた。
また、艦内を縦横無尽に移動可能なトラック・レールと、配備された作業機械群による迅速な補修体勢。外装の張替えはさすがに無理だが、破損した構造体の補強程度であれば可能だ。
ある程度のダメージを負ったとしても、構造体の崩壊による空中分解は防げるだろう。
「タイタン、現軌道での攻撃力が36%低下。射線確保のため、軌道変更を行います」
「……うう、心臓に悪い……」
緩むことなく続けられる砲撃に、時折飛び込んでくるミサイル。
その攻勢に翻弄され、ワイバーンは空中を右往左往している。
とはいえ、それでも基本的な飛行速度は落ちていないし、ほとんど手傷も負っていない。
非常に厄介な相手だった。
しかも、あの謎のブレスの威力を考えると、直撃すればタイタン級も危ういだろう。
「先程のブレス攻撃は、タイタンの耐熱構造体を蒸発させる威力がありました。同一箇所に0.3秒以上連続で照射を受けた場合、外装部を貫通します」
タイタン級の外装は、火災に対応するため耐熱塗料でコーティングされている。どうやら、ブレス攻撃でその耐熱コーティングが蒸発しているらしい。コーティング下はアルミ合金の薄板であり、耐熱性は皆無である。コーティングが蒸発してしまえば、容易に貫通するだろう。
『飛行型だからこそ、遠距離攻撃に対する防御力が高いのかもしれません、お姉さま。
あの速度で飛行できて、更に遠距離攻撃に対応できれば、ほぼ無敵ですし』
「……環境適応ということ? とはいえ、そうね。あの<レイン・クロイン>はとにかく硬かったけど、このワイバーン、さっきミサイルで傷付いていたわね」
「<レイン・クロイン>は外皮から体内組織に至るまで非常に頑強でしたが、ミサイルの威力から計算すると、あそこまでの強度は無いと想定されます」
<リンゴ>の報告に、彼女は頷いた。面倒な防御膜を纏ってはいるが、その下は対応可能な程度の硬さ、ということである。
であれば、防御膜さえ剥ぎ取ってしまえば、こちらのものだ。
「戦闘機B群、規定距離に到達。全機、AAMを発射しました」
『この距離なら、終末速度はマッハ6に到達します! ミサイルの連続着弾で防御膜を無効化、そこを多段電磁投射砲で砲撃するつもりですね!』
アサヒは相変わらず楽しそうだ。
戦術データリンクにより、リアルタイムに観戦しているのだ。ディスプレイ越しの<ザ・ツリー>内とは、臨場感は比べ物にならないだろう。
こちらの司令官は緊張でバクバクしているというのに、呑気なものである。
映像の中、ミサイルが次々とワイバーンに直撃する。
これまでの回避軌道から予測された軌道に、タイタン、オケアノスがばら撒く徹甲弾が殺到した。
「防御膜消失を確認し、オケアノスが多段電磁投射砲を発砲しました」
一条の閃光が、ワイバーンを貫いた。
「貫通を確認」
空力加熱によって白熱した砲弾が、空中に軌跡を残したのである。
「威力が高すぎたかぁ……!」
ワイバーンが、苦痛に身を捩った。
本来であれば、体内に残るか残らないか程度の威力で撃ち込むのが、最もダメージが大きくなる。しかし、これ以上初速を落とすと、命中率が極端に下がってしまうのだ。
もっと近付けばその限りではないのだが、現地戦略AIは、これ以上の接近を嫌っていた。
「やはり、1秒程度で防御膜が回復しています。<レイン・クロイン>の記録と照らし合わせても、耐久力、回復力はともに上回っているようです。
貫通創、確認。
右足付け根付近、内臓へのダメージはなし。胴体を狙ったものが外れたようです」
「あれだけ砲弾とミサイルを撃ち込んで、有効打が1発……」
再び、戦闘機群がミサイルを解き放った。
懸架装置から切り離されたミサイルが、炎を吹きながら加速する。
「タイタン、多段電磁投射砲の応急処置が終了しました。照準完了」
ブレス攻撃によって機能停止していたタイタンの主砲が回復。砲弾を撃ち込まんと、ワイバーンを照準する。オケアノスと合わせ、防御膜消失の瞬間を狙う。
「ミサイル第2波、着弾まで5秒、4、ワイバーン軌道変更、降下開始」
ミサイル群の接近に気付いたと思しきワイバーンが、遂に降下軌道を取った。これまで執拗にタイタンを追跡していたのだが、ようやく諦めたらしい。
大きく体を捻り、そして咆哮。
「音波攻撃と思われます。ミサイル損失、8」
大音量の音波が、ワイバーンを追跡するミサイル群に襲い掛かった。
単純な物理的衝撃により、先頭のミサイル3発が誤爆。撒き散らされた破片を浴び、さらに5発のミサイルが損傷、あらぬ方向へ飛んでいく。
そして、残りの40発が、そのままワイバーンに襲い掛かった。
銀の鱗が、空に舞う。
「着弾。確認。右肩部貫通。左腹部貫通」
銀の竜が、体勢を崩した。重要な筋肉が傷付いたのか、右翼腕の力が抜けたようだ。
ワイバーンの上げた悲鳴が、空域に響き渡った。
「や、やったか?」
『お姉さま!?』
彼女が思わず零したセリフに、理解のある妹が即座に突っ込んだ。
防御膜を復活させたワイバーンが、撃ち込まれる砲弾の衝撃を加速度に変えつつ、さらに高度を下げていく。
「ワイバーンの飛行速度が1,200km/hを超えました」
ただでさえ1,000km/hを超えていた速度が、降下によってさらに加速される。急激に変わった速度に追随できず、弾幕が虚しく空に飲み込まれた。
そして、ワイバーンはその隙を逃さなかった。
三度、ブレスが放たれる。
今度は、超遠距離でもなく、苦し紛れでもない、しっかりとした攻撃だ。
下から上に、亜光速でブレスが通過する。
司令室に、司令官の悲鳴が響き渡った。
「タイタン、被弾」
叩きつけられた空気プラズマは、0.3秒を掛けて外装を貫通。更に内部構造を灼き切りながら反対側に抜けていく。
僅かにぶれたブレスの射線が、その破孔を更に拡大させる。
膨大な輻射熱が、周辺構造体に致命的なダメージを撒き散らした。
タイタンの背面、腹面、両方から爆炎が吹き上がった。