第147話 衛星投入
「10秒前」
「各タンク内圧正常」
「固定装置解除」
「機体状態、全て正常」
「AI判定、許可」
「2、1、点火」
「軌道投入機1号、発射」
酸素-メタンの2液式ロケットエンジンが炎と煙を吹き出しながら、その機体を押し上げる。
打ち上げロケットは、順調に高度を上げていった。
軌道投入機1番。"カツオドリ"の名を冠したそれは、<ザ・ツリー>が遂に完成させた宇宙ロケットの第1号機である。
打ち上げ能力は、高度500kmでおよそ5トン。第2段に投入用衛星を格納しており、第1段ロケットは自力で発射台に戻ってくる往還仕様である。また、第2段ロケットはそれ自体も高度維持機能を持っており、搭載衛星放出後はそのまま周回軌道に残って衛星プラットフォームとして利用予定だ。
今後基数を増やすことで、宇宙ステーションとしての運用も可能になるだろう。
「打ち上げ成功。……司令官、うまくいったよ……」
「よーしよしよしよし! オリーブ、ちゃんとできたわねぇ!」
露骨な褒めてアピールに、司令官は全力で応えた。もちろん、管制を手伝っている他の姉妹たちも後でなでなでする必要はあるのだが、まずは軌道投入機の設計製造を主導したオリーブを報いなければならない。
「さーて、記念すべき情報収集衛星第1号のお披露目ね。<イチゴ>、例の重力問題は想定内ね?」
「はい、司令官。プラス92秒。高度は17kmを超えました。重力増加現象を確認しています。増加量は想定範囲内です」
この惑星特有の、高度による重力加速度の変動。高度16km程度から徐々に上昇を始め、高度37km程度でそれが最大となる。その際の数値は、1.87G。
軌道投入機のロケットエンジンは、この最大重力に対応する推力を発揮している。
「観測数値は全て想定範囲内です。この後、高度約120kmで第1段ロケットの切り離しを実施。およそ30分後、高度約500kmで、衛星放出を実施予定です」
「あと10分くらいで、軌道投入機が戻ってくるのだ~」
「ちゃんと着陸できるかなー」
ウツギとエリカは各センサー値の確認担当だ。彼女ら2人は、リアルタイム解析を得意としている。正確な解析結果ではなく、傾向や予想値を計算することに対して高い適性がある。
<リンゴ>はこれを、現場主義、と分類していた。
「計測重力加速度、想定最大値から変動なし」
「推力正常。燃焼温度、許容範囲内。各タンク内圧、正常値。各部振動数は許容範囲内」
「高度上昇中、規定高度に到達。第1段ロケット、燃焼停止。第2段切り離しが実行された。正常に完了」
「第2段ロケット、エンジン点火」
「点火を確認。第2段ロケット、加速を再開」
送信される映像の中で、第1段ロケットがエアブレーキを展開しつつ、一気に離れていく。高度120km、推力を失ったブービー1はやがて自由落下を開始した。
「順調ね」
「はい、司令。この後、ブービー1は発射台へ戻ってくる予定です。簡易点検後、燃料を再注入して第2段ロケットを搭載すれば、4時間後には再度打ち上げが可能になります」
さすがに、打ちっぱなしのロケットではコストパフォーマンスが悪い。そのため、<ザ・ツリー>製の宇宙ロケットは全て往還機仕様である。
第2段ロケットは単独で大気圏突入という機能は持っていないが、別途打ち上げる補給機で燃料補給を行うことで、高度300km程度の低軌道の周回を続けることができる。
「この後の打ち上げ予定は?」
「はい、司令。ブービー1の1号機、および以降の3号機までに問題がない限り、10機の第2段ロケットを打ち上げます。
これに付随し、各種衛星を16機。
静止軌道投入用にブースターを増設した軌道投入機2番も同時期に運用し、GPS用の静止衛星複数機を投入します」
宇宙往還機による、衛星の大量投入。
