第115話 イブは鑑定スキルを手に入れた!
「司令。カッターが近付いて来ます」
「おっ。ようやく動いたのね」
<パライゾ>艦隊が港に停泊してから、およそ2時間。正面の港から、要人を乗せていると思しき手漕ぎカッター艇が出てきたのが確認された。<リンゴ>が表示してくれている映像には、既に乗員のプロフィールまでが補足表示されている。
「…これが噂に聞くチートスキル、鑑定」
「はい、司令。概念的には同一であると思います」
そんな与太話をしつつ、司令官と<リンゴ>はその光景を眺めていた。
旗艦パナスの戦略AIは、相手の反応が予測範囲内であったため、事前シミュレーション通りの最適な対応を行う。意図的に空けておいた、パナスの正面やや左側の航路。カッターの漕手達は、おっかなびっくりといった態度で櫂を漕ぎ、両側のヘッジホッグ級駆逐艦を見上げながら近付いてくる。カッターの最後尾に立つのは、勲章を幾つかぶら下げた海軍少佐だ。交渉役としては、充分な地位を持っていると判断できる。
「人形機械行動開始。6体が武装したまま甲板を移動しています。艦隊長にはドライを設定。蓄積経験値から考えても、妥当な役割でしょう」
「そうね。最初の方からいろいろ動かしてるからねぇ」
アサルトライフルで武装し、シルエットを隠すためにロングコートを着た人形機械が、統一された動きで船べりに駆け寄り、次々と片膝立ちの射撃体勢を取る。実際に警戒しているわけではないが、相手に対するパフォーマンスだ。
ちなみに、相手の乗員達は気付いていないが、両側のヘッジホッグ級に搭載されている近接防御銃が、既に照準を終えている。敵対行動を取った瞬間、彼らはひき肉に変わることになるだろう。
「止まれ!」
人形機械に続いて現れたドライが、流暢なレプイタリ語でそう叫んだ。
「停止!」
カッターに乗った少佐が叫び、漕手達は一斉にオールを水面に当て急制動を掛ける。そんな無理な挙動は滅多にしないだろうから、よく訓練されていると言えるだろう。カッターが停止したのを確認し、少佐は立ったまま話し始めた。
「私はレプイタリ王国海軍渉外部所属、レビデル・クリンキーカ少佐である! 貴殿の所属と、名を名乗られたし! 何用で入港されたのか!」
よく通る声であった。何らかの方法で、拡声しているのかも知れない。こういった細かい技術は解析が追いついておらず、未知の道具を使用している可能性が高い。とはいえ、所詮拡声だけであるため、パナスの戦略AIは特に警戒すること無く、人形機械を動かした。
「我々は<パライゾ>。<パライゾ>所属、ドライ=リンゴ。艦隊長である。我々の目的は、貴国との交渉だ」
貿易ではなく、交渉。それが<パライゾ>からの要求である。
とはいえ、それは相手も予想はついていたのだろう。貨物船、商船は居らず、軍艦のみで乗り付けているのだ。商売を行う気がないというのは、一目瞭然である。
「承知した! 我が国としても、貴艦隊へ危害を加える意志はない! 交渉の席を設けると約束しよう!」
その返答にドライは頷き。
「戻せ」
言葉とともに、6体の人形機械は構えを解き、後ろに下がった。その様子に、僅かな安堵のため息を吐く海軍少佐、レビデル・クリンキーカ。銃の運用はレプイタリ王国でも当然行われており、また、個人携行には至っていないが機関銃の配備も始まっている。その知識を持っていたようで、彼に向けられる銃の意味は充分に理解できていた。
レプイタリ王国のそれよりも遥かに洗練されており、高性能で、連射可能な銃である、と。
そして、自分たちはそれを開発する技術は持っておらず、この<パライゾ>は量産化している、と。
「まずは、交流を持つことを望む。明朝、夜明けの2時間後にここまで乗り付けること。我らが旗艦の甲板上に案内する」
「問題ない! 乗艦可能なのは何名までか!」
その問いに、ドライはさっと視線を巡らせ、頷いた。
