第108話 艦隊の初出航
「予定していた艦隊の定数が揃いました」
「よくやった!」
駆逐艦の最後の1隻が、進水を果たした。まだ予備艦として製造は続けるが、ひとまず巡洋艦を旗艦とした艦隊定数の建造が完了したのである。
「ヘッジホッグ級駆逐艦8隻、および旗艦パナス、パナス級原子力巡洋艦の戦力化が完了しました。ドック内での検査は全て終了。残るは試験航海のみとなります」
「いやあ、壮観ねえ…」
ひとまず、巡洋艦および駆逐艦8隻は輪形陣を取らせている。その様子をドローン映像から鑑賞しながら、司令官は非常にはしゃいでいた。
「やっぱり、旗艦が居ると違うわねぇ! 急に艦隊らしく見えるようになったわ!」
「はい、司令。ありがとうございます」
中央に旗艦パナス。周囲に6隻、進行方向前方に2隻のヘッジホッグ級駆逐艦。
これが今回採用した輪形陣となる。
また上空には広域監視ドローンを待機させ、常に視界を確保した状態とする。ドローンは高度20km程度を飛行するため、その視界自体は計算上600kmを超える。
そのため、直上に張り付けるのではなく後方または側方に配置することで、直接的な関係を誤魔化す予定だ。
同様に給電ドローンも離れた場所に配置し、なるべく視認されないような位置を取る。給電効率は落ちるが、今回の原子力巡洋艦は自前で十分なエネルギーを供給できるため、特に問題にはならない。
「試験航海は、<ザ・ツリー>から第2要塞とします。
その後第2要塞で物資の定数補給を行い、テレク港街へ向かいます。
問題なければ、貨物室に燃石を積み込みレプイタリ王国へ向けて出発する予定です」
「そうね。何か、テレク港街へ派兵するとか言ってるんでしょ。先手を取られると面倒だし、釘を刺しておかないとね」
「はい、司令。
テレク港街の常駐戦力だけでも十分に撃退は可能と想定されますが、そもそも来させないほうが良いでしょう。
他国との外交を行うためのモデルケースにもなります。
彼の国は周辺国家では頭一つ抜けてるようですので、よい試金石になるかと」
レプイタリ王国へ浸透させているボット群は、順調に情報を収集している。レプイタリ王国の現在の目標は、テレク港街の支配と燃石の確保。
覇権国家としては、まあ理解できる方針だろう。
現在、レプイタリ王国の主要な動力は燃石を使用した蒸気機関だ。そして、燃石自体はレプイタリ王国内での産出はほぼ無いらしい。
燃石の主要な産出国は、何を隠そうアフラーシア連合王国である。世が世であれば、アフラーシア連合王国はエネルギー産出国として覇を唱えていたかもしれない。
「レプイタリ王国と国交を結び、その後周辺国家へも睨みをきかせます。
力を見せれば、ある程度こちらの思惑通りに情勢を操作できるでしょう。
満を持して、アフラーシア連合王国内陸へ進出するプランをお勧めします」
<ザ・ツリー>、いや、対外的には<パライゾ>が、アフラーシア連合王国の内戦へ干渉。
国内資源を押さえ、全体を植民地化するという大胆な計画だ。
これは、<リンゴ>が勝手に言いだしたものではない。
アフラーシア連合王国の領土が、周辺国家に削られている。
これが、北大陸を広域に渡って光学走査した結果判明した事実であった。
侵略している国家の目的は、アフラーシア連合王国の国土から産出する燃石である。燃石は、安定して熱を発するという特性を持った鉱石だ。
現在は、煮炊きが便利になるものとして一般的に認識されているようだ。一部、製鉄にも使用されている。
これまでは産出量があまり多くなかったため、木炭などのほうが需要があったようだが、その使い勝手の良さに徐々にシフトしているようだった。
ただ、現在はレプイタリ王国がそれなりの高値で買い集めているため、どの国でもそこまで普及できていない。
