第106話 新型駆逐艦と巡洋艦
「北諸島へのスパイボット展開が完了しました。直接給電可能範囲ですので、容易に構築運用ができました」
「いいわね。元々、何で北諸島を侵略したのかも分かんなかったけど、そろそろ本格的に対応しないとね。何だかんだで、これが一番<ザ・ツリー>に近いし。直接的脅威ね」
余計な刺激を与えないようにという意味でも、半ば放置していた北諸島であるが、ついに<ザ・ツリー>として本格的に対応を開始することになった。手始めに、帰港する船団に張り付けて潜水艇を侵入させ、夜間の闇に乗じて昆虫型のスパイボットをばら撒いている。
「羽虫型は、マイクロ波給電により無補給で行動できるようになりました。
バッテリーレスにより小型化できたのが大きいですね。
あらゆる場所に浸透し、メッシュネットワークを構築します。
元々の用途を考えますと、そもそもマイクロ波駆動のスパイボットは無用の長物だったのですが」
「そりゃね。バレないように浸透させる必要があるのに、派手にマイクロ波をばら撒くなんて考えられなかったわねぇ」
<ワールド・オブ・スペース>時代は仮想敵が同技術帯であったため、そもそもマイクロ波給電が実現できなかった。
その点、この世界は電波技術が全く発展していないため、少なくとも現時点においては何の制約もなく使い放題である。どれだけ派手に電磁波を撒き散らそうが、気付かれる心配が全く無い。
とはいえ、ボットは3cm以上とそこそこの大きさがある。無制限に飛び回らせるとさすがに警戒されるし、下手をすると駆除対象になりかねない。
そのため、移動は主に夜間に行い、昼間は物陰に隠しておくという運用になる。
それでも音波の収集に支障はない。搭載センサーの感度の問題で視野は狭いが、複数のボットの視覚センサー情報を束ねることで、そこそこの解像度の映像を拾うことができる。
いくらかは見つかって破壊される可能性はあるが、セルロース・樹脂・液状動力伝達機構・マイクロ銀糸などが主要構成物であり、叩き潰されたとしても見た目はそこらの虫と大差ない。
そして、同時に侵入させている手のひら大の蜘蛛型ボットにより、残骸回収も可能である。
蜘蛛型ボットは出力強化型の通信機能を保有しており、基本的に物陰に待機させて運用する想定だ。
また、メッシュネットワークのハブとして情報を束ねる役目を持たせ、ほぼリアルタイムで<ザ・ツリー>に向けて情報を共有させている。
「ある程度情報が出揃いましたら、また報告いたします。今の時点では遠距離通信技術は開発されていないようですので、それほど急ぐ必要はないでしょう。本土との交信は、鳥を使用しているようですね」
「…鳥?」
「はい、司令。
歴史的には、鳩の帰巣本能を使用した伝書鳩というものがありました。
それと似たような仕組みであると推察されます。
何度かに分け、同じ手紙を脚に括り付けた鳥を放っているのが確認できました。
ただ、全てが別種の鳥だったため、帰巣本能が使われているのか、あるいは何らかの方法で目的の場所に飛ばす方法があるのかは不明です」
「ふーん…」
まあ確かに、考えてみると北諸島からレプイタリ王国まで、直線で1,000kmは離れている。その間は当然島など存在しないため、海鳥でもなければ休む場所はない。
24時間飛び続けることが出来る種類も存在するが、明らかに別種と分かるほど姿かたちが異なる鳥が全て、そのような飛行能力を持っているというのも考え難い。
「これについては、おいおい調査しましょう。
鳥の速さでは、どんなに早くとも手紙が届くのは3日後。
寄り道でもしてしまえば1週間以上掛かる可能性もありますので、情報伝達速度はそれが限界です。
それだけの時間があれば、北諸島全体に諜報網を構築できるでしょう」
「ほいほい。んじゃまあ…次は、駆逐艦の新クラスかしら。テストは順調なんでしょう?」
「はい、司令」
