第126話 記念撮影
「では最後に全員で記念撮影を行いましょう」
レプイタリ王国、<パライゾ>両国家交流記念式典の最後、招待されていたドライ=リンゴ、フィーア=リンゴ両名はそう提案され、特に考え込むこともなく頷いた。
写真撮影技術は、<リンゴ>が調べた所、周辺国家で普及しているのはレプイタリ王国のみ。
写真技師と紹介された男は、複数名の部下に張り切って指示を出しながら、三脚にセットされた大型写真機のセッティングを行っている。
「こちらは我が国で最新式の写真機でしてな。外国の方にお披露目するのは今回が初めてでしょう。この会場は屋内でも明るいですからな、綺麗に写せますぞ。焼き増しもできますので、明日にはお届けできるでしょう!」
写真技師の口上に、ドライ、フィーア以外の参加者の一部は素直に感心し、その他は<パライゾ>の代表者が気分を害さないかとヒヤヒヤした視線を向けた。
当然、写真機など足元にも及ばず、マストの先に設置した撮影機からの映像を窓に映したりテーブルに映したりと、好き勝手やっているのだ。
今更、写真の1枚2枚で驚くとも思えなかったのである。
というか、そんな基本的な情報をこの写真技師に伝えなかったのか。担当者は誰だ。海軍将校達は疑心暗鬼になり互いを疑い始めたのだが、残念ながら誰のミスでもなかった。
単に、写真技師が伝えられた情報を信じなかっただけである。
自分が写真機という最新の技術品を扱っている、という自負もあったのだろう。
将校直々に伝えられたものの、写真という技術になまじ詳しい彼は、その技術的困難をよく知っており、故によく分からない外国人が自分たち以上の技術を持っているなど到底信じられず、お偉方がまた何か言っているぞ、と聞き流したのだ。
とはいえ、<パライゾ>はそんな細かいことでネチネチと攻めるほど狭量ではない。
他人と同じように軽く頷くに留め、無表情のまま、指示されたとおりの場所に陣取った。
「では、撮りますぞ。なるべく瞬きはしないようにお願いしましょう。あなたの眠そうな顔が絵に残ってしまうかも知れませんからな! さ、こちらを向いていただいて」
その後、撮影会は恙無く完了した。
ドライもフィーアも、そして護衛兵達も協力的なのだ、当然の結果である。
記念式典で、お互いの立場の宣言を行い、協議した上での条約締結を約束した。
宣誓書にサインを行い、両代表で宣誓書を取り交わした。
最後にしっかりと握手を行い、揃って写真撮影し、式典は終了である。
「それでは、<パライゾ>の皆様はしばしおくつろぎを。パーティー会場の用意ができましたら、お呼びいたします」
「分かった。お気遣いいただき、感謝する」
控室に通され、気疲れするだろうという配慮からメイドなども退室する。呼べば来るのだろうが、部屋の周囲からは人の気配がなくなった。
「特に盗聴などもないようですね」
モニターしていた<リンゴ>が、そう結論付けた。
この期に及んで、万が一にも発覚して心象を悪くしたくない、という理由で、海軍によって念入りに周辺掃討が行われた結果であった。
「海軍上層部は、やはりほとんどが現実主義者ですね。我々としては、非常に付き合いやすい組織です。また、彼ら海軍がレプイタリ王国の原動力となっています。他国との不平等条約、実質的植民地化。技術製品の輸出による市場独占。実働は商人達ですが、背後には基本的に海軍が存在しています」
「この国、海軍の力がほんと強いわよねぇ。問題は、外交は牛耳ってるけど国内統制に手が回ってないってところかしら」
現地戦略AIが分析したところに拠ると、レプイタリ王国の外貨獲得は海軍に依存しており、海外から流れ込む富は海軍及びその関係組織が管理している。しかし、国内の販売、物流は海軍側で掌握できておらず、別の組織、いわゆる元老院が握っているようなのだ。
「生産に関しても海軍の影響力が強いようで、少しずつ牙城を切り崩している状況のようです。とはいえ、物流を抑えられているというのがネックですね。鉄道輸送は海軍主導ですので、数年もすれば状況は変わると思われます」
そして、更に問題をややこしくしているのが陸軍の存在だ。海軍が赫々たる戦果を上げている一方、陸軍は統一戦争以来目立った活躍がない。
そのため、実績作りに躍起になっているらしい。
