第149話 タイタン級
「タイタン、オケアノス、コイオスの離陸を許可」
「許可を確認しました。タイタン、離陸を開始します」
第2要塞の露天滑走路から、3羽の巨鳥が飛び立つ。
全長10,000mの巨大滑走路から、28基のエンジンを使用してその巨体を空中に押し上げた。
「1番機、高度2,000mを突破」
「2番機、高度1,000mを突破」
「3番機、着陸脚の格納を完了」
「全機、正常に離陸しました」
第2要塞設置のカメラは、ブーメラン型の飛行機が3機、緩やかに旋回しつつ高度を上げている映像を送ってきている。
その映像を眺めながら、司令官は感嘆の溜息を吐いた。
「映像だけだと、そんなに大きくは見えないんだけどねぇ」
「はい、司令。比較物が周囲にありませんので。この後、制空戦闘機と合流しますので、確認できるでしょう」
空中護衛艦シリーズは、空中母艦の直掩用に開発した巨大機である。
全長180m、全幅393mと、空中母艦と比べると3分の1以下の大きさではあるが、通常の20m前後の戦闘機と比べるとその大きさの違いは歴然だ。
核融合炉から発生する膨大な熱と電気を利用して駆動するプラズマジェットエンジンにより、燃料補給無しでも3,000時間という長期間に渡って滞空が可能な、空の騎士だ。
「空中護衛艦級3隻の補給が完了次第、空中母艦の離陸を行います。予定時間は8時間後、現地時間で23時頃です」
「夜間離陸も問題ないのね」
「はい、司令。惑星測位システムの利用が可能になりましたので、可視光に左右されず、安全に運用できます。今後も、視認性の悪い曇天や夜間における離着陸を行いますので、運用経験を蓄積する必要もあります」
「それは、他勢力からの隠蔽かしら?」
「はい、司令。現状ですと露見しても脅威はありませんが、隠せるものであれば隠すほうがよいでしょう。基本は、我々の拠点は潜伏させる方針です」
要塞<ザ・ツリー>はもとより、北大陸の進出拠点である第2要塞についても、可能な限り隠蔽しておきたい。
物資・戦力の集積地であり、生産拠点でもあるこの要塞の情報は、最後までどの勢力に対しても隠し通すのが望ましい。
「フラタラ都市郊外の拠点が完成次第、各戦力をそちらに移動させます。タイミングは、王都侵攻と同時で良いでしょう」
「進出しつつ拠点を増やしていくってのも、ストラテジーゲームっぽくなってきたわねぇ……」
ちなみに、鉱脈が露出していた鉄の町周辺の開発も、自重せずに行っている。一帯が鉱床となっていることが確認されたため、自動機械達がせっせと掘り返している。
また、元々鉱夫だった住民たちは、<パライゾ>が斡旋する燃石採掘にその仕事を変えていた。燃石採掘は、それほど量が必要ではないということもあり、なるべく現地雇用対策として現地人に行わせているのだ。
もちろん手掘りではなく、専用に開発した掘削機を提供している。
「長い目で見て、雇用対策と教育の実施。現地住民の基礎能力が向上すれば、制圧拠点の管理も丸投げできるわね。年単位の計画になっちゃうけど」
「我々が全て管理しても構いませんが、彼らにできることは彼らにやらせましょう。我々が飼い殺すのも、持ち出ししかなく、メリットがありません」
「そうねぇ。飼い殺しでも放置でも、どちらも寝覚めは悪いしね。レプイタリ王国との交易継続のためにも、彼らに頑張ってもらわないとね」
そんなわけで、制圧した各町も、最終的には最低限の管理のみで、自立して貰う必要があるのだ。
管理は人形機械を使用してもいいのだが、勿体ないので、直方体を使用する案について検討中である。
やはり、叡智を授ける存在は直方体であるべきだろう。知らんけど。
「領主館を接収して、叡智の神殿に建て替える。地下に隠蔽した採掘設備と製造設備を準備して、物質的に独立した支配拠点にするのね。支配階級には、モノリス経由で指示を出す。うーん、とっても神秘的ね!」
「遊び心満載で、非常に幻想的な施策であると自負しています」
