第11話 友との再会
マーサが軽々と持ち上げたゴンドラの中から這い出てきた人物は、心底ホッとした様子で地べたに腰を落ろした。右手に美麗な装飾が施された抜き身の剣を持ち、大きなアイテムバッグを背負った中肉中背の男。短く刈り上げた金髪と、若く男前なその顔には見覚えがある。間違いない。この作戦の目的である、要救助者の一人だ。
「アンタら救援隊か? もう地上に戻れないと、正直諦めかけていたんだ。本当に助かった!」
「大丈夫か、ポグラン。マーセルはどこにいる?」
「アンタ、どうして俺の名を知っている? いや、救援隊なら、名前や特徴を知っていて当然だな。そうだ。確かに俺はポグランだ」
魔物に対する防壁とするため、坑道を塞ぐように置き直したゴンドラの脇に座り込むポグランは、目前にしゃがむ僕とマーサに向けて、交互に視線を注いできた。まるで僕たちが、間違いなく人間であることを確認するかのように。だが、僕の顔を見ても、元同僚だということに気付かないようだ。
「お前の名前なら、知っていて当然だろ。同じギルドでポーターをしていた仲間だったんだからな、僕は」
「ギルドの仲間? 俺はアンタなんか知らないぜ――って、もしかして、ノエルか? あの、ノエル・ルコッタなのか?」
ゴンドラに当たって拡散するライトの白い光の中、ポグランはまじまじと僕の顔を見つめると、突然僕に抱きついてきた。そして「ノエル……。おまえ……」と小さく呟いた彼は、ひとしきり背中を軽く叩くと身を離し、僕の顔を再び覗き込んでくる。
「いつか、おまえに会いたいと思っていたが、まさか、こんなところで会えるとは思ってもみなかった! それも、命の恩人として現れるとはな!!」
「あの時は、突然いなくなってすまなかった。でも、元気そうで何よりだよ」
「おまえ、雰囲気が変わったな。何だか、すごく強そうだ。それにしても、その奇妙な格好は一体何だ? おかげで、おまえが誰だか分からなかったぜ」
ポグランはそう言いながら、不躾に僕の全身を睨め回す。そしてマーサに視線を移すと、途端に居住まいを正した。
「アンタ、いや、貴女は帝国軍の方ですね。それも、イフィー族の。これは心強い。道理で無事に助け出されたわけだ。この軍人さんが、魔物を退治してくれたんだな、ノエル。おまえ、すごい人のポーターをしてるんだな。ということは、おまえ、今は軍属なのか?」
「何か勘違いをしていないか。僕は軍属じゃないし、ポーターでもない。そして最大の誤解は、僕たちは決して魔物を退治していないってことだ」
ポグランの緊張から解き放たれた笑顔が、僕の言葉に凍り付く。そして、僕に向かって再び口を開こうとしたとき、大きな音が響くとともに坑道が震えた。
その、巨神が大地に石鎚を叩きつけるかのような音が、魔物のいる方向から、何度も何度も響いてくる。音と同時に辺り全てが振動し、地面では砂粒が踊っていた。
元同僚の凍結した顔面が再び氷解すると、そこに恐怖以外のものは浮かんでいない。
「おい、あの音は、まさか……」
「そうだ。魔物だ。奴は、この向こうにいる。距離にして、二十ミータも離れていない所にな」
途端にポグランは震えだした。目を大きく見開き、歯の根が合わないほどに体を震わすその様は、暗闇の洞穴で体験した恐怖の凄まじさを物語っていた。
何度も繰り返し聞こえる音の正体を確かめようと、僕はそっとゴンドラから頭を覗かせ、銃口を坑道奥に向ける。白い明かりの中に浮かぶ魔物の後ろ姿は、先ほどとはあまり変わらない。しかし、魔物の体が大きく揺れるたびに、石鎚の音が響いてくる。どうやら、あの大きな鎌で、何かを叩いているようだ。
『あの魔物、さっきのケミカルライトを炎と思い込んでいるみたい。そして、それを消そうと躍起になっているのね。いくら殴っても容れ物が壊れるだけで、内容液の反応は止まりゃしないのに。むしろ体に付着した反応液が放つ赤外線に、自分自身に火がついたって慌ててるのかも知れないわ』
「そういえば、あのブランケットはもう羽織らなくてもいいのか?」
『相手がシャコって分かった時点で、ブランケットは無意味よ』
「小細工しても無駄だって言ってたのと、何か関係があるのかい?」
『ええ。アイツが地球のシャコと同じ能力を持っているとしたら、ブランケットに身を隠したって、ライトを点けなくたって意味が無い。だってアイツには、赤外線領域から紫外線領域までの光が全部見えてるんだから』
「どういうことなのさ」
