第146話 海の魔物(人造)
深海の資源収集プラットフォームが、稼働を開始した。
「お、おお……。資源、資源の回収量が、3倍に……!」
司令官は、急激に上昇している生産量グラフを見て、狂喜乱舞していた。
これには<リンゴ>もにっこりである。
「はい、司令。分布域、埋蔵量、質、周辺環境、全てが好条件です。向こう数年の行動計画に必要な資源が、十分に確保できるでしょう」
深海に建造された、巨大な採掘機械が海底を削り取っていた。
周囲の海水、堆積物をまるごと吸引し、資源のみを選り分け、そして資源以外の物質は排出する。
「で、見た感じは採掘による汚染は最低限に抑えられている……でいいのよね」
「はい、司令。さすがにプラットフォーム周辺は撹拌されてしまいますが、周囲への拡散は、設定した閾値を下回っています。
しばらく運用して問題なければ、こちらのプラットフォームを増設していきましょう」
海底に堆積している各種鉱物を回収するという性質上、単に削り取るだけでは、周囲へ大量の有機堆積物、土砂が拡散されてしまう。
通常、深海では大きな変化は発生しない。惑星規模の深層海流は存在することは確認できているが、それは1時間あたり数メートル、というレベルの水流である。
表層域の時速数キロメートルという海流や、潮の満ち引きとは比べ物にならないほど穏やかなのだ。
そんな深海の海底を引っ掻き回し、周囲を汚染した場合、どんな問題が発生するかわからない。生態系が大きく変わり、意図しない巨大な生物、即ち脅威生物(アカネ命名)を呼び込まないとも限らない。
そのため、資源回収プラットフォームは、可能な限りゆっくりと移動し、資源以外の有機物、土砂はペレット状に押し固めて排出しているのだ。
その甲斐もあり、水の濁り、有機物の飛散は最低限に抑えられている。
「海水の撹拌を抑えるための、表面突起物の設計には苦労しました」
「そうね。おかげで、見た目が完全に魔物になっちゃったけど……」
移動に伴う海水撹拌も最低限に抑えたいということもあり、海底プラットフォームはその形状を徹底的に計算して製造されている。
巨大な質量が移動する場合、当然、周囲の海水は押し退けられる。後部では渦が発生し、マニピュレータを動かそうものならそれは更に顕著になる。
そこで、プラットフォームの表面全体を繊毛のような構造物で隙間なく覆っている。本体の形状そのものも、後流渦を発生させにくく設計したため、非常に生物的な見た目となっていた。
しかも、この繊毛、水流を感知すると自動で形状を変化させるようになっている。
傍から見ると、表面に生えた毛、ないし触手をざわざわと蠢かせながら、ゆっくりと海底を移動する平べったい巨大生物。
控えめに言っても、巨大な魔物であった。
「まあ、こんな深海を見ることができる人とかは流石に居ないだろうから、いいんだけどね」
特に攻撃能力を付加しているわけでもないし、この海底プラットフォームが日の光を浴びることはないだろう。そもそも、水中活動を前提に設計されているため、地上ではまともに動かない。
「現在、海底の資源分布を更に詳細に調査中です。プラットフォームは移動しながら海底資源を回収していきますので、稼働数を増やせばそれだけ生産量も増えていきます」
海底をゆっくりと移動しつつ、堆積している酸化鉄・マンガン・コバルトなどを含む鉱物資源を吸い込んでいくのが、この海底プラットフォームだ。
「また、発見された熱水口周辺には、大量の希少金属が堆積しています。これらを回収する専用装置も稼働を開始しました。こちらは、耐腐食性を高めたプラットフォームにより採掘を行います」
熱水鉱床と呼ばれるこれらは、地殻運動により染み込んだ海水が熱せられ、金属が溶け込んだ状態で海底より噴出することで生成される。
地下を含め、熱水噴出孔周辺では希少金属元素を大量に回収できる可能性があり、非常に有望な鉱床と言えるだろう。