「護衛を含め、7名を上限とする。我々も、同席するのは7名。よろしいか」
「感謝する! それでは、明朝、日の出から2時間後に伺うことにしよう! 水や食料の提供も可能だが、いかがか!」
「不要である。それでは、また明日お会いしよう」
通常、船乗りにとってはありがたいはずの水と食料の融通。それを一言で切り捨て、ドライは踵を返した。人形機械のうち2体がそれに続き、残り4体が警戒のためその場に残る。
「……」
しばし言葉を失ったまま立ち尽くす海軍少佐だったが、やがてため息を吐き、転回の号令をかけたのだった。
◇◇◇◇
レプイタリ王国海軍渉外部所属、レビデル・クリンキーカ少佐。彼は、たった今言葉を交わした、異国の船員達を思い出していた。
巨大な軍艦の舳先であったため、彼からは随分と見上げる形となっていた。すでに日も傾いており、あまり視界が良くなかったというのもある。しかし、それにしても随分と小柄だという印象を受けていた。
そして、実際に声を聞き、疑惑は強まる。
言葉自体ははっきりとしており、その内容にも問題はない。いや、ほとんど交渉できなかった時点で問題なのだが、会話内容に違和感はない。
ただ、その声が。
まるで、声変わり前の少年、あるいは少女のように透き通ったものだった。
堂々とした態度。
レプイタリ王国という大国相手に、一歩も引かない姿勢。
明瞭な喋り方に、筋の通った要求。
そしてそれらに全く似合わない、美しい最上の声。
「なにはともあれ、だ」
会談の段取りは付けられた。
自分がその場に参加できるかどうかは上の判断にはなるが、一定の成果は出せたと言っていいだろう。色々と気になる言動はあったものの、それを判断するのは別の部署の仕事である。
彼の仕事は、下手な言質を取られないよう気をつけた上で、ある程度の意思疎通を行うものだ。今回は特に無かったが、例えば相手の挑発に乗らず冷静に反論できるか、理性的に、理論的に会話を続けられるかというのが重要なのである。
(それにしても、船自体もだが、船員達の身のこなしも相当だった)
それは、軍人として抱いた感想だった。
あの動きは、レプイタリ王国の精鋭兵にも勝るとも劣らない。走る速度、そして持ち場への展開、銃の構え方。そのまま振れること無く、銃を構え続けるという姿勢も素晴らしいものだった。
船団長の護衛であろうため、当然精鋭が付いているのだろうが。それにしても、長距離航海に戦闘特化と思われる人員が揃っているのが俄には信じがたい。
それに、食料も水も不要という胆力。
何ヶ月も航行した後は、新鮮な水や野菜、肉は魅力的なはずだ。それを、一瞬の躊躇いもなく、そして未練もなく切り捨てるという行動。
普通は港に辿り着けば真っ先に買い付けるだろうそれを、不要と言い切ったのだ。
(もしかすると、毒を警戒しているのかも知れないが)
敵国だ、という認識をしていれば、確かに拒否する可能性はあるだろう。
(しかし、あの9隻という船団規模では、不満に思う船員も出るだろうに…)
それでも、船旅は過酷だ。新鮮な水を飲みたいと望む船員も少なくないだろう。それを完璧に抑え込んでいるのだとすれば、あの船団長の手腕はかなりのものだろう。
まさか、レプイタリ王国が誇る海軍の、経験豊富な上層部が判断を誤るとは思えないが。
彼が相対して感じたものは、正確に伝える必要がある。小さな気付きが重要な意味を持つことは多々あるのだ。
そうして、海軍少佐レビデル・クリンキーカは、その場の出来事と自身が感じた全てを報告した。その内容をもとに、渉外部は徹夜で交渉内容をまとめることになる。
とはいえ、現時点では情報が少なすぎる。
本格的な話し合いは、また後日になるだろう。
相手の要求は、全く予想できない。軍事的圧力であればもっとやりようがあるだろうし、交易であれば商船の1隻でも連れていないのはおかしい。
結局、出たとこ任せで対応するしかなさそうだった。