ロケット燃料は、液体メタンおよび液体酸素を使用する。燃料は液体水素のほうが能力は高いのだが、なにぶん扱いが難しい。
特に、打ち上げの繰り返しという過酷な状況の往還機仕様にするためには、かなりの構造強化や、振動、熱対策を行う必要がある。
液体水素による金属脆化という問題にも、対処が必要だ。
そこで、比推力がそれなりに大きい、メタンを利用したロケットを使用するのだ。
あくまで水素に比べて、ではあるが、取り扱いが容易で、燃料タンクの構造もシンプルにできる。また、沸点が酸素と近いため、断熱対策も水素と比べれば無いに等しい。
また、メタンはガス田およびメタンハイドレートから容易に回収できる、という調達コストの低さも魅力である。
「いいわね。周辺環境への影響は?」
「はい、司令。
発射場は要塞<ザ・ツリー>南方2kmの位置にある岩礁上に建設しています。
ロケットの視認距離は、大気状態にもよりますが、500km~800km程度と想定しています。
この距離内は全て<ザ・ツリー>の勢力圏内であり、大陸、島嶼、その他人類勢力の痕跡はありません。
唯一の懸念は、極稀に見かける遠洋漁業中の帆船ですが、監視圏内ですので発射の調整は可能です。また、曇天であれば気にする必要もないでしょう」
「オーケー。ま、監視体制については心配していないわ。海中を含めて、周辺は走査済み。物理的な監視拠点もあるし、ドローンも問題なく動いてる」
司令官は頷き、今後の計画についてもお墨付きを出す。
そんなやりとりをしていると、メインスクリーンに、噴射口を下に向けて降下するブービー1がマークされた。
「帰ってきたわね」
ブービー1は、ややずんぐりとした見た目の円筒型のロケットだ。
姿勢制御翼を展開し、発射台を目掛けて一直線に降下している。降下速度はおよそ1,000km/hで、徐々に減速中。
「降下速度、許容範囲内。機体状態、正常。逆噴射点火シーケンスに移行」
「3、2、1、点火」
「ブービー1、逆噴射を開始」
「各計器数値、異常ありません。降下速度減少中」
望遠映像の中、軌道投入機1番は急速に速度を落としつつ、発射台へ近付いていく。
「着陸まで30m、20m、10m、着陸しました。位置修正、許容範囲内。固定装置、接続を行います」
「固定完了。続いて複合ケーブルを接続、……完了。ブービー1、外部電源へ回路切替」
「冷却装置を起動。機体の冷却を開始」
「バルブ接続完了。酸化剤、燃料の抜き取りを開始します」
「第2段ロケット4号機、格納庫から移送を開始します」
帰ってきたブービー1は、すぐに再利用のため、各種の点検が実施される。異常がなければ、第2段ロケットを載せ、およそ4時間後には再度宇宙へ向けて飛び立つことになる。
「司令。チェックシーケンスは正常に進行中。目立った問題は発見されません」
「りょーかい。んじゃ、次行ってみようか」
「はい、司令。ブービー1、2号機、3号機の発射シーケンスを開始します」
1号機は念の為、単独で打ち上げを実施した。
結果、なんの問題もなく、第2段ロケットは衛星軌道上へ送り届けられた。
「了解。ブービー1、2号機、3号機の酸化剤、燃料注入を開始」
「発射シーケンス、各部最終チェック処理を実行」
こうしてこの日、夕方までに<ザ・ツリー>は6機の第2段ロケットを衛星軌道上へ投入した。
放出された衛星10機は、全てが予定通りの周回軌道にアプローチを成功させる。
第2段ロケット自体は、現在それぞれが周回軌道に入り、各部の調整を行っていた。この後、軌道変更を実施しながら、3つのステーション群へとドッキングを繰り返す予定だ。
司令官、および5姉妹は、衛星の軌道投入という大仕事を無事に片付け、夢の中へと旅立った。
なお、末妹の朝日はテレク港街の拠点で夜更ししていた。