「ガチガチに科学的だけどね!」
数十年もすれば、謎の直方体に支配された、先進的かつ神秘的な街に生まれ変わることだろう。
その街並みを想像し、彼女はうきうきしながら施策許可のボタンを押した。
最近、ちょいちょいと、こういった遊び心のある施策の許可申請が行われるのだ。
<リンゴ>の柔軟性が向上してきたということだろう。
「さて。空中護衛艦達は順調かしらね」
上空6,000mほどで旋回飛行に入ったタイタン級3隻は、時速800km程度で安定して飛行していた。
ここから、各種弾薬、ミサイル、艦載機用の燃料などを、貨物機を使用して積み込んでいくのだ。その作業に、およそ8時間を予定している。
「はい、司令。貨物機の第1陣がドッキングを実施中です」
写し出された映像には、コバンザメのように、タイタンの腹面に貼り付く貨物機の姿がある。
「うーん……。うん、やっぱ大きいわね」
貨物機の全長はおよそ70m。タイタン級は、その2.5倍の長さがある。全幅に至っては、6倍以上だ。
かなり大型の貨物機のはずだが、ミニチュアにしか見えない。
「これ、王都の人達には同情するわね。しかも、空中母艦はこれより大きいわけだし」
「はい、司令。アフラーシア連合王国内では、対空攻撃能力は皆無と判定しています。よって、高度1,000m程度からの部隊降下を行います。地上の住民達の感じる威圧感は、相当のものになると想定されます」
上空1,000mを飛ぶ、全長520m、全幅870mの巨大構造物。
そして、それに付き従う3隻の巨鳥。
王都の住人たちがどう思うかなど、推して知るべし、だ。
「空中母艦の補給完了後、数日間は海上で調整飛行を行います。<ザ・ツリー>上空にも進出させましょう」
「じゃあ、王都侵攻はその後?」
「はい、司令。作戦計画はこちらに。
4日後にフラタラ都市郊外拠点の第一次整備が完了します。第2要塞から空輸で戦力移送を行い、同時に王都に向けて航空戦力群を進出させます」
満を持しての、アフラーシア連合王国の制圧作戦の開始である。
ギガンティアを中核に、制空権を確保。包囲戦力をギガンティアから投下し、後続の貨物機から戦力追加。
想定では、数時間で王都を含めた全ての主要都市を制圧する。
驚愕の電撃作戦である。
しかし、これに成功すれば、アフラーシア連合王国は完全に<パライゾ>の統制下に置かれることになる。
「スパイボットの浸透も順調だし、まあ、不安要素は特に無いんだけどね」
気になるとすれば、王都から上がってくる情報があまりにも悲惨なことと、最北端の都市、ノースエンドシティが妙に武力を持っていることか。
ちなみに、王都は押し寄せた避難民達によって一部が治安最悪のスラム街になってしまっているらしい。為政者達は基本的に見て見ぬ振りで権力闘争を繰り広げているようで、人間の悪いところを抽出したような地獄の坩堝に成り果てている。
「王都は……文字情報だけでも、見たくなくなる惨状ねぇ……」
なまじ、富が集中しているのも良くないのだろう。
上流階級が十分に生活できる程度の物流が残っており、周辺の都市間で需要が完結している。そして、そのおこぼれによってスラム街もなんとか破綻せずに生き残っているようだ。
ノースエンドシティは最北端の開拓都市で、その先には巨大な北壁山脈が聳えており、麓に広がる森林地帯は魔物の巣窟だとか。
「魔物の脅威からの防衛で、防衛戦力を揃えている、という理由のようですね。魔法使い、といった職種も多いようです。主に、魔物を狩ってその素材の消費や取引によって成り立っています。食糧には困っておらず、金属資源も魔物から供給されているようです」
「……。……ん? なんて?」
「金属資源も魔物から供給されているようです」
スパイボットからの情報によると、金属を甲殻として纏っている魔物が生息しており、それが供給源になっているらしい。
「そんな、剥ぎ取って使えるくらいの金属が?」
「はい、司令。そのようです」
「理不尽ねぇ……」