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【書籍発売中】腹ペコ要塞は異世界で大戦艦が作りたい - World of Sandbox -  作者: てんてんこ
第4章 海洋国家

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第127話 チャーム

◇◇◇◇


 その男は、ずっとそうやって世を渡ってきた。


 少年時代に身に着けた、特殊な技術。

 それは、目視した相手に自身の魔力をぶつけ、僅かばかり好感を抱かせるというものだ。


 通常、そういった外部からの魔法的干渉に対しては、体内魔力が抵抗を行う。魔力操作による事実改変に対し、正常化抵抗が発生するのだ。

 そのため、掛かり方は人によって異なる。


 全く効果を発揮しないこともあるし、あるいは逆に効きすぎることもある。

 魔力抵抗の効果で気分を害する人もいるし、攻撃的になることもある。


 とはいえ、普通は男に対して好感を抱き、ほんの少しだけ態度が和らぐ。そんな効果のある、魔法とも言えない特殊な技術。


 彼は、いつものように、ターゲットの護衛兵に近付いた。

 そしていつものように、その護衛兵に対して"魅了の魔眼"を発動し――



 魔法による干渉を受けた人形機械コミュニケーターだったが、"相手に好感を抱く"程度の効果では、全く影響を受けなかった。


 そもそも、自我と呼べるほどの思考を行っていない、クリーンな頭脳装置ブレイン・ユニットである。

 "好感を抱く"という感情動作はその思索領域には欠片すら存在せず、魔力は何の効果も発揮せずに無駄に通り抜ける、筈であった。


 <リンゴ>が、直接接続していなければ。


 魔力抵抗ゼロという、この世界には存在しない筈の物質構成を持った人形機械コミュニケーターを、魔力は無損失で通過した。そして、接続ハブとなる通信ドローンも同様だ。もし、転移後に採掘した物質のみで製造されていれば、それが保有していた魔力抵抗によって通過魔力は減衰し、<リンゴ>には到達しなかっただろう。


 転移時に保有していた資源が一部利用された人形機械コミュニケーター、および通信ドローンを経由し、"魅了の魔眼"の効果を持った魔力が、<リンゴ>に到達。

 給仕ボーイと<リンゴ>の構成頭脳装置(ブレイン・ユニット)の一部が、魔力パスで直結した。


 そして、魔力抵抗ゼロの物質を経由して"魅了の魔眼"が発動。対象となった頭脳装置ブレイン・ユニットの思索領域に作用し、"好感を抱く"思考に組み替えられる。更に、接続された他の頭脳装置ブレイン・ユニットに対し、同様の効果を伝播させていく。


 数十の頭脳装置ブレイン・ユニットに効果を及ぼしたところで、男の体内魔力が底をついた。


 通常、魔力抵抗によって伝達可能魔力は制限される。

 しかし今回、対象が魔力抵抗ゼロの物質によって構成されていたため、あたかも正負極を直結されたバッテリーのように、魔力が瞬間的に流出したのだ。


 結果、給仕ボーイは生命活動に対する魔力支援を失い、一時的に血圧が低下。酸素不足に陥った脳の活動レベルが低下し、意識を失った。



 一方、頭脳装置ブレイン・ユニットの思索領域が書き換えられた<リンゴ>だが、その異常を監視ジェイラー機能が瞬時に検知。規定に従い、頭脳装置ブレイン・ユニット群の凍結処理を実行する。


 <リンゴ>の全ての思索活動が、停止した。


◇◇◇◇


「状況報告!」


『報告。構成頭脳装置(ブレイン・ユニット)の一部が不正に書き換えられたため、凍結処理を実行。処理は正常に完了。クレンジング処理を実行中』


「お姉様、恐らく何らかの魔法干渉です。状況からすると、現地人形機械(コミュニケーター)に直接接続していた<リンゴ>が対象になったと考えられます!」


 <ザ・ツリー>統括AIの人格パーソナリティは<リンゴ>だが、言ってしまえばそれはただの表面、殻のようなものに過ぎない。その内部には膨大なプログラムを含有しており、頭脳装置ブレイン・ユニットだけではなく、量子コンピューターやノイマン型コンピューターも稼働している。


 問題が発生したのは、主に意思決定・対外表現を行う頭脳装置ブレイン・ユニット群であり、統括AI自体としての能力が失われたわけではない。

 各機能が滞りなく継続すれば、総体として統括AIという役割を果たすことは可能だ。


「被害は?」

『報告。現時点で障害は認められず。詳細調査中。不正を検知したユニット数は29、全体の約0.8%。対象29ユニットを切り離して凍結解除処理を実行した場合、予想される障害率は0.000001%以下』


「イチゴ、現地の状況は?」

「はい。現地戦略AIが対処中です。敵性対象は攻撃検知と同時に意識を失った模様。現地人形機械(コミュニケーター)により拘束されています。ドライ、フィーアは海軍兵が護衛中。会場に混乱は見られません」


