第125話 ディストピア
「会談をレプイタリ王国側でも行いたいということで、申し入れがあったようです」
「おお。ついに上陸すんの?」
いまだ条約締結とはならず、様々な条件を話し合っている最中ではあるものの、とにかく親交を深め、互いの情報を交換しようということで、上陸しての会談の提案があったようだ。
「はい、司令。現地戦略AIは、これを了承しました。船内での密室会談では、実務的な話はできても形式的合意がなかなか難しいようで。陸上の実務者との会話も必要ですし、式典としての友好条約も、開かれた場所で行うのが望ましいと」
「なるほどねぇ。やっぱり、人が多いと面倒よねぇ…」
とはいえ、<パライゾ>側としては一定ラインを超えなければ基本的には要請に応じる準備はある。侵略的な接触を意図していないため、相手に害意さえ無ければ、付き合うのは吝かではない。
現地戦略AIも、そのあたりも含めて柔軟に対応できる判断力はあった。
「3日後に、国内の主要な地位の人々を集め、パーティーを行うようです。一応、<パライゾ>は軍艦という体で来ていますので、儀礼的軍服を準備する予定です」
「ほほう。どんな感じ?」
<リンゴ>は、司令官の期待に応えて参加予定の人形機械のホログラムを表示させた。
白を基調とした式典用の軍服で、下はキュロットとタイツ、そして丈の長いコートを羽織っている。
尻尾はコートにスリットを設けてしっかりと強調されるようになっており、その立派な狐耳も帽子に邪魔されず存在を主張していた。
「あら、いいわね。ちゃんと動きやすい服装だし、武装もあるし」
左の腰には大型の拳銃とナイフを、右側にはサーベルを吊り、個体戦闘力も確保。軍人としての凛々しさと女性らしさを強調しつつ、狐の獣人の特徴もうまく出していた。
「それと、こちらが随伴させる護衛兵です。武装はシステム・ウェポンのアサルトライフル型で統一し、軍服もグレーとします。階級による差別の可視化ですね」
護衛兵は、グレー基調の長袖・長ズボンで、要所要所を黒のベルトで縛ってアクセントとしていた。アサルトライフルは肩掛けで、左太ももに大型のナイフを装備。頭部にサングラスを模したヘッドマウントディスプレイを掛け、視線を切るようにしている。
「首から下は人工筋肉繊維製のタイツタイプのアシストスーツを装備させ、筋力と防御力を向上させています。1人あたり、通常の軍人を10人程度制圧可能と想定しています」
「そりゃまた。高級品を出してきたわね?」
人工筋肉繊維は、いわゆる希少元素を大量に使用して製造する、現在の<ザ・ツリー>にとっては超高級装備だ。
海水から回収するか、あるいは採掘残土に僅かに含まれるものを集めているのみであり、当然、回収にも精製にも非常にコストが掛かっている。
「はい、司令。万が一にも、教育済の頭脳装置を失うのは避けたいので。バックアップから復元しても、結局、似て非なる者にしかなりません」
頭脳装置は、主要演算素子に擬似生体細胞を使用している。ニューロンの配置とシナプスの生成接続は化学反応によって行われるため、外乱の影響が非常に大きい。
そのため、いくらバックアップを取ろうとも、全く同じ頭脳装置を製造するのが技術的に困難なのだ。
そもそも、バックアップもニューロン、シナプスの位置情報から結合力までを標本化・量子化して保存する技術である。
一瞬で頭脳装置全体の情報を取得するのは、事実上不可能だ。
正確には、全体のバックアップをスナップショットとして取得するには、全細胞の状態をタイムラグ無しに観測する必要がある。
そして、観測用のセンサーを仕込むと、ユニット容量が十数倍に膨れ上がってしまう。
そのため、バックアップそのものの同一性は担保されない。
そんなバックアップから復元された頭脳装置は、能力や記憶という面ではオリジナルと遜色ないものの、実際には別個体というのが通説である。
故に、司令官も<リンゴ>も、頭脳装置の損傷や損失は基本的に許容しない、という立場であった。
「ま、そこは万全を期してもらって。護衛は問題無いんでしょう?」
「はい、司令。攻撃型ドローンの電磁カタパルト射出を待機する予定です。会場上空へ、1分以内に展開可能です」
