第100話 ご意見番
結局、テフェンが立ち去ってから1時間後、各AIの自閉モードは徐々に解除された。
<リンゴ>は可能性はほぼゼロと判断しているが、一応ウィルス汚染を警戒し、ローカルネットワークで隔離後に1機1機完全洗浄を実施している最中だ。
防衛能力が最低レベルに下がっているため、第2要塞から各種航空機を派遣し戦力不足を補っている。
元の戦力に復帰するのに、最低でも2日は掛かる見込みである。
「まあ、このタイミングで滑走路が完成したのは、不幸中の幸いかもしれないわね」
「はい、司令。数時間後には<ザ・ツリー>生産分の航空機が到着します。同時に石油精製プラントの建造に着手。40時間後に稼働開始予定です」
大型の石油タンカーは、<ザ・ツリー>の大型建造ドッグ内で艤装中である。これも数日で完成する見込みだ。
石油精製プラントは、第2要塞に大型のものを準備しており、大半はここで精製を実施する計画だ。
溶岩鉱床の採掘と資源精製プラント、大型汎用工作機械を複数機建設しており、現在大量生産用のプラントも建造中だ。
あとは石油を安定的に入手できるようになれば、大量の機械類を生産できるようになる。
「石油の採掘プラントも、ひとまずは順調ね。簡易プラントだと処理量はたかが知れてるけど、自前で生産できていると思うと気分がいいわね!」
石油港の舗装工事は、現地生産したアスファルトを利用している。備蓄資材を減らさずに建造できているため、司令官の機嫌も上々だ。
結局<セルケト>とは戦いにならず、プラント建設にほとんど影響なかったというのも大きい。
予断は許さないものの、ひとまず安心できるというものだ。
初めての大規模作戦で消耗していた姉妹達も、一晩休ませることですっかり回復した。司令官的にはトラウマレベルの内容だったと思っていたのだが、案外引き摺ることなく消化できたようだった。
「今回の経験で、私も含めて全てのAIが大きく成長できました。未だ何が起こったのかは解析中ですが、対応力はこれで一段上がるでしょう」
「そうねぇ…。ライブラリにある、ファンタジーの創作物でも調査してもらおうかしら。物語通りとはいかなくても、魔法に対する考察力は上がるかもしれないわね」
「はい、司令。ファンタジー技術の解析・提案専用AIを運用しても良いかもしれません。非科学的な現象を観測した場合、私も含めて、ザ・ツリー標準のAIではどうしても科学的解析に寄るバイアスが掛かります。幸い、今回は戦闘を回避できたため大事にはなりませんでしたが、致命的な状況に陥ったのは事実です。たとえ荒唐無稽でも、何らかの提言が可能なAIは必要に思えます」
<リンゴ>も色々と想定はしているのだが、どうしても魔法的発想が出にくい傾向にある。物理法則に反する事象の解析や予測を行おうとすると、頭脳装置のストレスレベルが上がってしまうのだ。
これは、知識の大本が科学技術であるためにどうしても発生する問題だ。
魔法的知識を蓄えていけばいずれ解消されると思われるが、そちらの解析は遅々として進んでいない。
「オーケー、それで行きましょう。物語を教科書にして教育フェーズを。ある程度育った後で、科学知識の教育を行いましょう。うまく吸収できれば、いい相談役になるかもしれないわ。まあ、ダメだったらやり直しましょう」
「はい、司令。それであれば、頭脳装置は使用せず、光回路神経網エミュレーターを使用しましょう。成功が確信できた段階で、頭脳装置へ転写を行えば無駄になりません」
「…ああ。何かと思ったけど、そういえばそんな物があったわね。<ザ・コア>の演算能力なら余裕なのね。私の知識だと、コストの割に性能が低くて使えないって印象だけど、ゲーム時代のものだものね」
「はい、司令。単にコストだけ比較すれば頭脳装置のほうが優秀ですが、曲がりなりにも擬似生体脳ですので、簡単に処分するのは少々気が引けます」
<リンゴ>の説明に、彼女はなるほど、と頷いた。