「よきよき。海底は宝の山ねぇ。一応監視網も敷いてるし、当面は安泰かしら」
「はい、司令。防御兵器も配備が完了しています。また、消費資源は2週間程度で回収できる見込みですので、収支はプラスになると考えて良いでしょう」
これまで数年間に渡り、海底の調査、部分的開発などを継続して行ってきている。その結果、少なくとも周囲数百kmに渡っての脅威生物の痕跡は発見されなかった。
唯一、<レイン・クロイン>と遭遇したのみである。
少なくとも2週間、何事もなければこの一連の調査・開発で消費した資源は回復する。
「メタンハイドレートの採掘は現時点でプラスになっていますので、問題はありません」
そして、比較的浅い海域で回収可能なメタンハイドレートは、十分に採算が取れるレベルで生産を継続している。最悪、早々に海底プラットフォームの放棄が決定したとしても、許容範囲内だ。
「立て直し用の資源備蓄の残量に怯えながら建造する日々とも、遂にお別れねぇ……」
彼女はしみじみと噛み締めた。
資源を回収し、回収資源を生産設備や兵器に回す。一部は<ザ・ツリー>に回し、備蓄資源として溜め込んでいく。
万が一、第2要塞やテレク港街を失陥しても、窮地に陥らないようにするための貯蓄である。
備蓄量が一定を超え、更に海底プラットフォームの稼働により生産量も飛躍的に拡大した。司令官的には、これからがフィーバータイムだろう。
「空中プラットフォームも、運用データは集まってるんでしょう?」
「はい、司令。試作機の飛行試験は問題なく完了。上空15kmまでの飛行データの収集も問題ありません。
各種構造体の機動試験結果も、仮想空間へ反映済みです。
本命の巨大空母機体、攻撃型空中プラットフォームの設計、および仮想試験も、全て完了しました」
うむ、と彼女は頷いた。
「さっきから気になってたのよね、このあからさまな建造開始ボタン……」
「巨大プロジェクトの開始ですので、号令をお願いします」
司令官は<リンゴ>へかなりの権限を解放しているものの、統括AIという性質上、基本的には全ての行動に対し、司令官の許可を必要とする。
本格的な空戦力建造を前に、何の伺いもなく開始することは憚られた、らしい。
「……よし。じゃあ、始めましょう。<ザ・ツリー>空戦力の増強を許可するわ」
彼女は、軽く息を吐いてから、空中に浮かぶ<建造開始>ボタンを押し込んだ。
「空中母艦および護衛艦シリーズの建造を開始します。建造完了まで、およそ104時間」
「運用は、当面は第2要塞ね。フラタラ都市の方が完成すれば、そっちも使えるようになると」
「はい、司令。ギガンティアの離着陸には、10,000mの滑走路が必須です。前線の補給基地として、フラタラ都市郊外拠点を利用できるようになります」
この空中プラットフォームを戦力化した後、アフラーシア連合王国の北部地域の制圧を実行する予定だ。
実際には、現有戦力でも北部制圧は可能と判断されている。
ただ、さすがに相手は王都圏内であり、何が出てくるかは未知数のため、戦力を整えてから侵攻を行うこととしたのだ。
空中戦力を整えてからの電撃侵攻により、損害を最小限に抑える。
相手に準備を整えさせる暇は、与えない。
「強力な個人戦力を有しているという真偽不明の噂もありますので、慎重を期す必要があります」
「何より、浪漫があるしねぇ」
まあ、司令官が浪漫を語っているため、という動機が大半を占めているのだが。
朝日は、「王国最強の男、伝説のワンマン・アーミーとかが居るんですかね!?」と鼻息を荒くしていたものの、<リンゴ>は勘弁してほしいと思っていた。
もしそんなモノの存在が確認された場合は、遠距離攻撃で封殺する予定である。
朝日はゴネそうだが、司令官はワンサイド・ゲームに対して寛容なのだ。
「予定も決まったし、スパイボット網も広げましょう」
「はい、司令」