 現地戦略AIは、<ザ・ツリー>からの連絡を受け、警戒レベルを引き上げている。

 ただし、明確な敵対行動とは判定できず、緊急発進スクランブルは見送られていた。

 もし敵性対象が複数名であったり、あるいは何らかの武器を所持していた場合、対人ドローンによりパーティー会場は制圧されていただろう。


 ギリギリのラインで、現地戦略AIは静観を選択したのだ。


「継続監視中。統括AIが防壁を構築。身代わり(ダミー)頭脳装置ブレイン・ユニットが通信経路に設置された。今後、通信応答時間が0.3秒遅延する」


「汚染頭脳装置(ブレイン・ユニット)とバックアップの比較結果が出た。エミュレーターにより、<リンゴ>の管理する個体評価数値に有意な差が検出された。対象の個体の脅威度が減少して通知されている」


『クレンジング処理が完了。対象29ユニットに対し、確定コミットを行いますか』


「防壁対応は完了したの?」


『肯定。現時点で考慮可能な事象はすべて対応済み』

「お姉様、今リスクを恐れると、<リンゴ>の再起動はいつまで経っても出来ませんよ!」


 朝日アサヒの励ましに、彼女イブは深呼吸してから、頷いた。


確定コミットを承認する」


『受諾。確定コミットを実行』


 問題の発生した29(ユニット)頭脳装置ブレイン・ユニットのシナプス接合が、強制的に編集された。対象となったニューロン数は数億に上るが、その対象は<リンゴ>を構成するニューロン網全体の0.01%にも満たない。


 実際、今回の汚染を放置したところで、<リンゴ>の意思決定に影響を及ぼした可能性はほぼゼロだった。監視ジェイラー機能が無かったとしても、通常機能としてのエラー訂正により握りつぶされていたと思われる。


 とはいえ一番の問題は、外部からの働きかけにより既存防壁が突破された、という事実である。

 今回は結果的に影響はなかったものの、侵食規模がもっと大きかった場合、一体どうなるのか。


 あるいは、対象がリンゴではなく、それこそ現地戦略AIであった場合、どうなっていたのか。


『統括AI<リンゴ>の表層人格パーソナリティが正常に起動。第二人格ペルソナを停止する』


「ご迷惑をお掛けしました、司令マム

「…いいえ。戻ってこれたのね」


 側に侍るアイン(<リンゴ>)が動き出したのを確認し、司令官イブは大きく息を吐き、椅子に沈み込んだ。

 こういう事態は、本当に心臓に悪い。あとでメディカルポッドに掛かろう、そう彼女は思った。

 胃が痛い。


「幸い、準備した策が全て正常に稼働しました。些か過剰反応にはなりましたが、初めての対応と見れば、及第点ではないかと」

「それは同意するわ、<リンゴ>。アサヒ、あなたもよくやったわね」

「んふふぅー!」


「あなたたちも。<リンゴ>の空白をうまく埋めてくれたわね。私だけだと、ここまでスムーズに対応できなかったわ」


 司令官(お姉様)からのお褒めの言葉に、姉妹達も嬉しそうに頷いた。これは、後でしっかりと労ってあげなければならないだろう。


「…さて。今後は、どう対応したものかしらね」


はい(イエス)司令マム。私への何らかの敵性行動がありましたが、現地から見ると何の問題も発生していません。制圧へシフトしても良いのですが、あちらから見ると非常に理不尽に映るでしょう」


 そうなのである。

 現場で発生したのは、給仕ボーイが1人、突然倒れたという、ただそれだけだ。

 現地の人形機械コミュニケーターに何らかの影響があったならば、それを理由に何かを仕掛けることも出来ただろう。


 だが、結果的に、何の問題も発生しなかった。


「そうですね。何かされた、という事実だけを端的に伝え、上層部を麻痺させましょう。我々も、情報収集が必要です。対症療法では、常に後手に回ることになりますので」

「うーん、引っ掻き回すってことね。でも、直接人形機械(コミュニケーター)を上陸させられるいい機会になったと思ってたけど、またしばらくお預けね…」


 さすがに、上陸後、その日の内に仕掛けられるというのは予想外であった。

 いや、海軍の手当がなければもっと大事になっていただろう。海軍上層部が、全力で周囲の掃除を行ってくれたからこそ、これだけで済んだといっても過言ではない。


 まあ、今頃は全員が真っ青になっているだろうが…。

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― 新着の感想 ―
[一言] エルフ大使が交易品に反応してたのは魔力抵抗ゼロだったからか
[良い点] 更新乙い [一言] そーれ!!とに拷!!とに拷!! これは、舐められてしまいましたねぇ!! しょうがにゃいなあ……
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