第124話 閑話(とある海洋国家4)
彼女たちは、果たしてテレク港街、ひいては燃石についての情報を掴んでいるのか。
それが探りきれないというのが、レプイタリ王国海軍渉外部の目下の悩みであった。
「いっそ、こちらの蒸気機関の紹介でもして、反応を探ったほうがいいのではないか?」
「しかし、蒸気機関は我が国の最重要機密に当たるぞ。国交樹立した国ならまだしも、交渉中の他国に開示してもいいようなものでは…」
「そうは言っても、現物を確認しない限りは話も切り出せんだろう。足元を見られるわけにはいかんのだぞ」
彼女たちは、間違いなく森の国との国交を持っている。
それが、陸路なのか海路なのかは不明だが、普通に考えれば海路だろう。
陸路となると、あの広大な砂漠を北上するか、はたまたテレク港街経由で荒野を歩き続ける必要があるのだ。
また、陸路だと当然時間がかかるため、茶葉はまだしも、焼き菓子などを輸送することは現実的ではない。
海路であれば、あの冷蔵室とかいう低温の部屋を使って、長期保存ができるはずだ。
そうすると、テレク港街の存在に気付いていない、という可能性もある。テレク港街に寄港していなければ、燃石について知らないというのも頷けるが。
「しかし、レブレスタ産の茶葉に、焼き菓子か…。あれも、王室御用達の何とかいう商会が居なかったか?」
「……」
そして。
さらに積み上がる問題は、彼女らが提示してきた貿易品目だった。
現在、レブレスタとの交易を行っているのは1商会のみだ。
それも、アフラーシア連合王国が内戦により渡航禁止となったため、途中の補給拠点となるテレク港街やその他の港が使用できなくなり、途絶えているはずである。
それでも、過去にはレブレスタとの販路を独占していたのだ。
ぽっと出の謎の艦隊にそれを奪われるとなると、その心中は穏やかではないだろう。
故に、どういう行動に出てくるか予想がつかなかった。
いわんや、テレク港街への艦隊出動という計画があったのだ。
梯子を外された上、販路も奪われるのである。
「何らかの保障を与えざるを得ないでしょうな」
「全く面倒な…」
交易品目から外す、という選択肢もあるのだが、レブレスタとの交易が途絶えて久しく、その品々が手に入るということであれば可能な限り取り扱いたかった。
レブレスタ産は高級茶葉のため、王家への貢物としても非常に有用なのだ。
「しかし、独占販売権など与えれば、今にも増して暴利を貪るだろう」
「これまでは、交易船の運営費やらが名目にはなっていたがな」
<パライゾ>との交渉次第ではあるが、少なくともレプイタリ王国が商船を使うよりも安い金額になるはずだ。そうしないと、<パライゾ>の品物は売れないからだ。
そして、そういった当たり前の条項については、既に話し合いが始まっている。実際に向こうが提示してきた価値は、妥当であると思われる額だったのだ。
「本来、我々が国内事情を勘案しなければならないというのも、おかしな話だが」
「仕方無かろう。元老院は言うに及ばず、国内関連部署の無能共も大概だ。我々がやらなければ、我が国内はとんでもないことになるぞ」
<パライゾ>にそれとなく取扱量について聞き出したのだが、あの旗艦パナスよりも大きな商船を用意できるとのことだった。
パナスの全長が、およそ100f。レプイタリ王国の新型戦艦がようやく70fを超えた所というのに、それより遥かに巨大な戦艦、そして商船を運用しているらしい。
「彼女らは友好的だ。明らかに文明の劣る我々に対し、極めて穏便に交渉を進めてもらっているが…」
「外部からは、特に元老院達からはそうは見えんだろうな」
「我々海軍に責を取らせようとしてくるだろうよ」
「それで、奴らの息の掛かった有象無象共が交渉担当官としてねじ込まれると」
「…我らの麗しの王都が、火の海に沈みかねん」
「<パライゾ>の脅威を、直に見せたほうが良いかも知れんな…」
そうして、実弾演習の要請が、<パライゾ>に対して行われたのだった。
◇◇◇◇
1発目。
ヘッジホッグ級3番艦が発砲した砲弾は、彼らの想定する3倍の速度で飛翔し、標的艦である快速帆船の最後方マストの根本に直撃。これをへし折った。
