第142話 グレートホースタウン
グレートホースタウンは、その名に反し、のどかな田舎である。
広大な大地を利用し、馬を育てて生計を立てている街だ。
湖の傍にあり、その豊富な水資源を使って牧草地を維持している。
漁業や食肉牧畜も行われており、アフラーシア連合王国内でも珍しく自給自足が可能な、実質的な独立領である。
納税の代わりに一定数の馬を王都に送っていたのだが、ここ数年はそれすら行われていない。
そもそも、王都からの催促もなく、国から見捨てられた都市であった。
まあ、王都は王都で北側に巨大な草原地帯を抱えており、馬には困っていないという事情もあるのだが。
とはいえ、都市国家として成り立つほどに人口を抱えているわけではないため、近くの西門都市の傘下に入る形で存続している。
それに、交易対象として馬が重宝されているという事情もある。
西門都市からは、それなりに重要な街として認識されていた。
混乱したアフラーシア連合王国において、比較的まともに生活していたすごい馬の街は、その日、正体不明の勢力に占拠されたのである。
◇◇◇◇
「護衛戦闘機群による制空権確保を確認」
「高度2,000mにて、輸送機より空挺部隊を放出します」
「輸送機A群が作戦空域に突入」
予定ポイントに到達した輸送機の後部ハッチが開放される。
設置された電磁レールから、空挺装備の多脚戦車が、次々と放出された。
「輸送機A群、多脚戦車の放出を開始。作戦行動に遅延なし」
「48台の放出に成功。多脚戦車A群は降下ブースターを点火しました。降下予定地点に向けて加速を開始」
多脚戦車は、8脚の内前後4脚にロケットブースターを装備し、目標地点へ向けて飛行を開始する。
全長10m、全幅9m。その姿はどうみても、足から火を吹いて飛ぶ巨大な蜘蛛の化け物であった。
「続いて、輸送機B群が作戦空域に突入します」
「多脚地上母機の放出を開始。多脚地上母機12機、放出に成功。姿勢制御フィンを展開」
「多脚地上母機、滑空を開始。全機、姿勢安定。降下ポイントへ向けて正常に降下中」
多脚地上母機は、全長25mというその巨体ゆえに加速飛行は行えない。加速してしまうと、標準ブースターの推力が足りずに減速しきれないのだ。そのため、フィンによって滑空しつつ、直前にブースター点火を行って急減速を行う。
多脚戦車よりも速攻性には欠けるが、ほぼ自由落下という時点で十分な脅威である。
「多脚戦車A群、予定ポイントへ着地。ブースター投棄は正常に完了」
「輸送機C群が、間もなく作戦空域へ突入します」
「多脚戦車A群、索敵を完了。周囲に障害となる勢力は確認されません」
「多脚戦車A群、目標へ向けて進軍を開始しました」
最初の降下で、多脚戦車48台を使い、グレートホースタウンを完全包囲する。
周囲に拘束すべき集団は存在しないことは確認済みだ。そのまま街から誰も逃さなければ、作戦目標の半分は達成される。
「輸送機C群、作戦空域へ突入。多脚戦車B群を放出開始」
「多脚地上母機群、ブースター点火を確認。目標ポイントへ着地します」
空中支援用の小型ドローンの母機となる多脚地上母機も、予定通りの地点へ順次着地する。
「多脚地上母機群、正常に展開完了。順次ドローン発進を開始」
多脚地上母機は、移動継続しつつ電磁カタパルトを展開。次々に対人ドローンを発進させた。
対人ドローンは時速100km程度で飛行しつつ、予定ポイントへ展開していく。
そして、この対人ドローンの到着に合わせ、多脚戦車B群はグレートホースタウンの街中へ直接降下する。
「多脚戦車B群、逆噴射を開始」
一体何事かと、轟音に驚いて大通りに集まり始めた住民たち。
その頭上を、ブースター噴射を終えた多脚戦車が通過する。
悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う住民に、事前計算通りに誰にも影響を与えず着陸する多脚戦車。