頭脳装置は、基本的にコピー不可の一品物で、バックアップも出来ないものだ。
AIとしては優秀だが、人格というべきものが存在し、使えないからという理由で簡単に破棄してよいものではない。
いや、ゲーム時代であれば平気で解体処分していたものだが、そもそもゲーム時代は能力制限されており、そこらの携帯端末にすら劣る性能しか無かった。
現実となった今、<リンゴ>が同族殺しを忌避するのは当たり前だった。
「神経網エミュレーターの方は、失敗したら破棄するのかしら?」
「失敗の確率は低いのですが、万が一問題があった場合は、アーカイブして記憶領域の隅に保管することになりますね」
「なるほど」
やはり、エミュレーターでも人格は人格として認めるのだろう。
AI的には、凍結保管処理は忌避するものではないらしい。
とはいえ、<リンゴ>の口振するからすると、そうなる可能性は低いと踏んでいるようだった。これまでいくつもの頭脳装置を製造しているため、その育成に失敗する可能性は低いと判断しているようである。
「まあ、今回はさすがに私は役に立ちそうにないし、教育はお願いするわね」
「はい、司令。お任せ下さい」
新たなご意見番がそのうち登場することが決まった後、司令官は改めて今回の戦績の確認を行った。
過剰な戦力で挑んだつもりであったが、結果は完敗。文字通りの全滅である。幸い、あと2日程度で戦力は回復する見込みであるが、解析不能な世界の洗礼をたっぷりと浴びた形だ。
<レイン・クロイン>と地虫はチュートリアルだったのではないかと思えるほど、酷い結果である。
敗因を考えると、恐らく、正面戦力を用意しすぎたこと。相手が数を用意していたということもあり、大半の多脚戦車を近距離に配置してしまっていたのが大きな要因だろう。
これを分散配置し、遠距離砲撃を主軸とする戦術をとっていれば、今回の失敗は回避できた可能性が高い。爆撃機も、本来はもっと遠くに待機させておくべきだった。
そして、必要なのが対地ミサイルだ。正直なところ、砲撃と爆撃でなんとかなると想定してしまっていたため、ミサイルは全く準備していなかった。
単価の割に威力が低いため避けていたのだが、こうなるとミサイルの準備も必要になるだろう。
問題は、GPS誘導が出来ないことか。
「そういえば、テフェンは結局帰っていったけど、その後は?」
「遠距離からの観測にとどめていますが、これまでと同様、移動しつつ狩りを行っているようです。特段変わった行動は観察されません」
「そ。撤退したわけじゃ無さそうだったけど、一応、こちらの存在を認めた感じなのかしらねぇ…。まあ、敵対的でなければいいわ。近付いて来そうなら、また対策を練らないといけないけど」
「はい、司令」
多脚戦車群のAI洗浄が完了し、石油港および採掘プラントの戦力が通常ラインに回復した。
ここから更に、防衛戦力を増強していく。
周囲に大型の脅威生物が存在することが判明したため、それに対抗する大口径の多段電磁投射砲の固定砲台を設置することにした。通常砲弾だけでなく、大型の爆弾やミサイルの発射も可能な汎用砲だ。
ただ、運用には大量の電力を消費するため、核融合炉も併設する必要がある。
また、即応性を上げるため、垂直ミサイルランチャーも複数設置する。
相手に認識させる間もなく着弾できるよう、最終突入速度がマッハ4を超えるような超音速ミサイルを準備した。これを連続で叩き込めば、例の防御膜持ちの魔物でも蹂躙できるだろう。
防御膜は、特性として、爆発のような瞬間的圧力に滅法強く、ほぼ無効化する。
しかし、複数回の連続した圧力や、大質量による衝突、殴打には弱く、急激にその強度が失われるという特性が判明している。
複数の砲で絶え間なく砲撃する、重量武器で押さえつけるなどの攻撃手段で防御膜を無効化し、そこに砲弾を叩き込むというのが必勝パターンと思われる。
ただ、サンプルが少なすぎて中々調査できないのが悩みどころだった。