砲弾はそのまま貫通し、遠くの海面に大きな水柱を生じさせた。
<パライゾ>曰く徹甲弾、爆発魔法を利用した弾頭ではなく、金属の塊を飛ばしたとのことだったが。
「…。まぐれ、ではないのだろうな」
「はっ。その後、3回の連続砲撃を行い、残りのマスト3本に直撃させています。…命中率は100%。私はこの目で見ましたが、いまだ信じられません…」
観測射撃も行わず、狙った場所に違わず着弾させる。
そしてそれを、船の主砲でやってのけたのだ。
機械技術を元に発展していると思われる<パライゾ>だが、もしかすると何らかの魔法技術も併用しているのかも知れない。
魔法には、必中と呼ばれるものがある。森の国が好んで使用する魔法で、レブレスタの弓兵はこれを習得することが最終目標と言われるほど。
効果は単純で、視認した目標に必ず矢を命中させるというものだ。
この魔法を応用した砲弾だ、そう言われたほうが安心できる。
「次に、<パライゾ>が用意した小型の浮き目標に対し、近接防御と呼ばれる武器で攻撃を行いました。恐らく、大型の機関銃のような兵器です。正確には不明ですが、毎分数十発の砲弾を発射できる能力があるようです。目標が粉砕された瞬間に、周囲に大量の水柱が上がりました」
対大型艦船だけでなく、高速小型の船に対しても有効な攻撃手段を持つ。
しかも、主砲であってもその速射性能は眼を見張るものがあった。その砲が、前部に2門、後部に1門備わっており、さらに全部で8隻が存在するのだ。
「我々の戦力で立ち向かって、勝つ見込みがあると思うかね?」
「はっ。…率直に申し上げて、不可能かと。1時間以内に全滅でしょう」
レプイタリ王国海軍技術局少佐、パリアード・アミナスは、簡潔にそう回答した。
「この場でなければ、即刻処断せねばならんほどに怯懦にまみれた発言だな、少佐。だが、他ならぬ君がそう言うのであれば、そうなのだろうな…」
「はい。誠に遺憾ながら。…そして、ヘッジホッグ級3隻による統制射撃演武。3隻9門の主砲による連続砲撃です。別のヘッジホッグ級の曳航する複数の海上目標に対し、同時着弾を行いました。使用されたのは榴弾、爆発弾頭です。正直、足が震えました」
「やはり、爆発弾頭も有しているか…」
なにか一点でも、<パライゾ>に対して有利な点が見つかればと、淡い期待を抱いていたのだが。
どうやら、無駄な期待に終わったようだった。
「最後に、旗艦パナスの主砲を使用した、快速帆船への直接攻撃です。使用した弾頭は徹甲弾とのことですが、<パライゾ>の説明より、弾速は我々の砲のおよそ10倍。発砲直後に着弾、クリッパーは中央部から分断。砲弾は貫通、遥か後方で着水しました。我々の戦艦でも、間違いなく装甲は貫通するでしょう」
報告書として聞くだけでも、あまりの理不尽さに全てを投げ出したくなる。
そして、こんなとんでもない相手が、首都の港に停泊し、睨みを利かせているのだ。
当然、港を見下ろす位置にある王宮も、その射程に捉えられている。
「招待したお偉方が、脅威を正しく認識できていればよいが…」
今回、観覧船を用意してまでこの実弾演習を行ったのは、<パライゾ>の脅威を海軍以外でも共有するためだ。
最近どうも、彼女達との交渉を行っているという情報が漏れ出しているらしかった。
そのため、おかしな横槍を入れられる前に、釘を刺しておきたかったのである。
そしてその結果、当の海軍が最も打ちのめされているというのは、笑えない冗談のようであったが。
何にせよ、これからも<パライゾ>とは友好的な付き合いをしていく必要があった。
国内の馬鹿な別勢力に、余計な手は出してほしくないのである。
「国内を抑えるチームを作るべきかもしれん。<パライゾ>と、僅かでも敵対する意思を見せないようにしなければ。どこかが暴走した時点で、王宮に砲弾の雨が降りかねんぞ」
海軍は、かつて自らがそうしていたという経験上、慎重な対応を行っていた。
しかし、それを理解せず、過去の栄光にすがり続ける者たちが存在するのも事実である。
「次は、彼女達を我々の港へ招待することになる。落ち着いて話し合いができればよいのだが…」