『全ての物体は、多かれ少なかれ赤外線を放射しているの。アンタもブランケットも、その辺の岩もね。つまり何をしたって、相手にはこちらの動きがお見通しってこと。でも逆に言えば、アタシ達だって明かりが点け放題よ。どうせ向こうには、こっちが丸見えなんだから。それに、強い赤外線に反応する習性を利用すれば、なんとかなりそうな気がするわ』
「とにかく、ポグランは無事だった。マーセルもきっと無事だよ。魔物が攻撃してこない今のうちに彼を見つけて、早く地上へ帰ろう。僕たちの目的は、魔物退治じゃないんだから」
魔物に動きがないことを確認した僕は、再びその場にしゃがむ。そして、マーサに目をやると、彼女は僕に頷き、魔物の気配を監視するべく目を閉じた。
僕は震えの止まらないポグランの肩に手を置いて、再び彼に語りかけた。
「落ち着け。さっきも聞いたけど、マーセルはどうした? お前が無事だったんだ。あいつも、どこかに隠れているんだろう?」
「マーセル――」
ポグランは、仲間の攻撃魔道士の名を呟くと、両手を地面について体を小刻みに震わせた。だがそれは、先程までの恐怖による震えとは少しばかり違うように思えた。
「マーセル……。彼は、一番最初に殺された。あの魔物に、いきなり頭を潰されてな」
「そんな馬鹿な――。確かに、先頭を歩いていたあいつが一番最初に襲われたとは聞いた。でも、ここに来る途中で、魔法障壁の残滓を見つけたんだ。お前達のパーティーであんなことが出来るのは、あいつくらいじゃないか! あいつが死んだんなら、一体誰があの障壁を展開したって言うんだ!?」
「おまえが言うとおり、魔法障壁はマーセルによるものだ。だがあれは、魔物と遭遇する前に展開したものなんだ。仮に俺たちが失敗して逃げなければならなくなったとき、俺たちだけが通り抜けられる障壁があれば、魔物に追われる心配がなくなる。あれは、そう考えたマーセルが事前に構えた魔法障壁だ」
そして、マーセルの思惑どおり、グベルマは生還できた。残念なことにマーセル自身は、その恩恵にあずかれなかったが。
『ならば、とるべき行動はただ一つ! 直ちに撤退よ!』
「でも、マーセルの亡骸を連れて帰ってやらないと」
『気持ちは分かるわ。でも、魔物がいつまでも待ってくれるとは限らない。いつ襲いかかってきても、おかしくないのよ?』
「だからといって、このまま帰っちゃ、グベルマに会わせる顔が――」
「ノエル。貴様には悪いが、私もソニア二等軍曹に賛成だ。確かに、こんな地下深くに取り残される死者の魂を思うと心が痛む。だが今は、生存者を無事に地上まで連れ帰ることの方が優先だ。賢明な貴様のことだ。私が言うまでもなく、本当は分かっているのだろう?」
ああ、そうだ。そんなことは百も承知だ。頭では分かっている。でも、心がそれを拒むのだ。
しかし、真剣な表情で僕に語りかけるマーサの瞳の奥に、彼女が抱える哀しみが垣間見えたような気がした。おそらく彼女も、戦場で同じような事態に遭遇したことがあるのかも知れない。そう考えると、大局を見ようとしない自分が、酷く幼く思えてきた。
「わかった。とりあえず、今は地上に戻ろう」
「理解して貰えたようで何よりだ。魔法障壁の無い今は、少しでも魔物から距離をとることが肝心だ。すぐに、ここを発つことにしよう」
「ポグラン。お前を今から地上に送り届ける。できる限り守るつもりだが、危険が迫ったら、その剣で自分を守ってくれ。それにしても、お前が剣を操れるようになっただなんて、時の流れを感じるな」
僕がポグランの豪奢な剣に目を向けながら、そう言うと、すぐさま彼は否定した。
「いや、これは俺の剣じゃなくて、グベルマのものなんだ」
「グベルマの? それじゃ、それは魔剣のグリーノなのか!? 昔見た時に比べてかなり派手だけど」
「ああ、そうだ。実は――」
「――! ここから離れろっ! 今すぐにだっ!!」
マーサの叫びを受けて、僕は咄嗟にポグランを突き飛ばす。そして僕も、同じ方向に飛び退いた。
その直後、後ろで大きな破壊音が響く。受身をとって地面に転がった僕は、すぐさま起き上がり、先程までいた場所に小銃を向けてフラッシュライトを照射する。
そこには、破壊されたゴンドラの大小様々な木片が散らばり、辺りには細かい埃が煙のように立ちこめていた。舞い散る埃に阻まれた光が辺りを白く染め上げるなか、甲殻の魔物がゆっくりと姿を現した。
魔物は左右に体を揺らしながら、僕を見下ろしていた。両脇に畳まれた鎌が小さく震えている。そして、無数の黒子が、銃の無力を示していた。
僕には、奇妙な色彩を放つ魔物の目玉の中に、凄まじい怒りが渦巻いているように思えた。