土地だけは余っており、広々とした街中へ、多脚戦車が次々と降下していく。
「多脚戦車B群、予定ポイントへ降下完了。判定中。住民への被害は確認されず」
「住民の移動経路は予想範囲内。対人ドローン展開完了、強制誘導を開始」
多脚戦車、および対人ドローンは、逃げ惑う住民たちを追い立て、シミュレーション通りにそれぞれ広場へ追い立てていく。
そしてそうこうする内に、優先目標が動き始めた。
「警備隊の出動を確認。作戦行動を開始」
状況も把握できぬまま、街に詰めている警備兵達が持ち場から走り出す。
逃げる住人達をかき分け、彼らはようやくその場所にたどり着き。
彼らの目の前には、巨大な多脚戦車が立ち塞がっていた。
「無力化攻撃を実行」
多脚戦車が、前腕に保持した棍棒を、警備兵達の傍の地面に振り下ろした。
悲鳴を上げて逃げる兵達に、吹き飛んだ土や小石が襲い掛かる。勢い余って、ほとんどの兵が地面に転がった。
「敵兵力を再判定。事前想定範囲内。人形機械の投入を許可する」
「許可を確認。輸送機D群が強襲突撃ポッドの放出を開始しました」
多脚戦車による威嚇行動。これにより、グレートホースタウンに常駐する戦力を無力化していく。常駐兵達は全てが事前にマーキングされており、対人ドローンや多脚戦車のセンサーによりその居場所が全て特定されている。
後は、それらを虱潰しにしていくだけだ。
「強襲突撃ポッド、逆噴射を開始。全機目標地点に到達。正常に着陸しました」
「全人形機械、バイタル正常。ポッドから離脱します」
地面に突き刺さった強襲突撃ポッドから、強化外骨格を纏った人形機械が姿を表す。
人形機械達はぶるりと体を震わせ、付着した衝撃吸収液材を振り落とした。そして、展開されたポッドの保管庫から、アサルトライフルとその弾倉、近接戦闘用の電磁警棒、コンバット・ナイフを取り出し、装着していく。
「人形機械、現地戦術AIへ制御権を移譲。成功。制圧行動を開始します」
後方の地上母機に搭載された戦術AIは、人形機械を操り常駐兵の無力化を開始した。
グレートホースタウンの街中に投下された人形機械の数は、72体。
その全てが、多脚戦車を含めた周囲の兵器と有機的に連動し、次々に兵士を打倒し、拘束を行っていく。
「なるほど、後ろ手で縛ってるのね」
「はい、司令。アラミド繊維製のバンドを使用していますので、切断される心配はありません。必要以上に傷つけず、無力化できます」
勿論、中には人形機械に対して反撃を試みる者も居る。
しかし、外骨格により成人男性の10倍以上の力を発揮する人形機械に、生身で対抗できるはずがない。
突き出した剣は躱され、あるいはコンバット・ナイフで斬り飛ばされ、そして電磁警棒による打撃で意識を飛ばされる。
「敵戦力、30%を無力化」
「正規兵、W群を確認」
「戦術AI、発砲を開始」
街中に駐在する警備兵の大半の拘束を終えた頃、緊急出動した常備軍が動き出した。
数は少ないものの、兵として訓練を継続している、西門都市から派遣されている兵士、あるいは騎士達だ。
ここ1年ほどはすっかり鳴りを潜めているが、襲ってくる盗賊達に備えて常駐する、本物の強者達。
とはいえ。
「反応速度は想定範囲内。魔法的現象は確認されず」
それでも、ただの人間である。
人形機械がばら撒くゴム弾に滅多打ちにされ、その一団は敢え無く無力化されてしまった。
「領主館の包囲を完了。作戦目標の在室を確認。人形機械の突入を開始」
「戦術AIは脅威度:Eを報告しています。作戦に支障なし。予定通り制圧は完了」
こうしてグレートホースタウンは、僅か1時間で街全体を制圧され、その後数時間を掛けて武装解除されたのだった。
街から出ていた集団、個人も丁寧に追跡され、1人の死者も出さず、<ザ・ツリー>による侵攻作戦は完了した。