司令官の言葉に<リンゴ>は頷き、ディスプレイに駆逐艦のツリーを表示する。
「開発状況はこちらに。級としては、1番級とは別になります。
基材は高張力鋼に変更。各部装甲はカーボンナノチューブ・樹脂複合材を採用し、積層構造としました。
造波抵抗等、各種抵抗値から加速性能を最重視するよう船体を造形しています」
「ん、ん、んー…。なるほど。加速性能なのね」
「はい、司令。戦闘機動中は、駆逐艦に求められるのは加減速・旋回などの運動性能です。最高速や燃費は次点です」
「ほいほい。まあいいんじゃない? あとは、推進機、と」
駆逐艦ツリーの横には、推進装置のツリーも並べてある。相互にラインが繋がっているため、各船種に何の技術が使用されているかが把握できるようになっていた。
「基礎技術はウォータージェット。推進方式はスクリューポンプなのね。このあたりは1番級でテストしてたやつだっけ?」
「はい、司令。
いくつかの推進機を試作し搭載しました。
最も結果が良好であったものを採用しています。
海中に磁場を発生させて推進力を得る電磁推進のテストも実施しましたが、現時点ではスクリューポンプによる加圧の方が効率が良いようです。
電磁推進は超電導コイルを必要としますが、常温超電導材で無い限りは冷却機構が別途必要となりますので、積載量に影響します。
常温超電導材料は別途研究中ですので、そちらが実用化できれば推進器の換装も検討します」
「おう…。ウォータージェット…。って、船底はスリットだらけなのね。どういう構造?」
「取水口と噴射ノズルを配置しています。
簡単に説明しますと、少ない水を高速で噴射するよりも、大量の水を低速で噴射した方が、加速効率が高くなります。
十分な加速力を効率的に発揮するため、複数の噴射口から大量に噴射する方式を採用しました」
「なるほど…なるほどねぇ…。ちょっと見たこと無い形状だからびっくりしたわ。速いなら問題ないわよ。これで加速力と最高速の向上は問題ないのね。武装は?」
「主砲は多砲身レールガン。
小型目標、対空目標用の短砲身・多砲身レールガン。
垂直発射装置および対空ミサイル、対艦ミサイル、対潜ミサイル。
魚雷投射装置および短魚雷、長魚雷。
搭載機として偵察ドローン、対人ドローンがあり、電磁カタパルトで即時展開可能です」
「一通り揃ってるわね。汎用性重視かしら」
「はい、司令。
一通りの状況に対応できるよう弾薬を揃えました。
また、居住区画は最低限で、基本的に貨物区画としていますので、継戦能力も高くなっています」
新型の駆逐艦は、アルファ級と比べてかなり大きくなっている。
その分増えた搭載量は、大量の砲弾とミサイル、魚雷、ドローンに使用された。1隻でアルファ級5~6隻分の働きが可能というのが、<リンゴ>の見解である。
「そして、こちらが現時点の旗艦となる核融合炉搭載巡洋艦です。
核融合炉の設置スペース確保のため船幅が広くなっており、標準型と比べると最高速度が低くなっています。
主砲は多段電磁投射砲。
副砲として多砲身レールガン。
短砲身・多砲身レールガンも装備しています。
垂直発射装置はより大型のものを設置。
各種ミサイルに加え、長距離ミサイルも発射可能です。
魚雷投射装置、ドローン射出用の電磁カタパルト。
更に、飛行艇SR-1級を1機搭載可能で、簡易整備ドックも備えています」
「完全に遠征用の装備ねぇ」
「はい、司令。
今後、マイクロ波中継ドローンの範囲外へ派遣することも多くなると想定していますので、試験的に様々な機能を搭載しました。
今回の目標であるレプイタリ王国であれば、何らかの問題が発生しても<ザ・ツリー>から直接支援可能です。
ちょうどよい機会と考えています」
司令官は<リンゴ>からの提案を許可する。
これにより、<ザ・ツリー>の造船ドックは新型駆逐艦の量産体制に入ることとなった。