しかし、大国であるレプイタリ王国で大々的に使用され始めたということで、その市場価値がつり上がったのだ。
「どうせ、そのまま放置しても10年以内にアフラーシア連合王国は瓦解する。遅かれ早かれ、であれば、私達が先に獲ってしまっても構わない」
それが、司令官の出した結論だった。
今の<ザ・ツリー>の戦力であれば、ほとんど血を流すことなくアフラーシア連合王国全土を掌握することが可能だろう。
このまま内乱と外国からの領土削り取りを放置するより、よほど死者数は抑えられる。
幸い、この大陸での主食は小麦に似た穀物だ。耕作地を用意し、大量の化学肥料を投入すれば十分に食料を賄える。
糸と布を供給し、建設資材を放出すれば、国民の9割を懐柔することも不可能ではない。
衣・食・住を十分に提供するトップに、わざわざ逆らうような人間はごく少数だ。
「アフラーシア連合王国全土を掌握し、北に多く分布すると予想される鉱脈も確保する」
北大陸の中央部には、東西に走る巨大な山脈が存在する。その南側、すなわちアフラーシア連合王国国土は、その山脈から流れ出たと思われる溶岩に覆われた大地だ。
そして、多くの溶岩溜まり、即ち鉱脈は、北に多いと想定される。
「第2要塞周辺は溶岩流のほぼ先端。到達した溶岩の量はあまり多くない。北上すればするほど、溶岩の量は多くなる。窪地や谷があれば、そこに溜まった溶岩から鉱脈が生まれていると思われる。速やかに全土を掌握し、大手を振って調査を行うべき」
そして、アフラーシア連合王国の国としての地位を向上させ、諸外国から各種資源を輸入する。これができれば、資源収支は相当に安定することになる。
「ま、机上の空論だけど。まずは、周辺国家で一番の脅威になる、レプイタリ王国を黙らせないとねぇ」
司令官の方針は、なるべく戦わずに要求を呑ませること。
今の所、アフラーシア連合王国は圧倒的戦力で電撃的な占拠を行うのが最適解。
そして、レプイタリ王国に対しては巨大艦を旗艦とした砲艦外交。
戦力を揃えるにはまだ資源が不足しているため、最初にレプイタリ王国およびその周辺国家を<パライゾ>の影響下に置くことにしたのだ。
「こんなに急ぐつもりはなかったんだけどねぇ」
「はい、司令。
この段階で、レプイタリ王国の内情を知れたのは幸いでした。
征伐艦隊が出航する前に、こちらから出向くことができます。
海上で鉢合わせた場合、戦闘状態になる可能性が高かったですので」
「戦わずして屈服させる。これが一番、遺恨が残らなくていいわよね。たぶん」
「はい、司令。死者はなるべく少ないほうが良いでしょう」
じっくり戦力を揃えてから、一撃ですべてを手に入れる。これが理想ではあったが、準備が整う前にレプイタリ王国とぶつかることが確定的になったのだ。
実際のところ、派遣する艦隊だけでレプイタリ王国全土を蹂躙することは不可能だ。
しかし、外交に使う分には十分と<リンゴ>は判断した。少なくとも、レプイタリ王国首都、モーアを焦土にできる程度の火力はある。
十分な抑止力になるだろう。
「それに、直接燃石を取引できるとなれば、拒否も難しいでしょうしね」
レプイタリ王国が問題視しているのは、燃石の供給ルートである。複数の国と取引を行っているものの、やや足元を見られており、かつ輸送にコストが掛かっている。
これを、海路で大量に輸入できるようになれば、歓迎こそすれ追い返すような真似はしないだろう。
とはいえ、供給ルートを独占される危険性は理解しているようだから、レプイタリ王国の上層部は、さぞ難しい舵取りを行わなければならなくなるだろうが。
「さあ、出港の準備はできたかしら?」
「はい、司令。恙無く」
「いいわね。じゃ、見送りに出ようかしら。記念すべき、<ザ・ツリー>初の打撃艦隊の出航よ」