「海軍の上陸作戦に同行することもあるようですが、基本的に海軍に指揮権が渡るため、うまくいっていないようですね。そのため、海軍も独自に陸戦隊を運用し始めており、更に対立は深まっているようです」
海軍が、<パライゾ>相手に下手に出ているなどと知り渡れば、陸軍、元老院は喜々としてその醜聞を騒ぎ立てるだろう、との予測結果だ。
時間がかかるのは構わないが、引っ繰り返されるのはいかにも面倒である。
「そのため、現地戦略AIは、積極的に海軍に肩入れする方針で話を進めています。ポーズとして他勢力と会談を行うこともあるでしょうが、基本は交渉対象は海軍のみとします」
そして、その施策の一環が、今回の記念式典と交流パーティー開催である。
およそ1時間後、迎えが来訪する。
レプイタリ王国海軍中佐、デック・エスタインカ。少佐、レビデル・クリンキーカ。
この2人にエスコートされる形で、ドライ、フィーアはパーティー会場入りした。
パーティーへの参加方法は、議論の結果、基本的にレプイタリ王国側の作法に合わせることとなった。これは、<パライゾ>側がレプイタリ王国を尊重しているというアピールになる。
パーティー参加者の大半は海軍関係者だが、陸軍、伝統元老院からの参加者も存在する。
彼らから見て非常識と思われた場合、海軍への攻撃材料にされる可能性もあり、<パライゾ>側が折れた形だ。これもしっかり、貸しとして記録されることになるが、まあ些細なことである。
「それでは、皆様にご紹介いたします。遥か南の国より、遠路はるばるお越しいただきました。<パライゾ>艦隊代表の方々です」
「<パライゾ>艦隊長、ドライ=リンゴである。まずは、本日、このような場所を用意いただき、感謝する。貴国と我々の健全なる交流に向けて決めねばならぬことは多いが、まずは最初の壁を超えることが出来た。これまでは些か面倒な会話ばかりであったが、この場は気楽に行きたいと思う。よろしくお願いする」
「<パライゾ>艦隊参謀、フィーア=リンゴである。突然に来訪した我々を快く歓迎いただいた貴国に、感謝を」
白を基調とした、洗練された儀礼服。要所要所にあしらわれた金の装飾と黒い飾りが、その造形を一層強調している。
何より、注目されたのはその美貌だろう。絹糸のようなさらりとした白髪に、白磁のような白い肌。それを彩るのは、透き通った金の瞳と、花弁のようなピンクの唇。そして頭部から伸びる一対の狐耳が、その可憐さを強調している。
まさに、生きた磁器人形のようなその容姿に、誰もが息を呑んだ。
「ありがとうございます。本日は、3名の護衛兵も同席されます。武装されておりますが、儀礼的なものですのでご安心を。会話は挨拶程度にとどめていただければ幸いです。今後も交流が続けば、親しくなれる機会もあるかと思いますので、本日はお控えください」
その紹介に、後ろに控える3体の人形機械が軽く会釈をする。
「ではここに、<パライゾ>歓迎パーティーの開始を宣言いたします。この後、いくつかイベントも用意しております。皆様、存分にお楽しみください」
◇◇◇◇
<リンゴ>は護衛兵の目を借りつつ、周囲を観察していた。たまに挨拶と握手を求められるが、搭載頭脳装置が適切に対応している。
「司令。あの給仕が、問題の人間です。元老院の手回しでねじ込まれた、経歴不明の人物です」
「ほーん。名目は?」
「ただ招待されるだけでは心苦しいので手伝いたいとか何とか。海軍側は誰も信用していませんが、実際に優秀でしたので、監視付きで使っているものと。パーティーの段取りや物資調達など、特に元老院の関わる分野の橋渡し役ですね」
<リンゴ>の調査結果により、その男は完全にマークされていた。
たとえ不意打ちされようと、即座に護衛兵がカバーできる状況だ。
故に、給仕が飲み物を勧めに護衛兵に近付いても、表向きは特段警戒はしなかった。パーティー会場に配置された海軍側が用意した護衛達も注目しているが、その状況であからさまなことはしないだろう。
そう考えられていたのだ。
「お飲み物をどうぞ」
差し出されたトレイに乗せられたグラスを取り、礼を言うため、人形機械は給仕に顔を向け。
『攻撃検知。統括AI<リンゴ>の表層人格を凍結。第二人格を起動。情報侵食を検知。第一種戦闘配備』