となれば、何かあっても1分だけ粘れば会場を制圧可能ということである。
スパイボット網からの収集データを合わせれば、危険人物や爆弾なども事前に探知は可能だろう。
パーティー会場が決定したのは昨日のことであり、急ピッチで準備が進んでいるものの、既にスパイボットが侵入済みのため事前に仕込みをされる心配もなかった。
「その他、注意すべきは遠距離攻撃です。しかし、今のところそういった暗殺計画などが諜報網に検知された形跡はありません。日常会話を模した暗喩会話はすり抜ける可能性がありますが、裏組織にも目立った動きはありませんので、計画的な犯行は行われないでしょう」
「オッケー。万全の体制ということはよく分かったわ。まあ、当日は見学かしらねえ…」
<リンゴ>は常に、様々な可能性を想定し、対処している。魔法に対しては後手に回ってしまうが、これも朝日の助言を受けることで徐々に対応力が上がっている。
目下の悩みは、アサヒのテレク港街へ行かせろコールか。万が一も無いことは分かっているものの、僅かな可能性を気にして派遣が認められないのは<リンゴ>がアサヒを失うことを恐れているからだ。
司令よりも優先順位が低いとしても、アサヒやその他人型機械達も、<リンゴ>にとっては大事な家族だ。できれば、安心安全のザ・ツリーから出したくはないのである。
それでも、閉じ込めることで余計なストレスになるのであれば、しぶしぶながら認めるしか無いのであった。
「何らかの敵対行為が発生したとしても、現地対応のモデルケースにはなります。最悪の場合でも、頭脳装置さえ回収できれば損失にはなりません」
計画的、組織的な問題が発見されないのであれば、最後に警戒するのは個人的な暴発、あるいは単独犯による襲撃である。
レプイタリ王国側が用意する警備兵などに、単独犯が紛れ込んでいた場合などは、音声・映像収集だけでは捉えきれない可能性はあるのだ。
「継続的に分析中ではありますが、魔法を主軸に暗殺などを行う個人は存在するようです。首都モーアにも潜伏しているという噂はありましたが、追いきれていません。アサヒの推測になりますが、もし魔法にも諜報や探知に類する技術があれば、それを掻い潜る対象はスパイボット網からも逃れる可能性はあるとのことです」
「なるほどねぇ。とはいえ、魔法と違って、私達の力は数の暴力。スパイボットも増やしているんでしょう?」
「はい、司令。増産、輸送を繰り返しています。ボットの寿命もありますので、いつかは頭打ちになりますが、現時点では増加している状況ですね」
寿命が来たボットは自力で回収拠点へ移動させるか、別のボットに回収させることになる。拠点が増えれば露見する可能性も高くなり、移動距離が長ければ稼働時間が短くなる。いくら数を増やしても、投入と回収のバランスが限界に達する点は存在するのだ。
まあ、今のところは問題ない。
「スパイボットに頼らずに、諜報網とか作れないかしらね。ほら、電化用品に仕込むとか。外灯使うとかさ」
「検討しましょう」
◇◇◇◇
そのパーティー会場では、急ピッチで準備が行われていた。
「シャンデリアに埃を残すなよ。対応人数は?」
「5名。1名は人流制御のため張り付けています」
「素晴らしい。よく教育が行き届いている」
絶対に失敗は許されない。出入りの業者に任せては信用できない、と、海軍上層部が自ら陣頭指揮に当たり、準備作業を制御していた。
海軍仕込みの、システマチックな現場統制である。
優秀な人員を指揮に当たらせれば、順当な結果となる。
現場作業員の怠慢まで計算に入れた、完璧な人員掌握術だ。
通常の現場では、ここまでうまくいくことはないだろう。何せ、現場監督は泣く子も黙る海軍将校達なのだ。
一般人達から見て、彼らは王族貴族と変わらない権力の象徴だ。貴族と違うのは、その立場に見合った優秀な人員であるということだろう。
「<パライゾ>の彼女らに、無様な姿は見せられん」
それが、あの砲撃演習を体感した将校達の一致した見解であった。
彼らは既に色々と諦め、とにかく<パライゾ>と友好的に接することだけを考えている。国内法の制定は、完全に事務方に丸投げしていた。もちろん、下手な条項など入れないようたっぷりと釘を差した上で、だが。




