第102話 わいがや
「森の国の使用する長さの基本単位がTANで、約1.53m。体積の基準はタンの10分の1を3乗した値で、MIKUS。約3.8L。重さの基準単位がRUK。これが、約0.43kg。大使館だけあって、度量衡の基準器が揃っていた」
「定義と実際の体積に誤差がありますが…?」
「…たぶん、…基準器の複製の…。…精度…が、悪い…かな…」
「重さとか、誤魔化してるかも~?」
「悪代官だねー。やっちゃってるんじゃないー?」
森の国との交易において、価値のすり合わせというのが非常に時間がかかっている。しかも、相手は自分たちの方が立場が上だと考えているため、基本的に足元を見てくるのだ。
まあ、<パライゾ>側としては、物資は<ザ・ツリー>から無制限に融通されるため少々ぼったくられても痛くも痒くもないのだが、かと言って唯々諾々と受け入れても舐められて終わるだけだ。
そのため、現地戦略AIは<リンゴ>の支援の元、淡々と条件を詰めている訳である。
そして、その交渉内容を、5姉妹がガヤガヤと確認していた。
「石油プラントもとりあえず落ち着いたし、この子達もいい経験になったでしょ。周りも静かだし、ちょっと1週間ばっかし日常ルーチンに戻してもいいんじゃない?」
という司令官の提案に、<リンゴ>も賛成し、晴れて5姉妹は連続休暇と相成った。まあ、休暇と言いつつ指揮演習をしたり将来予測をしたりと、結局仕事のようなものなのだが。
お姉様が一緒に参加するため、5姉妹にとっては楽しい時間になる。
司令官がどう捉えるかは置いておいて、姉妹達は久しぶりの交流の時間を楽しんでいた。
「双方に価値のある物として、魔石を設定。これを全ての対価計算の基準にしたのですね。アフラーシア連合王国内でも、魔石は価値があると?」
「うん…。ある基準で、硬貨と交換できる…と、東門都市の担当官が言ってた…みたい…?」
「んー。商業ギルドがあって、そこで交換を受け付けてるんだってさ。魔石は魔道具の動力源、だって。魔道具?」
「熱くしたり、風を出したり、火を付けたりできるらしーよ?」
姉妹たちは現在、森の国の交易結果、交渉内容を確認しているところだ。
ネットワークに接続してダウンロードすれば一発なのだが、息抜きも兼ねて資料の読み込みを行っているのである。
一応、この会議が終わった後は司令官への報告会が待っているので、彼女らは真剣に議論していた。
「アフラーシア連合王国の現状では、硬貨よりも魔石の方がよほど重宝されるということですね」
「そもそも、硬貨の質が悪い。不純物が多い。だからレブレスタは硬貨を交換基準にしていない」
「<パライゾ>として準備した各種インゴットは、同重量のレブレスタ硬貨に交換可能としているようですね」
「でもー、不純物っていうとレブレスタの硬貨もそこまで良くないしなー。ウチのインゴットなんて、99.9%でしょー。レートが悪すぎるよー」
「…たぶん、そこまで見分ける技術が…無いんだとおもう…」
ちなみにやろうと思えば99.999999999%でも製造可能だが、それこそ作る意味は特に無いため、常識的な範囲に収めているのだ。
残念ながら、この世界の常識とは乖離してしまっているようだが。精錬技術が不明だったため、致し方ない。
「<パライゾ>的に交換レートが高いのは、セルロース糸とセルロース布ですね。どうも、高級服飾素材として需要がありそうだと」
「漂白して真っ白になってるからね~。性能の良い漂白剤じゃないと、手作業で作れないんじゃない~?」
「染色糸や染色布も評価が高いかなー。やっぱり、色むらが無いのがいいみたいだねー」
「手に入れたレブレスタの大衆娯楽本によると、白に近い布ほど身分の高い者が好んで纏うらしい。漂白技術が進んだ現在でも、伝統的にその慣習が残っていると」
「アカネ、私はその情報を知りません。共有してもらえますか?」
「あ、私達もおねがい~」
「分かった。漂白紙と交換で手に入れた本の内容だから、レブレスタとの取引とは直接関係ない。検索タグに引っ掛からなかったのだと思う」
たまたま、レブレスタ大使館内に蔵書として複数冊収められていた雑誌を、いくつか手に入れることができていた。
そもそも、レブレスタ国内では、大量生産された植物紙がそれなりに流通しているようである。大使曰く、そこまで安価ではないということだが、大衆雑誌なども発行され、上流階級ではそれらの購読が一種のステータスとして流行っているとのことだ。
その一環で、大使館にも定期的に大衆雑誌が納入されるらしい。
同じ重さの雑誌と漂白紙の交換では、少々レートが低い気はするものの、一般常識的な知識が手に入るということもあり、積極的に交換対象としていた。
「芸能人の私的情報や、真偽不明の噂話などが特集されていることが多い。長老会に対する不満が記載されているものもあった。尤も、そういった記事は殆ど無かったから、善政を敷いているか、あるいは言論統制されているものと推測される」
「なるほど。統制されているとすれば、ある程度のガス抜きを認められているのでしょうね。民意の操り方を理解しているようです」
「すっごくいい政治家なんじゃないの~?」
「優しいおじいさんとかー?」
「可能性が高いのは、言論統制。善政で言論統制されていない場合、政府批判は一定程度発生する、と歴史書から読み取れる。それに、好かれているのなら称賛する記事も一定数記載されるはず。残念ながらそういったものは見受けられない」
「平和そうに見えて、闇が深いのですね」
「…こわい。近づかないでおこう…」
このあたりの考察は、既に<リンゴ>が実行しているものである。そして、その結果とほぼ同じ結論を出しているため、アカネの洞察力は非常に高いと言えるだろう。
ただ、魔法的な想定を盛り込むことが出来ていないため、現時点での蓋然性は60%というのが<リンゴ>の出した数値である。不明な情報が多すぎて、正確な考察が出来ていないということだ。
「今月の新作~。草原ウサギの毛皮で作ったコート~」
「ラッキーアイテムー。草原石のネックレスー? なにかいいことがあるかも??」
「服飾店の広告と、アクセサリーショップの広告。紙媒体の宣伝行為が始まっている。まだ洗練されていない。目聡い商人が活用を始めたところと推測する」
「…メディアが未成熟、ぽい…」
「版画による大量印刷のようですね。活版印刷でしょうか?」
「3色刷りのページもある。巻頭特集。少なくとも、絵は版画と思われる。文章は別の技術かもしれない。活版印刷にしては、揃いすぎているように思う。ただ、インクのかすれもあるので版を使用した印刷である可能性が高い」
「本1つからでも、いろいろと技術レベルが推測できるんですね。そうすると、自動印刷機とまではいかない感じでしょうか?」
「レブレスタ大使は、この雑誌の発行部数が数百と言っていたらしい。版はあるにせよ、手刷りなのは間違いないと思う」
「数百ですか。<ザ・ツリー>であれば、1時間で数千冊でも余裕で作れますね」
「…任せて。印刷機を含めて2時間以内に用意できる…よ…」
「さっすがオリーブー。エリカには無理かなー」
「ウツギにも無理かな~」
改めて<ザ・ツリー>の技術力の高さと、この世界の技術力の低さを確認しつつ、彼女らは更に資料を読み込んでいく。
「簡単な魔道具でいいから、解析したい。フラタラ都市で手に入らない?」
「んー…。あるっぽい? フラタラ都市って、魔道具が普及してるんだって」
「現地の戦略AIがいくつか解析に回してるみたい~。オリーブ、後で見てみたら~?」
「ん…」